三つのビー玉
プロローグ
どうしてこうなってしまったのだろう…。
僕は目の前で泣いている美羽の姿を見て、心の底から自分が嫌になった。
僕はいつものように美羽とじゃれ合っているつもりだった。いつものように。そう、いつものようにだ。
でも、美羽は僕のせいで泣いてしまった。大したことはしていないのに――なんて言い訳は今さら出来ない。
だいたい、大切なものだったら学校に持ってこなければいいんだ。
それに、僕にはあれが美羽にとってどれほど大切なものか分からない。
美羽の筆箱の中に入っていた、青く透き通ったビー玉が美羽にとってどれほど大切なものかなんて僕は知るわけがなかった。
それに、僕は前に美羽にたくさん悪戯をされている。
前なんて美羽に給食袋を隠されたこともあったし、箸箱を壊されたこともあった。提出する算数のプリントに落書きされたこともあった。あれは酷かった。先生に呼び出されて突然、身に覚えの無いお説教だ。
後日、美羽が笑いながら謝ってきたが、それを聞いた僕は2,3日美羽のことを無視し続けた。だって、そうだろ?やっていいことと、悪いことがあるじゃないか。
まぁ…よくよく考えると、そんな大層なことでもなかった気もするけど、そのときは僕も必死だったんだ。きっとそうだ。そうに違いない。
じゃあ、今回の美羽のビー玉はそれほど大層なことなのか?僕は美羽がなぜ、あのビー玉を大切にしているか分からない。本当に泣くほどのことなのだろうか?
また、この前みたいに泣き真似をして僕を困らせようという魂胆じゃないのか?そう思いながら僕は美羽の顔を凝視しようとしたが、そんなことができるわけがなかった。
美羽の泣き顔なんて、見れるわけが無い。
ましてや、僕のせいで泣いているわけだから、尚更だ。
『三つのビー玉』
窓から夕日が射し込んでくる放課後の教室に、僕と美羽はいた。
美羽は自分の席に座って、目から溢れ出るものを頻りに手で拭っている。僕はその横の席に座っている。
どうしてか美羽の席と僕の席の間には微妙な距離があった。
「美羽…ごめんな。」
僕は優しく美羽に声をかけた。
美羽はしばらく泣き続けると、顔を机に伏せてしまっていた。
別にこれが初めてってわけじゃない。美羽を泣かしたことは前に二度もあった。一度目も二度目も次の日にはケロっとしていたけど…。果たして今回もそう簡単にいくだろうか?
「怒ってんの?」
僕はそんなことを机に突っ伏している美羽に聞いた。
聞いてすぐに自分の問いに腹を立てた。怒ってるに決まってるじゃないか…。
それに答えるわけがないじゃないか…。自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。だが、意外にも僕のそのくだらない問いに美羽は答えた。とても意外な答えを…
「怒ってないよ」
顔は伏せたままだったが、声は震えていなかった。
やっぱり僕を困らせようとしていたのだろう。と、僕は思った。いや、思おうとした。でも、次に発した美羽の言葉に僕はショックを隠しきれなかった。
「あのビー玉ね…。手塚くんがくれたの…」
一瞬、意味がわからなかった。手塚が美羽にビー玉をあげた?なぜ?いつ?なんのために?
何よりも、手塚があげたビー玉を、美羽が大切にする理由が分からない。だが、しばらく考えてみると、僕の安物の思考回路でもその理由は容易に想像することができた。
美羽は手塚のことが好き?
僕と手塚は仲が良い、一年生の頃から今までの四年間ずっと同じクラスだった。三クラスの学年だから四年連続っていうのは、結構珍しいことだと思う。
手塚とは、何かと張り合うことが多い。去年の運動会も同じクラスなのにアンカーで一、二位を争ったし、算数のテストの点だっていつも勝負してた。まぁ、算数が一番できるのは美羽なんだけど…。
その美羽とは、二年生のときに別のクラスになってしまったが、それ以外は同じクラスだった。それに、美羽とは幼稚園も一緒だったし、家も近所だったから小さい頃からよく遊んでいた。まぁ、幼馴染ってやつだ。
友達の友達というのは、知らない間に仲がよくなるもので…手塚と美羽もいつの間にか仲良くなっていた。
手塚が美羽のことを「美羽」と呼び捨てにするのは、かなり気に食わないことだったが、それはそれで慣れてみたら自然なものだった。そういうわけで、僕らは仲良し3人組みたいになっていた。
いや、実際に3人で集まって遊んだり、話したりすることは普段はあまり無かったのだが…。
なぜか僕等は二人組みでいることが多い。
男子二人と女子一人じゃ、なんだか美羽が可哀相な気がしていたからだと思う。手塚もそれを気にしていたのか、あまり3人で帰ったりすることはなかった。
ようするに、それは僕の知らない話を、美羽と手塚がしていたということだ。
「なんで、手塚がくれたビー玉がそんなに大切なんだよ…?」
僕は顔を伏せている美羽に聞いてみた。
心臓がいつもの3倍くらいのスピードでドクドクと脈打っている。
僕は緊張しているのだろうか?あの、美羽に話しかけるのに緊張しているのだろうか?認めたくなかった。僕と美羽が今まで築いてきたものが一気に崩れようとしている気がした。「だって、あれは手塚くんが大切にしてたビー玉だったから…」
美羽は、伏せていた顔を上げて、僕の目を見て言った。目が赤くなっていた。
そんな美羽の顔を見て、僕はなぜか今まで以上の大きな罪悪感を抱いてしまった。
僕が美羽を泣かせてしまった。綺麗な美羽の瞳を、この僕が汚してしまった…。でも、そんな感情を抱いている僕の口から出た言葉はその感情とは、正反対のものだった。
「そうかよ!手塚が大切なものがお前にとってそんなに大切なのかよ!!!」
あぁ…言ってしまった。そんな言葉が自分の口から出てしまったことで、なぜか僕の目にも涙が浮かんできた。
手塚と美羽が仲良しになったのは、いつからだろう?別にいつからって区切りがあるわけじゃないだろう。僕だって分かっている。人の仲なんてそんなものだ。
でも、4年の校外学習のとき…今考えれば、あの頃から、手塚と美羽はとても仲が良かった気がする。
「美羽が班長なー。俺は絶対嫌だからなぁ!」
先生が教室で、校外学習の班で集まって話し合いをしなさい。と、言ったと同時に手塚は美羽にそんなことを言った。
手塚と美羽の入っている6人班の中で、美羽は一番しっかりしていたし、普段の校外学習でも美羽は班長になっていた。
普段班長になっているのは手塚も同じなのだが、手塚は自ら「班長をやりたい」なんてことを言ったことは一度も無い。めんどくさいことが手塚は駄目らしい。
「えー!手塚くんと同じ班だから手塚くんが班長してくれると思ったのにー」
美羽は業とらしい口調で手塚に言い返した。
手塚は少しの間、う〜んとか言いながら腕を組んで悩んでいたが、すぐに美羽を指さして
「やっぱ美羽が班長!」
続けて自分を親指でさして
「んで、俺が副班長!それでいいだろ?」
と、気障なポーズを決めて言った。
手塚は気障な台詞を多く吐くし、突然カッコイイことを言ったりする。
でも、それに対する美羽の反応はいつも冷たい。今回もいつもと同じように
「きっしょ」
と、手塚に聞こえるか聞こえないかの微妙な大きさの声で呟いていた。
美羽はいつも毒舌だ。突然、人を馬鹿にした口調で喋りだすし自分が負けそうになったら「男のくせに熱くなっちゃって」とか、言い返せないことを平気で言ったりする。それには僕も手塚も参っている。でも、そこが美羽のいいところというか、面白いところなんだけど…。
きっしょと言われた手塚は
「え?今、美羽なんて言った?」
とか白々しく聞いている。いつも見る光景だ。
「手塚くんはいつ見てもカッコイイなーって言ったの」
美羽も手塚をまともに相手していない。いや、美羽にとっては、これが手塚に対する真っ当な態度なのかもしれない。
そんないつもの態度を取られた手塚は
「あぁ…そう?美羽もいつ見ても可愛いよ」
こんな気障な台詞を堂々と口にできるから手塚は恐ろしい。
たまに先生が手塚のことを見て、驚いた顔をするが、先生の気持ちも分かる気がする。
しかし、可愛いと言われた美羽は、頬を赤く染めて俯いたりしない。いや、するわけがない。
気の強い美羽がそんな顔を大勢の前で晒すわけがない。実際このときの美羽は「はぁー」と大きく溜息をついてから
「死ねっ」
と、手塚から目を背けながら言った。
僕らにとっては「死ね」とか「きっしょ」なんて言葉は日常茶飯事で使われる言葉だから、そんなに重たい言葉ではない。
死ねと言われた当人も
「はぁー。可愛いくないなー全然可愛くない」
と、さっきと真逆のことを美羽に向かって呟いている。
さっきから会話を黙って聞いていた僕も、手塚のその台詞にはさすがに苦笑いした。
でも、美羽は意外と、いや、思ったとおり
「どうせ、あたしは可愛くないですよー。イーーーーっだ!」
と、妙に攻撃的なことを口にした。ちなみに、美羽はこのイーーーーっだ!ってやるのがくせだったりする。
「あぁ、可愛くないね!」
「うるさいなぁ!気障なことばっか言いやがって!!」
「あぁ?どこが気障なんだよ?言ってみろよ!!」
「そうやって、いちいち手振りで言葉を表現するところとか、普段の喋り方とか、服の着方とか、平気で人に媚びるところとか、思っても無いお世辞を平気で口にできるとことろか」
ここで一度、美羽は大きく息を吸って
「授業中に発表し終わったあとの表情とか、授業中の寝方の癖とか、ランドセルの背負い方とか…」
物凄い勢いで美羽は喋り続けてた。
僕は思わず笑ってしまっていた。その台詞を吐いている美羽も面白かったが、その台詞を黙って聞いている手塚の姿が物凄く滑稽に思えたからだ。
僕がクスクスと笑っているのに気がついた手塚は「なんだよ?」とか攻撃な言葉を僕にかけたりはしない。それどころか
「ホント、美羽は口悪いよな」
と、僕に話を振ってきた。分かりやすい苦笑いを浮かべていた。
手塚の言ったことは事実だったけど、僕は特に何も答えず笑っておいた。
僕らはそんな仲だった。悪くないと思ってた。いや、全然悪くない。
でも今、僕の目の前にいる美羽を見てると、どうしてか心が重たくなった。
どうして僕はあんな台詞を美羽に吐いてしまったのだろう。
自分が許せない。でも、言ってしまった言葉はあたりまえのように返ってはこないわけで、それどころか目の前にいる美羽に完全に届いてしまっている。
僕の言葉を聞いた美羽は寂しそうな顔をしていた。でも、僕は美羽よりも、もっと複雑な顔をしているかもしれない。
これ以上何も美羽に言う気はなかったし、謝る気もない。だいたい、謝ってなんとかなることじゃない。
もう何も言えなかった。
僕が必死に堪えているものも、限界に達していた。
僕の目からは大粒の涙が零れ落ちた。それは、教室の床にいくつもの染みを作っていった。
校外学習の日は雨が降っていた。集合時間にはポツポツとしか降っていなかった雨も、その1時間後くらいにはザーザーと凄まじい音をたてて僕らの足元を濡らしていた。
水族館への校外学習は楽しいものだった。そんな楽しい校外学習も、後は電車に乗って学校に帰るだけとなった頃、ある事件が起きた。
美羽が班長の、あの班が電車を乗り遅れたのだ。
ようするに集団から逸れてしまったのだ。教師達は慌てていた。僕も少し慌てていた。
このまま完全に美羽たちが迷子になってしまったらどうしよう…とか本気で慌てた。僕たちが慌てていた頃、美羽たちはいったいどうしていたのだろう?
僕は、そんななことを疑問に思ったりしていた。
そのことを後日、僕は手塚から聞かされることになるのだが、僕はその話をしている手塚が、凄くウザく感じた。
僕らは二人で学校からの帰り道を歩いていた。
梅雨も明け、真夏の太陽の陽射しが痛いくらい体に突き刺さっている。
「この前のさぁ、校外学習のとき俺ら電車乗り遅れたじゃん?」
手塚は帰り道にそんな話を振ってきた。ずっと気になっていることだったので、僕も話の先を聞いてみることにする
「あ、うん。あのとき、大丈夫だったのかよ?」
「全然、大丈夫どころか意外なもん見ちゃって正直、かなり参った」
手塚の顔には本当に参ったよって感じの表情が浮かんでいた。手塚がこんな表情をすることは、あまりないので僕は少しびっくりした。
「あの日さぁ…美羽がかなり機嫌悪かったんだよ…いや、いつも悪いけどさぁ…なんか、いつも以上に機嫌悪いの、なんか俺とも全然口きいてくんねぇし」
それは確かに意外だった。美羽は別に手塚のことを嫌っているわけじゃないだろうし、鬱陶しがってる振りをしていても、それは、あいつなりのコミュニケーションであって、とにかく意外だった
「うん、それで?」
と、僕は適当に相槌ついておく。
「うん。それでさぁ、様子おかしいから訊いてみたんだよ。気分でも悪いのか?って、そしたら何て言ったと思う?」
手塚は何か僕に答えて欲しそうだったが、僕には検討もつかないので「さぁ」と少し控えめに答えておいた。手塚は僕の答えに満足しなかったのか、少し僕を睨んだがすぐに目をそらして、話を進めた
「まぁ、美羽が言うことなんて想像できないよな…」
その言葉に今度は僕がムっとしたが、キツイ視線を送っただけで言葉では突っ込まなかった。
「別に、ちょっとしんどいだけだから…。でも、今日はあんまり声かけないで。って言ったんだぜ」
手塚はいつものオーバーな身振り手振りで、そのときの状況を僕に報告した。確かに信じられなかった。
美羽は人にあまり弱みを見せない。僕にも、手塚にも。さらに、女子の友達にもあまり見せないらしい。
その美羽がしんどいと言葉にするのだから、相当疲れていたのだろうと思う。なんとなく、美羽がその言葉を発したときの顔が想像できる。きっと、必死に笑みを作って周りに心配をかけないように努力していたのだろうと思う。
案の定、手塚はこう続けた。
「そのときの、美羽の顔がさぁ…スゲェ無理してて、笑おうとしてるんだけど、すっげぇダルそうで…多分、熱でも出てたんだろうな…ちょっと顔赤かったし」
思ったとおり手塚はそんなことを言った。
僕はそんなに驚かなかった。熱が出ていたというのも、美羽なら納得できる。責任感の強い美羽ならば、自分が班長になっている校外学習を休むわけがない。そういう真面目な奴なんだ。
それで美羽がフラフラで無理してたから、集団から逸れたわけか…ありえなくもない。
「で、帰りの電車に乗る前に、美羽ちょっとトイレ行って来るって言って、どっか行っちゃったんだよ。なんか、あのときは顔が青白かった」
手塚の顔を見ると、少し苦しそうな顔をしていた。手塚は、きっとしんどそうな美羽の顔を見るのが辛かったのだろう。
おそらく美羽がトイレに行っている間に、僕らと逸れたのだろう…。
「美羽がそんなに気分悪そうだったのに、なんで先生に何も言わなかったんだよ」
僕は無意識にそんなことを言っていた。
僕の口調は少し荒れていた。僕の感情も少し乱れていた。
手塚は答えなかった。僕もその後は黙って歩いた。
そこら中で鳴いているセミ達が、僕たちの沈黙を取り繕っている気がした。
どうして僕が泣いているのだろうか…。
そんなことを考えても答えは出ない。いや、答えは簡単に出るんだけど、それを認めたくない。さっきまで泣いていた美羽が、今泣いている僕を見て、驚いた顔をしている。
それは、そうだろう。自分の言いたいことを叫んだバカな男が、突然泣き出したのだから。でも、目から零れ落ちる涙を止めることはどうしてもできなかった。
バカな自分がバカだと気づいてしまったが故に止められない涙だった。
「なんで、あんたが泣いてんの?」
美羽が僕に声をかけてた。
でも、その口調はいつもよりも、かなり弱々しいものだった。その弱々しさが僕の涙の量を更に増やしていた。ポタポタと床に涙が落ちる。
そのとき、美羽が鼻を啜る音が聞こえた。
美羽も泣いているのだろうか?それとも、ただ鼻を啜っただけだろうか?
美羽を見て確認したいと思ったが、それ以上に自分の泣き顔を見られるのが嫌で、下を向いてしまっている自分がいる。
「なんで、あんたが泣いてんの?」
美羽は、さっきと同じ問いを繰り返した。
このとき分かった。美羽は確実に泣いている。その証拠に声が震えている。
それに気がついて、僕は顔を上げる。やっぱり泣いていた。美羽が泣くのは珍しいことなのに、今日はそれを二度も見ている。
そして、普段絶対に泣かない自分も泣いている。不思議な状況だった。
この教室に誰かが突然入ってきたら、その異常な状況に固まってしまうだろうと思う。
僕らはお互いの泣き顔を見て泣いていた。わけのわからない涙がお互いの足元にたくさん零れた。
僕は勇気を出して、美羽に聞くことにした。この状況なら、もう何をしてもいいと思ったからだ。自分が泣いてしまっているせいか、全てがどうでもよくなった。
美羽の足元に落ちている涙の雫を見ながら
「美羽ってさぁ…」
と、切り出した。僕の声は震えていたが、相手に伝わらないほどではないと思う。
伝わったと僕は勝手に判断して、次の言葉を発した。心臓が飛び跳ねた。指先が痺れた。体中の神経が張り詰めている気がした。
「手塚のこと好きなの?」
僕は美羽の目を見てしっかりと聞いた。
沈黙は、お互いの分かれ道まで続いた。
どうしてか、手塚はあの後、何も答えなかった。僕も何も言うことができなかった。
黙って別れることになるのかと思ったら、目の前にふたつのビー玉を見つけた。それは、歩道と車道の間にふたつ揃って転がっていて、なんだかとても綺麗に見えた。透き通った青い色のビー玉と、青い色のビー玉に比べると少し透明度が低く感じる赤い色のビー玉だった。
それを見て僕は
「ビー玉だ…」
と、独りで呟いた。
横に並んで歩いていた手塚も、ビー玉に気がついたのか「あっ」と、声を漏らした。
手塚にはどう見えたか分からないが、僕の目には、一瞬だけビー玉が太陽の光に反射してピカりと輝いたように見えた。
「綺麗だな」
と、手塚がボソっと言った。
「あぁ」
と、僕もボソっと答えた。
気づけば手塚は青いビー玉を、僕は赤いビー玉を拾っていた。
「このビー玉さぁ」
手塚が何かを思いついたように咄嗟に切り出した。
「二人の友情の証にしねぇ?」
気障な手塚らしい言葉に僕は笑った。腹を抱えて笑った。目から涙が出るほど笑ってやった。
手塚もなぜか笑っていた。僕と同じように腹を抱えて笑っていた。
自分のあまりにも臭い台詞にさすがの手塚も気がついたのかもしれない。二人とも思いっきり腹を抱えて、大笑いしていた。
美羽は目を点にしていた。
驚いているというより、呆気にとられているというか、本当に目を点にしていた。
さっきまで泣いていたせいで、目を点にしている美羽が、たまにヒックと言って、体を揺らすのが物凄く面白かった。でも、全然笑えなかった。自分は、物凄いことを美羽に聞いてしまったのだから……。
しばらくして、美羽は突然笑い出した。この不思議な状況下で突然笑い出した。
始めは全然笑えなかったけど、美羽のあまりの大笑いに僕もいつの間にか笑っていた、始めはフフフと、怪しげな笑い。でも、そんな怪しげな笑いも今は単純なただの大笑いに変わっていた。
あの日、手塚とビー玉を拾ったときのことを思い出した。
まるで、あの日のような大笑いだった。
しばらく腹を抱えて笑っていた僕たちは、笑い疲れてしまっていた。
腹筋がピクピクする。こんなに爆笑したのは生まれて初めてだ。そして、少し遅くなったが手塚に言う。
「じゃあ、それ友情の証にするか!一生友達だぜ!!」
と、手塚に負けないくらいの気障な台詞を言ってやった。
僕らはまた笑った。友情の誓っているのにこの笑いはなんなのだろう?この愉快さはいったいどこから生まれてくるのだろう?
「馬鹿じゃないの?」
美羽は目に涙を浮かべながら叫んだ。その涙は、最初の悲しみの涙と、さっきまでの笑いの涙が混ざっている複雑な涙な気がした。
「馬鹿ってなんだよ!?」
と、僕も目に涙を溜めながら美羽に言い返す。笑っている、僕らは二人とも笑っている。
「なんで、あんな気障野朗を好きにならなきゃいけないのよ!」
美羽は本音かどうか分からないが、結構キツイことを言った。
僕はまた笑った。なぜか自然に笑えていた。
「知るかよ!!だって、手塚くんがくれたの、とか泣きながら言ったら誰だってそう思うだろ!!」
僕は恥もなにもなく、一気に言い切った。なんとなく自分の台詞に笑いそうになった。
「はぁ〜!?やっぱバカだよ、こんなバカ初めて見た!!目の前にバカがいる!!」
美羽は、また大爆笑した。すげぇムカついたけど、普段の美羽らしくなってきたことが嬉しかったのか、僕も笑っていた。
「バカって自分がバカにされて笑われてるのに、自分も笑えちゃうんだね?」
と、言って更に笑った。さすがに怒った。「笑ってねぇよ!」とかバカなことを言ってしまった。
もっとバカにされた。本気で笑った。心から笑った。
エピローグ
僕らはそのあと青いビー玉を必死に探した。
でも、どうしても見つからなかった。
そして、ある結論に達した
「新しいビー玉を買おう」
そもそも、どうして手塚が美羽に青いビー玉をあげたのか、僕には分からなかった。そのビー玉は確かに、あの日、友情を誓い合った時のビー玉だった。
僕は手塚が一瞬、僕のことを嫌いになってしまったのかと思って焦った。
でも、そのことは帰り道で美羽が教えてくれた。とても、寂しそうな顔で教えてくれた。
「手塚くん。2学期いっぱいで転校するんだって…。お父さんのお仕事の事情で…」
僕は驚いた。いや、驚いたなんてものじゃない。1分くらい固まってしまった。僕が固まっている間も美羽は話を続けた
「本当はね…転校のことは祐樹には教えないで欲しいって言われてたんだ。でも、当日まで転校するって分かってなかったら、やっぱ嫌でしょ?突然、転校なんて有り得ないもん…」
今は、11月の終わりだから、手塚と学校で過ごせる時間はどれほどなんだろう…。
「あ、それで、あのビー玉を私にくれたの…。なんか、このビー玉は美羽が持ってたほうがいいから、とかよく分からないこと言ってた。でも、大切なものだから絶対失くすなよ。とか言って…わけ分かんないよね?」
あれは、僕と手塚の友情の証だろ?それを美羽にあげるってどういうことだよ…。友情なんてどうでもいいのかよ…。
「わけ分かんねぇな…手塚の奴…」
僕は、そんなことをようやく答えることができた。
でも、突然「ハっ」とした。
あのビー玉を手塚が美羽にあげたってことは、僕と美羽を繋げようとしたのか?
なんとなく分かった。手塚の考えていたことが。
気障な手塚しかできない最悪の冗談だと思った。笑えない、本当に笑えない。手塚らしい、本当に全部があいつらしい…。
そして僕は突然叫んだ。
「よし!ビー玉買いに行こうぜ!3つ!!」
横にいた美羽がビクッと跳ねた。かなり驚いたみたいだ。
そして、次の日、僕らは新たに友情を誓った。
3つのビー玉で…
どんなに離れても僕たちは友達だから…
一生友達だから…
絶対忘れないから…
読み返して、修正を加え、さらに読み返し、修正を加えて最終的にこの形になりました。
書き始めた頃は、話をどう締めくくるかしっかりと決めていませんでした。僕はプロットを全く組まずに話を書きます。本当は前後の辻褄が合わなくなったり、主人公や世界観が微妙に変わってきたりして、良い事ではないのでしょうが…僕は、純粋に物語を書きながら楽しんでいるため、プロットは基本的には組みません。
この話を読んでくださった方々に心からの感謝を文字にして伝えます
3つのビー玉を読んでくださって、ありがとうございました。