幸せな王子
「クリステラ・バーランド公爵令嬢。今日をもって君との婚約を解消したい」
王立学園の卒業パーティーで、アトラス第二王子が私に宣言した。
横目で貴賓席の国王夫妻と王太子殿下を捉えつつ、私は王子に問いかける。
「理由を、お聞かせ願えますか?」
アトラス王子は、女公爵となる私の婿となる予定だった。婚約を解消すると、婿入り先も無くなってしまう。
「私は、公爵家ではなく父や兄を補佐して国のために働きたいのだ」
貴賓席の三人の表情が変わる。
「私に至らない所があったのでしょうか」
「そんな事は無い! 君は私よりずっと優秀だ。実際、私は在学中一度も君より上の成績を取れた事が無い」
そう、私は三年間首席を守り通してアトラス王子に上位を譲る事は無かった。
「だが、お祖父様はそんな私でも国を思う心があるのなら国の役に立てると言ってくれた」
お祖父様って、亡くなった側妃様のお父様の伯爵ですよね。そりゃあ孫が王宮にいてくれた方が有利でしょう。
「そしてシルビィは、私を支えたいと言ってくれた」
あら、男爵令嬢と親しいと思っていたら、そこまで親しくなっていましたの。
貴賓席の三人の表情がますます暗くなる。せっかく結んだ公爵令嬢との婚約を捨てて男爵令嬢だなどと……という所でしょうか。
三人には申し訳ないけど、私にアトラス王子を止めるのは無理のようです。
「それほどまでに国を思っていますのね。分かりました。婚約を解消いたします」
「クリステラ……!」
「あなたが国を思うのと同じくらい、私は公爵家を大切に思っていますし、公爵領の人たちの幸せを願っています。私たちは共に進めない運命だったのでしょう」
私がアトラス王子へ笑顔を向けて
「これからは、良い友人でありたいですわ」
と言うと、彼は安心したように笑った。
「国王陛下。婚約は円満に解消とさせてくださいませ」
貴賓席に向かって深くカーテシーをする。アトラス王子も同じく頭を下げた。
「了承した! これからの二人に期待しておるぞ!」
立ち上がった国王陛下の声に歓声が上がり、会場の隅にいたシルビィ様が駆け寄ってアトラス王子に飛びつく。卒業パーティー会場は興奮のるつぼとなった。
半年後、公爵家に王宮で働いている親戚から至急の手紙が届いた。
読んでいるうちに父の顔色が変わるのを、執務室で働く私たち皆が心配そうにうかがう。
手紙を読み終えた父は、深く息を吐くと
「アトラス王子とシルビィ嬢が、馬車の事故で亡くなったそうだ」
と、告げた。
気がつくと私の足は自室に向かっていた。
頭の中がグルグルと回り永遠に続くかのような廊下をひたすら足を進め、自分の部屋に飛び込むと先月アトラス王子から届いた手紙を引き出しから取り出して、ソファーに座り込む。
「大丈夫か? クリステラ」
控えめなノックの後で彼が顔をのぞかせたので、隣に座ってもらうと少し落ち着いた。
先月、私は仲の良かった遠縁の彼と婚約した。
その時に届いたアトラス王子からの手紙は、婚約のお祝いの言葉と、自分たちも父が一年後の婚約を認めてくれたと、母の親戚の侯爵家にシルビィが養子に入る事になったと、兄の仕事の補佐はまだ地味な計算ばかりだが発見があると、希望に満ち溢れたものだった。
「こうなる事が分かっていたの……」
震える手から手紙が滑り落ちる。
側妃の父の野心家の伯爵がアトラス王子を足掛かりに王宮での権力拡大を謀っているのを国王が苦々しく思っている事、側妃に国王の寵愛を奪われてしわ寄せを押し付けられていた王妃がアトラス王子を良く思っていない事、王太子が優秀な異母弟に脅威を覚えている事。
私でさえ察する事ができた事を、アトラス王子だけは自分が愛されているという絶対の自信から疑う事すらしなかった。
母が言うには、亡くなった側妃様譲りの性格らしい。側妃様は、公務を王妃様に任せて国王陛下とアトラス王子と一緒に行った旅行先の海で波にのまれて亡くなった。
私との縁談は、異物である彼を合法的に王家から離すためのものだった。そして私は、いつしかこの純粋な王子を守りたいと思っていた。
でも、私に出来たのは、ひたすら勉強して彼より良い成績を取り続けて「アトラス王子はそれほど優秀ではないので私の補佐」と周りに思わせる事くらいだった。
シルビィ嬢のようにアトラス王子の心に入れれば、また違ったのだろうか。
「私には、止められなかった」
「君のせいじゃない。少し考えれば、君との婚約解消が王位争奪戦に参加する意味に取られると分かるものを」
純粋に父や兄の手助けをしたかっただけなのに、彼の決断は敵を増やした。
誰が手を下したかは、永遠に明らかになる事はないだろう。
せめて、祈ろう。
彼が、最期まで幸せを信じたまま逝けたことを……。
2026年5月17日 日間総合ランキング
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