「勇者様、なぜ服を着ないのですか?」~変態勇者と苦労性魔導師の珍道中~
●〜第一章:裸の勇者と胃薬の在庫〜●
「勇者様! またですか! なぜ服を着ないのですか!?」
アンナの甲高い叫び声が、朝もや立ち込める森に響き渡る。木々の葉に宿った朝露がキラキラと輝く幻想的な光景も、目の前の現実のせいで色あせて見えた。
声を荒げるアンナの前で、この世界の希望たる勇者、レオンハルトは仁王立ちしていた。
いや、仁王立ちというよりは、ただ呆然と立ち尽くしている。
その視線は、虚空をさまよっていた。そして、彼の肉体は──下着姿だった。
「ん? 服? ああ、朝はやっぱりこれだと思ってな!」
レオンハルトは、まったく悪びれる様子もなく、爽やかな笑顔で答えた。
彼の胸元で揺れるのは、彼が『勝負下着』と呼ぶ、なぜかフリルとリボンがあしらわれた白ブリーフのみ──。
鍛え上げられた肉体と、そこから覗く謎の可愛らしさのギャップに、アンナは今日も頭痛がする。
「朝は清々しい空気を全身で浴びるのが一番だろう? アンナもどうだ?」
「遠慮します! ていうか、いい加減にしてください! 昨日だって、街の宿を出るときにその格好で出て、衛兵に不審者扱いされたじゃないですか! そのたびに私が魔法でごまかしているんですよ!?」
アンナは、ぐっと拳を握りしめた。彼女は王立魔導学院を首席で卒業したエリート魔導師である。
本来なら、王宮の書庫で古文書を読み解いたり、新たな魔法の研究に没頭したりする優雅な日々を送っていたはずなのだ。
それがどうして、こんな変態勇者の世話役に任命されてしまったのか──。
すべては、例の─罫線【神託】のせいだ。
『古き聖なる森に、裸で立つ勇者あらば、世界を救う鍵とならん』
この神託を聞いた時の王様の顔は、今でも忘れられない。
半信半疑のまま森に斥候を送った結果、本当に白ブリーフ一丁で瞑想しているレオンハルトが発見されたのだ。
その鍛え抜かれた肉体と、清らかな瞳──ただし、言動は変態──を見た時の神官たちの興奮ぶりも、脳裏に焼きついている。
かくして、アンナは“勇者様の常識を教え導く係“として、魔王討伐の旅に同行させられることになった。
「いやぁ、あの衛兵たちも見る目がないな。この肉体美が理解できんとは。それに、あの宿の朝食、最高だったな! 特にあの焼きたてのパン! ふわふわで……」
レオンハルトは、すでにアンナの小言など耳に入っていない様子で、朝食の思い出に浸っている。
アンナは深いため息をつくと、彼が脱ぎ捨てたローブを拾い上げた。
「まったく……。【勇者の証】であるはずの聖剣──実は人格がある──が『パンツは最高の防具!』とか言い出すから感化されて……」
『まさか、本気にするとは思わなかったのよ』
アンナがブツブツと文句を言いながらローブを広げると、レオンハルトはハッと顔を上げた。
「そうだ! アンナ! 明日の朝食、あのパン屋のパンがどうしても食べたいんだ! 昨日の宿から少し戻るが、頼む!」
「はぁ!? 馬鹿なこと言わないでください! 魔王城は逆方向ですよ!?」
「いや、でもあのパンの香ばしさは、きっと世界を救うヒントになる気がするんだ!」
レオンハルトは真剣な顔で力説する。
アンナは、この男の脳内回路がどうなっているのか、心底理解できなかった。
しかし、彼が本気で『パンが世界を救う』と信じていることは知っていた。
なぜなら、以前【最強の薬草】と称して、ただの雑草をアンナに差し出したこともあったからだ。
アンナは、ローブを持ったまま天を仰いだ。
こんな変態勇者と旅を続けて、本当に魔王が倒せるのだろうか──。
世界は救われるのだろうか──。
不安は募るばかりだ。
「はぁ……わかりました。ただし、パンを買ったらすぐに魔王城に向かいますからね! 無駄な寄り道は禁止です!」
「やった! さすがアンナ! 世界一の魔導師で、世界一の常識人だな!」
レオンハルトは満面の笑みを浮かべ、アンナの頭をガシガシと撫でた。
その笑顔は、どこまでも純粋で、そしてどこまでも厄介だった。
「もう! 子供扱いしないでください!」
アンナはムッとしてレオンハルトの手を払い除けたが、彼の表情には一片の悪気もない。
その無邪気さに、アンナは脱力するしかなかった。
変態勇者のローブを押し付け、レオンハルトに無理やり着せると、アンナはため息混じりに前を歩き出した。
今日の目的地は、魔王城……ではなく、少し戻ったところにあるパン屋である。
きっと、今日も一日中、この男の奇行に振り回されるのだろう。
アンナは、自身の胃薬の残量をそっと確認した。
魔王討伐の前に、彼女の胃が先にやられてしまうかもしれない。
しかし、アンナは知っていた。この変態勇者が、いざという時には恐ろしいほどの強さを発揮することを。
そして、その純粋さゆえに、誰よりも人を惹きつける魅力があることを──。
世界を救う旅は、今日もまた、常識の外側で始まった。
●〜第二章:聖剣の主張とパン屋の罠〜●
アンナの怒りの咆哮と、それに負けないくらい元気なレオンハルトの“パンへの情熱“により、一行は昨日の道を引き返していた。
昼近くになり、陽の光が森の隙間から差し込む頃──。
目的のパン屋がある街道沿いの小さな村にたどり着いた。
「おお! ここだ、ここだ! この香ばしい匂い! アンナ、早く!」
「落ち着いてください、勇者様! 子供じゃあるまいし!」
ローブをしっかり着ていれば、レオンハルトはただの端正な顔立ちをした青年である。
アンナが彼の手を引く姿は、まるで母親がわがままな息子を連れているようだった。
目的の【香ばし亭】の暖簾をくぐると、店内には客が一人もおらず、店主と思われる髭の男がカウンターでうつむいていた。
「すいません、パンを……」
「……いらっしゃいませ」
店主の声は、ひどく掠れていた。
アンナは違和感を覚える。
魔力探知を張り巡らせるが、特におかしな反応はない。
しかし、この場に漂う空気が、あまりに無機質だった。
「おや、元気がないな店主! 俺様の顔を見て、もっと驚け!」
「……勇者様、か。お待ちしておりました」
店主が顔を上げた瞬間、アンナは直感的に叫んでいた。
「防御! レオンハルト、下がって!」
アンナの魔法障壁が展開されるとほぼ同時に、店主の体から真っ黒な煙が噴き出した。
煙が晴れた後には、皮の鎧を着た小柄な男──魔王軍の幹部、斥候のジグが不敵に笑っていた。
「クハハハ! まさか本当にパンのために戻ってくるとはな! お人好しの魔導師と、パンツ大好き勇者様!」
「な、なんだと! 俺の勝負パンツの素晴らしさを理解できない奴は敵だ!」
レオンハルトは、いつの間にか手に持っていた聖剣エクスカリバーを突き出す。
『ちょっ、マスター! その格好で戦う気!? 昨日の今日で!?』
聖剣がツッコミを入れるが、レオンハルトには聞こえていない。
「アンナ! ここは俺が引き受ける! お前は隠れていろ!」
「そのローブを脱がないでください! 敵は魔王軍の幹部ですよ!?」
しかし、レオンハルトはローブを脱ぎ捨てていた。
フリル付き白ブリーフ一丁の勇者が、魔剣を構えるジグの前に立つ。
なんというシュールな光景か。
「死ね、変態!」
「ふん!」
ジグが放った黒い魔弾を、レオンハルトは聖剣で弾き返す。
その膂力は桁外れだ。
「な、なんだこのパワーは!?」
「『服を着ると動きが制限される!』と俺の肉体が訴えているんだ!」
『それは絶対に違うからね! マスター! 半分は私の加護だから!』
アンナは額に手を当てた。
(なんてこと! 敵の攻撃を聖剣で弾くのはいいけれど、あの無防備な肉体に魔法のバリアを維持し続けるのは、私の魔力が持たない!)
アンナは詠唱を開始する。
「風の精霊よ、彼の者に障壁を! 『風の守護』!」
レオンハルトの周囲に不可視の風の鎧が形成される。
それでも、ブリーフ一丁であることには変わりない。
ジグは驚きつつも、反撃に出る。
「くそっ、これならどうだ! 店内の小麦粉を操る、隠し技『ホワイト・パウダー・ストーム』!」
店内中に粉が舞い、視界が奪われる。
レオンハルトはくしゃみを連発し始めた。
「くっ、くしゅん! なんて卑怯な……くしゅん!」
「チャンス!」
ジグが短剣を構えて突っ込む。
「させません! 『炎の矢』!」
アンナが放った炎が小麦粉に引火し、店内で小さな爆発が起きる。
「あつ!?」
「チャンスです、レオンハルト!」
アンナの叫びに、レオンハルトは動きを止めた。
「小麦粉……そうか、これを固めれば美味しいパンになるのでは!?」
「戦ってください! 敵を固めてどうするんですか!」
アンナのツッコミも虚しく、レオンハルトは粉まみれになったブリーフで華麗なポーズを決めながら、大声を上げた。
「受けろ、これが俺の! 『必殺・パン作り・スラッシュ』!」
聖剣から放たれた光の刃がジグを捉えた。
しかし、それは切り裂くのではなく、ジグの体を見事に『こねる』ような攻撃だった。
ジグは小麦粉を全身に浴びて、巨大なパンのような姿になって動きを止めた。
「……なんという、恥ずかしい……」
ジグはそうつぶやいて気絶した。
「やった! 大成功だ! アンナ、これで店主も大喜びだな!」
「……店主はどこに行ったんでしょうか」
アンナは放心状態で、粉まみれの勇者と、パンになった幹部を見つめるしかなかった。
胃薬を飲む手が震えた。
●〜第三章:服を着ない理由〜●
ジグが小麦粉の塊になって固まった後、アンナは脱力しきった体を引きずり、村の宿へと移動した。
もちろん、レオンハルトは全身小麦粉まみれのブリーフ一丁という、目を覆いたくなるような姿のままである。
「ほら、さっさと着替えてください。目立ちすぎです」
宿の部屋に入り、アンナはレオンハルトを怒鳴りつけた。
しかし、レオンハルトは驚くほど神妙な面持ちで、聖剣を見つめていた。
「いや、アンナ。俺も反省しているんだ。パン屋に戻ったことじゃない。敵の技をまともに食らって、くしゃみをしたことだ」
「……そうですか。理解していただけたならいいんですが」
「そう、やはり『防御力』が足りないんだ。アンナ、俺がなぜ服を着ないか、本当の理由を知っているか?」
アンナは嫌な予感がした。
これまで何度も「動きやすいから」「筋肉が呼吸しているから」といったトンデモ理論を聞かされてきたからだ。
「……また聖剣の冗談でしょう?」
『ちょっと、私のせいにしないでよ、マスター!』
レオンハルトは真剣な眼差しでアンナを見つめ、静かに語り出した。
「俺が最初にこの世界に召喚された時、神託の神がこう言ったんだ。『勇者よ、汝の体は聖なる器。無駄なもので覆うことなかれ。汝を護るのは汝の肉体と、志の高さのみ』と」
「そんな神託は聞いていませんよ!?」
「そして、もし服を着てしまったら、その防御力がすべて【羞恥心】に変換され、敵に精神攻撃を食らうことになるという呪いをかけられてしまったんだ!」
レオンハルトは力説する。
「だから、俺が裸なのは変態だからじゃない! 羞恥心を捨てて、最強の防御力を保つための、高尚な自己犠牲なんだ!」
部屋に沈黙が流れた。
聖剣が小さくため息をつく音が聞こえる──。
『……嘘ね。その神、たぶんお貴方のその変態性を面白がって適当なこと言っただけよ』
「何だと、エクスカリバー! 俺は信じているぞ!」
アンナは頭を抱えた。
(そんな呪い……いや、この世界なら本当にありえるかもしれない。でも、もしそれが事実なら、レオンハルトが服を着るだけで、彼は魔王の精神攻撃に怯える脆弱な戦士になってしまう?)
それは困る。
アンナの目的は、魔王討伐だ。
「……分かりました。その呪いのことは一旦受け入れましょう」
「理解してくれたか! さすがアンナ!」
「ただし!」
アンナは指を突きつけた。
「私がかける防御魔法は、その羞恥心を『遮断』する効果も付け加えます。だから、物理的には服を着て、魔法的には裸と同じ防御力を維持すればいいんです! 文句はないですね!?」
レオンハルトは目を丸くした。
「そんな魔法が……」
『できるでしょう、天才魔導師様なんだから! よかったわねマスター! これで変態と言われずに済みますよ!』
「うむ……それなら、安心かもしれない」
レオンハルトが渋々ながらローブに袖を通そうとしたその時、廊下から大きな物音が聞こえた。
「くそっ、この前は惜しかったな!」
「店主を人質に取ったのは失敗だったな!」
魔王軍の残党かもしれない。
アンナは瞬時に杖を構えた。
「レオンハルト! 服は後回しです! 敵です!」
「おう! 待ってろ、今パンツ一丁で……あ、ローブ着てた!」
アンナの魔法で羞恥心を遮断されたレオンハルトは、服を着ていても本来のパワーを発揮できるようになっていた。
聖剣を片手に、部屋の扉を蹴破る。
「勇者の登場だ! お前たち、悪いことをすると美味しいパンにされちゃうぞ!」
シュールなセリフと共に、レオンハルトが敵の軍勢に飛び込んでいく。
その背中は──確かに以前よりも頼もしく見えた。
●〜第四章:パンツの絆と魔王城へ〜●
「はーっはっは! この俺様の筋肉、そしてアンナの魔法! まさに最強のコンビだな!」
次々と現れる魔王軍の残党を、レオンハルトは服を着たまま、聖剣エクスカリバーの一振りで吹き飛ばしていた。
アンナの特製「羞恥心遮断」魔法のおかげで、彼の脳内にある“恥ずかしい“という回路は完全にオフになっており、レオンハルトは服の着心地の良さを満喫しながら戦っている。
「ちょっと、大声を出しすぎです! 他の魔物を呼び寄せる気ですか!」
アンナは杖を振り回しながらも、鋭くツッコミを入れる。
しかし、その表情は明るかった。
レオンハルトがちゃんとローブを着て、戦っている。
それだけで、どれだけ旅が円滑に進むことか──。
敵をすべて倒し終えた後、レオンハルトはふう、と息をついてアンナを見た。
「アンナ、一つ確認しておきたいんだが」
「なんですか? また変なパンが食べたいとか言わないでくださいよ」
「違う。……今回の件で思ったんだ」
レオンハルトの瞳が、いつになく真剣な色を帯びた。
「俺は、羞恥心を遮断すれば服を着られるようになった。でも、それはアンナの魔法のおかげだ。もし、アンナがいなかったら、俺は今でもパンツ一丁で、みんなに不審者扱いされながら戦っていた」
「……まあ、そうですね」
「俺は勇者として、世界を救わなきゃいけない。でも、それは一人じゃできないんだ。アンナの知識、魔法、そして……この厳しいツッコミがなきゃ、俺はただの筋肉ダルマだ」
アンナは少し照れくさそうに視線を逸らした。
この変態勇者が、そこまで自分のことを認めてくれていたとは。
「レオンハルト……」
「だからな、アンナ! 魔王を倒したら、俺の結婚式の衣装の相談に乗ってくれ! どんなパンツが最強の正装になるか、一緒に考えてほしい!」
「やっぱり変態じゃないですか! 帰ります!」
『だから違うわよ、マスター! なんでそこでパンツに戻るのよ!』
聖剣のツッコミとアンナのビンタがレオンハルトに炸裂する。
しかし、二人の間には、以前のようなストレス満載の緊張感ではなく、信頼に基づいた奇妙な絆が生まれていた。
そして──数日後。
ついに魔王城の前にたどり着いた。
天空にそびえ立つ漆黒の城。
その重苦しい雰囲気の中で、レオンハルトはローブを正し、聖剣を構えた。
「行くぞ、アンナ! 全世界の朝食の平和のために!」
「魔王討伐のために、ですよ! さあ、行きます!」
アンナが障壁魔法をレオンハルトにかけ、二人は城の重い扉を押して開けた。
中から現れた魔王は、漆黒の鎧を身にまとった威厳ある姿だった。
しかし──レオンハルトは全く怯まない。
「魔王! 覚悟しろ! 貴様の野望は、俺のパンツとアンナのパンへの愛で止めてやる!」
「……何を言っているんだ、この男は」
魔王が呆れる中、レオンハルトは聖剣を掲げた。
「行くぞ! 必殺・究極の……愛のパンチスラッシュ!」
アンナはため息をつきながらも、限界まで魔力を込めて魔法を支援した。
「……はあ、もう。私の胃薬、残りあと一つなんですけどね!」
世界を救う旅は、最後の瞬間まで常識の外側で、しかし最強のパートナーシップと共に、クライマックスを迎えたのだった。
〜〜〜おしまい〜〜〜
貴重なお時間を使ってお読み頂き、本当に有難うございました。
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