第6話 目から汗が流れた日
少しすると現れたのは粗末な短剣で武装した二人の男。
服装はボロボロだし、抜き身の短剣は刃こぼれが激しい。
「おうおう。行き止まりみてえだな」
「ずいぶん羽振りがよさそうじゃねぇかよ。ちょっと俺達にも分けてくれや」
うーむ、やはりただのチンピラだったらしい。
一応正当防衛が成立するように反撃の形はとるつもりだが、こいつら相手なら殺しはなしだな。
実力者が相手ならいつか報復されることを恐れて、確実に息の根を止めたいところだが、白兵戦の能力群がこいつらを格下であると告げている。
この程度の相手なら報復を恐れることはないし、むしろ殺してしまったことでこの国の法律に抵触するかもしれない。
なら、危険度が高いのは国や法であり、こいつらではない。
よって今回、直接の殺しはナシだ。
とはいえ、ここで逃げるという手段もありえない。
この手のやつらから尻尾を撒いて逃げるということは、こいつら目線ではこちらが降参しているように見えるからだ。
たとえこちらにその意図がなかったとしても、それを理解する頭が彼らには無いだろう。
そうなれば仲間を引き連れていつまでも付きまとってくるだろうし、なんの解決にもならない。
残念だが、一度は反撃して実力を見せておかなくてはならないというわけである。
というわけで、反撃だ。
「おらぁ! 死に晒せぇ!」
「運が悪かったなぁ!」
迫りくる二人の男が飛び込んできた瞬間、銃弾すらも見てから回避できる身体能力を以て足払いをかける。
するとその威力に負けた彼らの膝は見事に粉砕され、信じられないといった表情のまま地面に倒れ込んだ。
一応、手加減はした。
本気で動いていたら、今ごろ彼らの膝は粉砕ではなく、爆砕されて肉片が飛び散っていたはずだ。
「う、うごぁああ……」
「いでぇ、いでぇえええ……!」
「残念だが、喧嘩を売る相手を間違えたな。もうお前らに明日は来ないだろうが、恨まないでくれよ」
まあ、手加減したとしても、スラムに迷い込んでこの怪我じゃ助かる見込みはない。
今もこちらの様子を見ているスラムの住人に身ぐるみはがされ、素っ裸になって転がされる未来が待つだけである。
その先に待つのは死だ。
確かに直接殺しはしないが、それは俺が殺さないというだけであって、彼らに未来が残るということを意味する言葉ではないのだ。
しかし、ニアには嫌なものを見せてしまったかもしれない。
「すまんなニア、少し嫌なものを……」
「うおおおおーー! アニキすげぇーーーー! 最強! 最強! 最強ーー!」
「あっはい」
とか思っていたが、ニアは元気に勝利の喝さいを挙げていた。
さすが異世界の孤児、こういうことに対する認識が地球人とは違う。
その後は両腕を振り上げ、ぴょんぴょん飛び跳ねてガッツポーズをとっているニアを強引に裏路地から連れ出し、そろそろ夕暮れも近くなった空を見上げる。
うーん、今から宿を取るのはちょっと遅いな。
軍資金を得るために時間をかけすぎた。
この交易都市が無駄に広すぎるのがいけない。
ここからエウルバ商会まで歩くだけで一時間くらいかかるんだよ。
それに俺という大金持ちの旅人と知り合ったニアを放り出したら、なにかと危険な気がする。
その辺、どうにかしなくてはならないが……。
「仕方ない。俺の家に連れていくか」
「アニキの家!? もうどこかに借りてんのか!?」
「いや……。まあ、いいか。説明するのは難しいしな」
表通りの家に泊まるのは初めてだぜ~とか、なんだかワクワクするなあ、とか言っているニアには同情を禁じえない。
聞いてみると、どうやらニアの寝床は基本的にスラムのゴミ捨て場で、ゴミが雨で流れないよう屋根がついているからそこそこ快適なんだとか。
うそだろおい……、と思った俺はきっと間違っていない。
スラム孤児の生活、思ったよりも悲惨だった。
この生活が快適だとするなら、安アパートで部屋が狭いなぁ、なんて愚痴を吐いてた俺はなんなんだ。
あまりの過酷さに少しだけ目から汗が流れてしまったが、夕焼けを見る振りして誤魔化す。
「よしニア。とりあえず俺にしがみついとけ、まずはお前に人間の生活というのを教えてやる」
「よくわからねえけど、分かったぜアニキ! えいっ」
ニアがしがみついたところを見計らい、自宅のアパートへと転移する。
すると一瞬で見慣れない部屋に瞬間移動したニアはきょろきょろと周りを見渡して、頭にクエスチョンを浮かべまくっている。
異世界へ渡る際、装備ごと転移できていたからニアも連れていくことができると判断していたが、どうやら想定した通りだったようだ。
さすが神様特性の異世界渡り能力、転移能力に関しては色々と無敵である。
「……? ここどこだ?」
「俺の部屋だな」
「…………?」
どうやらまだ何が起こったか分かっていないらしい。
このまま不思議な顔をして口をポカーンと空けているニアを見ているのも面白いが、まずは寝るにしても部屋で自由にさせるにしても、風呂に入れて汚れを落としてやらねばならない。
そしてそのまま、状況の整理ができていないニアをスッポンポンにさせ風呂に入れようとしたところ、トラブルが起こった。
そう、このニア、なんと女児だったのである。
確かに男か女かもわからないほどに汚れていて、本人から聞くところによると八歳くらいだと言うが、まさか女児だっとは。
この瞬間を誰かに見られたら、俺は間違いなく警察に捕まるだろう。
なので仕方なく、もう一度ボロボロの服を着せてからそのまま風呂に突っ込み、シャワーの使い方と石鹸の使い方だけ教えてあとは自分でやれと放置した。
風呂場からは、魔道具ってすげーだの、アニキ最強~だのと聞こえてくるが、無視である。
どうやら家電製品のことはそういう魔道具であると認識したらしい。
でもって、現在俺といえば……。
「あれもポチ、これもポチ、よしこの服もカートに入れておこう、ポチっとな」
パソコンの前でネット通販サイトを開き、児童向けの服をかたっぱしからポチポチしているところである。
いまのところ外出予定はないが、万が一のことを考えてもさすがにあんなボロボロの服で過ごさせるわけにはいかない。
なによりこいつは異世界での情報源になる予定のビジネスパートーナーだ。
なら、それなりの身だしなみにしてもらっていたほうが、行動する上でなにかと有利である。
そういうわけで、明日到着予定となっている服を上下三着ほど見繕い、やることを終えどっと疲れた表情の俺は、ようやくテレビの前でくつろぐのであった。
なお、風呂から上がったニアがテレビを見てまた騒ぎ出したのは言うまでもない。
「あ、こら、びしょびしょのままソファに座るな」
「…………?」
「タオルあっただろ!」
「えっ! あんな高級な布で体拭くのかよアニキ!?」
えっ、そんなばかな……、みたいな顔で慄いているニアを見て、俺は天を仰いだ。
異世界で逞しく生きるスラムの孤児と現代人では、認識に色々とズレがあったようである。
なおその後、ドライヤーの使い方で再び一悶着あった。
どうやら温風を出すこともできる風の魔法杖であると思ったらしく、自分に風魔法の才能が芽生えたと勘違いしたらしい。
本当に先が思いやられる一日であった。




