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第55話 エリシーナが仮面を捨てた日


 サンダリオン侯爵が治める領都惑星へと無事に転移した。

 周囲にはSF世界らしい機械的な街並みに、聳え立つ巨大なタワー。

 なにより空に浮かぶ大小様々な宇宙船の数々が、ここが以前にも来た異世界であることを主張している。


 ふむ、今のところ特に変わった様子はないが……。

 神の爺さんにきな臭い動きがあると言われているし、一応は用心のため気配察知くらいは常に起動しておきたいところだが、さて。


 と、そう思ったところ。

 都合よく警戒していたタイミングで、俺の周囲を取り囲む人間の気配が感じられた。

 人数は五人、だが敵意は無し。


 ……どういうことだ?


 そうしていつでも反撃ができるよう、ニアを傍に寄せつつ警戒していると、取り囲んできた人間達の中から一人、全身を黒づくめにした特殊部隊のような男が姿を現した。


「失礼。英雄ハセガワ様とお連れのニア様であるとお見受けします」

「ええ。英雄かどうかはともかく、俺が長谷川ですね」


 様子を探ってみるが、やはり暫定特殊部隊の彼には敵意を感じられない。

 腰の小型光線銃らしき武器も抜いてないし、俺を刺激しないよう、目の前にいる彼を除いた周りの四人も最低限の距離を取っているようだ。


 だが彼らはどこか焦っているようで、現実改変による能力付与で武術の達人となった俺の五感が、どこか急いでいるような緊張感を伝えてくる。


 ふむ、これはもしかして、ここ領都惑星で何か事件があったかな?


「失礼ですがあなた方の動向を、領都惑星の監視AIを用いて探らせていただきました。具体的な要件は領主館でお伝えさせて頂きたいのですが、ご同行願えませんか?」

「ああ、なるほど……」


 どうやらここに来る以前から、AIや監視カメラによる調査網を敷いていたようだ。

 たぶん俺が転移能力で居なくなったのが主な理由だろうな。

 急に惑星から姿を晦ませたことで、何か少しでも異常があればAIが情報を拾うように設定しておいたのだろう。


 いやあ、かれこれこの世界に来るのは半年以上ぶりだろうか?


 その間ずっと彼らが捜していたとしたら、悪いことをしてしまったなあ。

 罪滅ぼしという訳ではないが、ここは素直に領主館へ案内されておこう。


 なにより、サンダリオン侯爵やその関係者とは一度会っておきたかったからね。

 神の爺さんの予想が外れるとは思えないし、今のところ味方であると判定済みの侯爵サイドからは、色々と情報収集はしておきたい。


「分かりました。案内よろしくお願いします」

「ご理解痛み入ります。この星でお過ごしなら既にご存じかもしれませんが、我々にも余裕がないのです」


 気になることを告げる特殊部隊さんだが、いまは黙って彼らについていく。

 そうして何の原理で動いているのか分からない浮遊ボートのようなものに乗り、三十分ほどで領主館へと到着した。


 しかしこの浮遊ボートめちゃくちゃ早いな。


 惑星一つまるごとが侯爵家の領都ということもあり、一口に領主館へ案内しますと言ってもかなりの距離がある。

 例えばリオール交易都市なんかで乗り込んだ馬車で移動しようと思えば、恐らく昼夜問わず走らせても三日はかかるだろう。


 ちょっとした移動だけで、日本の県と県の間を跨ぐかのような長距離っぷりだった。


 そうして恐ろしいほどに広大な領主館に到着し、その敷地内ですら別の浮遊ボードに乗り換えつつ移動し、ようやく最終目的地である領主の部屋へとたどり着いた。


 いやほんと、さすがSF世界の豪邸だ。

 というか建物の中ですら乗り物がないと遠すぎるってどういうことなんだろうか。

 以前に来た時にも内心で驚いていたが、改めてその辺の世界とはスケールが違うなと実感する。


「お嬢様、英雄ハセガワ様とニア様をお連れ致しました」

「ええ、報告は聞いているわ。どうぞ入ってきなさい」


 特殊部隊さんが控え目なノックをすると、部屋の中から聞き覚えのある声が返ってきた。

 声から察するに、これは侯爵令嬢モードのエリシーナさんなのだろう。


 連邦軍に所属しているときの凛々しい少佐の時とちがって、少し落ち着いた雰囲気の声色だ。

 それにどこか艶めいていて、大人の雰囲気が感じられる。


「久しぶりねハセガワ、それとニア。こうしてまたあなた達が姿を現してくれて嬉しいわ。でもどうして急に尻尾を掴ませてくれる気になったの?」


 うーん、そう言われると困るね。

 俺は転移で地球に帰還していたから見つかるわけがないし、そもそもここに戻ってきたのだって助言があったからだ。


 そしてそのどちらも、この世界の住人であるエリシーナさんに伝えるような情報ではない。

 というわけで答えにくいんだよね、この質問。


 そんな感じで言葉に詰まっていると、なぜか俺の隣でニアがドヤ顔を決めてふんぞり返っていた。


「ふふーん。久しぶりだなエリシーナ! でもどうしても急にも無い、そんなの決まってる。お前が困ってるのを知って、わざわざ助けにきてやったんだぜ。舎弟のお前はアニキに全部任せればいいんだ。アニキを信じろ!」


 ババーーーーン!

 と、そんな効果音がつくくらいの勢いでニアが両手を広げ、こちらがご注文の最強かつ無敵のアニキでござい!


 みたいなノリで俺を紹介してくる。


 おいおい、さすがに侯爵令嬢の前でそれはまずいってニア。

 いくら幼女の戯れだとしても、向こうにだってメンツがある。

 現にここまで案内してくれた特殊部隊っぽい人なんか、眉間にシワを寄せて不機嫌そうにしてるじゃないか。


 ……などと俺は思っていたのだが、どうやらそれは俺と特殊部隊さんの間だけで通用する常識だったらしい。


「くふ、ふ、ふふふ、ふふふふふ……。はーーはっはっは! そうか、やはりお前たちは我が侯爵領を救うため、こうして立ち上がってくれた訳か! 面白い、面白いぞお前達!」

「お嬢様……!」


 そしてついには高笑いを始める侯爵令嬢。

 もはや先ほどまでの艶っぽい雰囲気は消し飛び、思いっきり軍人としての人物像が表に出てきていた。


 これにはたまらず特殊部隊さんも忠言を行うが、しかしエリシーナさんは止まらない。

 もはや令嬢の仮面などごめんだとばかりに脱ぎ捨てて、ニアの頭をわしゃわしゃと撫でながら褒めたたえた。


「うむ! お前の言う通りだニア。さすが英雄に付き従っているだけはあるな。しかし、この私が彼の舎弟とは大きく出たな。いや、だが英雄の手下というのはある意味で出世か? これは一本取られたな! ふははははは!」

「お嬢様、お戯れもほどほどにして下さい!」


 心底愉快そうに高笑いするエリシーナさんに対抗するかのように、なぜかドヤ顔のニアは「ようやくアニキの凄さが分かったようだな」みたいな感じで頷き、そうだぜ、そうだぜ、と言って腕まで組み始めた。


 いやまて、英雄だか何だか知らないが、侯爵令嬢がおっさんの手下になるのはまずいだろ。

 これはさすがに特殊部隊さんの判断が正しいと思う。


 だがそんな俺の思惑をよそにエリシーナさんはニアの発言を肯定し、特殊部隊さんとおっさんの常識を一刀両断した。


「いいや、戯れなどではない。それに元々、私にお淑やかな侯爵令嬢など似合わんのだ。英雄の力を借りるためならば、色仕掛けも致し方なしと取り繕ってみたが……。ふっ、どうやらその必要はなかったらしいな。本当に愉快なやつらだよ、お前達は」

「あー、そういう? なるほどなぁ」


 どうやら英雄を篭絡するために、わざわざ艶やかな侯爵令嬢モードで接待してくれていたらしい。

 まあそういう事情ならば、俺としてもこっちのエリシーナさんの方が素で話せて気楽だね。


 世界の違うスラムで育ったニアは色々と常識を超えてくるが、今回もなんだかんだでファインプレーである。


 そんな感じでヘンテコな再会を果たした俺たちは、その後ようやく彼女たちの事情を聴くことになったのだった。

 ちなみに俺が特に気になっているのは、前回まではあれほど元気だった侯爵家当主が姿を見せていないところだ。


 本来なら客人を迎えるにあたって音沙汰がないということはあり得ないと思うのだが、はて……。

 もしかすると、ここらへんに神様の助言が関わってきているのかもしれないな。

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