第51話 鑑定作業に従事した日
「メガネメガネ、メガネがないと~……」
「エルネシアさん。メガネならここに」
「あら、長谷川さん。ご親切にありがとうございますぅ~」
規格外天空巨竜の報酬アイテムが散らばる、政府から用意された鑑定部屋にて。
「メガネがないと何も見えないですね~、困りましたぁ」、などと言って部屋をぐるぐる回っている彼女に、ちょうど手元にあったメガネをそっと手渡す。
よいしょっ、とグルグルの厚底メガネを装備して、ようやく一息ついたようだけど、こりゃあ鑑定部屋を先に片付けないとまた同じことが起きるな。
そう思った俺は討伐報酬の鑑定作業を一旦任せ、散らかった部屋のアイテムを鑑定済みと未鑑定で仕分けした。
ふう、これでようやく足場ができる。
さっきまでメガネを失い慌てたエルネシアさんが、ほええ~また何かにぶつかりました~、とかいって必ず何かに衝突しまくっていたからな。
アイテムは頑丈だから良いけど、そのおかげでエルネシアさんは割とボロボロである。
まあ、彼女曰くいつものことらしいが。
ちなみに現在は、あのレイドバトルイベントから翌週。
つまり三月の中旬に入ったわけだけど、そろそろエルネシアさんが魔法講師として働く時期も近づいてきている。
四月初めにはもう異能学園で働くし、鑑定作業どころではなくなるため、急がなくてはならないのだ。
まあそんなわけで、彼女の仕事が少しでもスピードアップできるよう、自作自演ではあるが俺も特別助っ人として鑑定作業に従事しているというわけである。
その気になれば全てのアイテム効果を一発で説明できるのだけど、それをやると明らかに怪しまれるからね。
今はちょっとずつヒントを与える形で、日本政府の取り分であるイベント報酬の解析をサポートしているところだ。
まあこれに関しては、俺にもけっこう渡りに船な仕事依頼だったんだよ。
というのも、以前のレイドバトルで使った必殺技が、あまりにも恐ろしい絵面だったのがいけなかった。
ミニコが本気を出して演出した地獄門は効き目が強すぎて、政府の中にも俺が世界征服を企む魔王なんじゃないかと考える人も一定数いるみたいなんだよね。
それでそのイメージ払拭のために、政府へと協力的な姿勢を見せる必要があったのだ。
今回の政府への助力で、少しでも俺の魔王判定が払しょくされることを願いたい。
「それで、この水晶玉みたいなのはたぶんスキルオーブですねぇ~」
「おや、もしかしてエルネシアさんの世界にも同じようなものが?」
「そうですよ~。これでもわたしは向こうで知識階級でしたから。ダンジョンから産出されるアイテムのメインどころは、それなりに押さえてます~」
グルグルメガネをくいっくいっと位置調整しながら、何のスキルオーブか必死に鑑定しようとするエルネシアさん。
ちなみに正解を言うと、それは運動神経に大きなバフがかかる軽業のスキルオーブだよ。
レイドの討伐報酬を勝手に使用するわけにはいかないので断念するしかないが、ぜひともエルネシアさんに使って欲しいアイテムである。
なおレイドボスイベントの報酬のほとんどは、現実改変でドロップ率をちょっと弄っただけの、普通のダンジョン産レアアイテムだ。
俺がこっそりと混ぜた現実改変アイテムはほんの少しであるため、こうしてエルネシアさん自身の力でアイテムを解析できることも多い。
「ああ、鑑定できました~。これは身体操作を補助する武術系のスキルオーブですねえ。希少度は低めですが、冒険者さんには人気のアイテムです」
「ほほ~」
エルネシアさんがゴニョゴニョと呪文を唱え、内部構造を鑑定する魔法を使用すると、本人の知識量に応じてアイテムの効果がだいたい分かるらしい。
軽業のスキルオーブであると明確に理解できるわけではないのだが、少なくとも身体操作や運動神経を補助するものだと把握できるようだった。
ううむ、さすが三つ目の異世界で実力は折り紙付き、と異世界転移の能力が判断した魔法講師だ。
使える詠唱魔法の幅がかなり広いな。
そんな感じで追加で二日ほど鑑定作業に従事し、ようやく日本側にもたらされた全てのアイテム鑑定が終わった。
海外の方でもミニコが各国の分け前を調整し、異能者協会を通じてこちらに合わせ全て鑑定完了との報告もきたので、タイミング合わせ的にも完璧だ。
ようやくこれで一段落だな。
いや~、久しぶりに部屋に籠って事務作業っぽいことを続けてたから、肩がこってしまったよ。
まあ、ベストコンディションポーションのおかげで常に最良の肉体を維持し続けているから、肩こりはただの気分なんだけども。
「ようやく終わりましたねぇ~」
「そうですね。日本政府側だけでもかなりの数がありましたよ。あっはっはっは」
「ふむ~?」
そう言ってエルネシアさんが声をかけてくるが、何やら少し気がかりなことがあるようだ。
今も俺を見ながら、ふむう~とか、おかしいですねえ、なんて言っている。
いったいどうしたというのだろうか。
俺には世界にマッチポンプを仕掛けた後ろ暗い事情しかないため、思い当たる節が多すぎる。
もしかしたらこの二日間で、何らかの動かぬ証拠を掴まれてしまったのかもしれない。
意外と鋭い所もあるからね、この人。
こうしてジロジロと観察されている訳だけど、グルグルメガネに太陽光が反射して表情が読めない。
おのれ、小癪な太陽光とメガネめ。
そうしてしばらく悩んでいたエルネシアさんは、何を悟ったのか突然納得の声をあげる。
こう、キラーンッ、って感じでメガネも連動して光ってるよ。
え、そのメガネって任意で光るんですか、と思った俺の困惑はたぶん正しい。
「あら~、分かりましたぁ。分かっちゃいましたよ長谷川さん」
「な、なにがでしょうか?」
「隠してももう無駄ですよお。長谷川さんほどの人が、地味な鑑定作業に従事していた理由なんてこれしかありませんからねぇ」
な、なんだって……!?
やはり自作自演の鑑定作業はやり過ぎだっただろうか。
犯人は犯行現場に戻ってくるとも言うし、意識できていないところで不自然さがあったのかもしれない。
く、どうにかして誤魔化さなければ……!
「そ、それは、えーと……」
「大丈夫ですよ、誰にもいいませんから。わたしこれでも口が堅い方なんです~」
「し、しかし!」
まて、まだ話せばわかる。
せめて何を悟ったのかだけでも教えてくれ。
これから先の自作自演のためにも、お互いに協力関係を築こうではないか……!
「それに長谷川さんだって、きっとマーリンさんとは一対一で決着をつけたいのでしょう? 男の人って、そういうところありますからね~。それで、マーリンさんを誘き出すためのアイテムは見つかったんですかぁ?」
「……ん?」
……ん?
……あれ?
「ふむう。その様子だとまだ準備は完全でないようです。ですが、もし人手が必要な時は言ってくださいね~。わたしは長谷川さんの味方ですから。こう見えても詠唱魔法には人払いの呪いなんかもあるんです」
「あっはい」
そう言って微笑みを見せたエルネシアさんは、これで伝えるべきことは伝えたとばかりに、荷物を持って帰宅していった。
しかし、ふむ……。
え、なに、人払いって呪いカテゴリーなんですか。
それはちょっと怖いですね……。
なんて現実逃避してる場合じゃないな。
呪い云々にはちょっとヒヤっとしたけど、何はともあれ俺の自作自演がバレたわけではないようで一安心である。
「いやあ~ビビった。設定がバレたかと思ったよ。なあミニコ?」
「その可能性は限りなくゼロですよ、マスター。この私がサポートしているのですから。それにそもそも、彼女は契約により情報を口外できません。……しかし、彼女はなぜサブボディのマーリンを目の敵にしているのでしょうか?」
ミニコが骨伝導で感想を伝えてくるが、確かに現実改変で俺に関する情報や異世界の話は縛られているのだった。
それはそれとして、マーリンとの対立に関しては俺にもよく分からない。
とはいえマーリン・ミニコはあくまでも遠隔操作で動くだけのサブボディ。
たとえ魔法で呪われたところで痛くも痒くもないし、なんならサブボディなんて五分もあればその辺の土から複製できるため、失っても大丈夫だ。
故にエルネシアさんの想定しているものがどうあれ、こちらへの被害は特にないので今後も静観していく所存である。
面白い地球にしていくためには、こういう、ちょっとした想定外もたまには必要だよねと学ぶ今日この頃であった。




