第5話 尾行された日
「こっちだぜアニキ! 街で一番でけえ商会があるんだ!」
「まて、落ち着け。袖を引っ張るなって……」
何も知らない俺のちょうどいい情報源とするため、衣食住付きで雇い入れることを決めたあと。
どうやらニアは俺を完全に信頼してしまったらしく、お客様待遇の兄さん呼びから家族待遇のアニキ呼びに変わってしまった。
俺の事は長谷川か、もしくは天気と呼べと言ったのだがなあ……。
どうやら日本人の名前はニアにとって聞きなれない発音らしく、ハセグァワ、ハセェグァワ、とか微妙に違うトーンになるためしぶしぶアニキ呼びを了承した。
しかし本当、野生児の警戒心はどこへやったんだこいつは。
よく今までスラムで生きてこれたな。
……というのは、もう今更だな。
ニアも自分の置かれた状況を分かっているんだろう。
どうせこのままガイドの仕事で銅貨三枚を稼ぎスラムで生きていったって、この環境から抜け出すことなど奇跡が起きないと無理だ。
運よく今日を生き抜いても行きつく先は地獄で、もしガイドの仕事にちょっとでも躓けば夜を越せず、明日には裏路地で冷たくなっているかもしれない。
そう考えると、どうせ死ぬなら裕福そうな旅人の子分になることは、ニアにとって大出世もいいところなのかもしれない。
なにせこの世界の人間に比べれば身なりは清潔で、甘いあんパンを惜しみなく食べさせてくれて、尋常ではない雰囲気を纏う剣をひっさげ、高価なマジックアイテムの売り先を聞いてくる激レアな旅人だ。
こんな旅人が、スラムの孤児をわざわざ騙してまで得られる利益などないのである。
つまりスラムで生き抜いてきたニアの判定では、この大人はとても安全、という結論になるのだろう。
「ついたぜアニキ」
「おお、確かにでかいな」
「だろ!」
そうして到着したのはニア曰く、この街で一番でかいとされる大商会。
最初は違法なものでもなんでも買い取ってくれるスラムの店なんかもオススメされたが、俺が現実改変した商品は盗んだものでもなんでもないので、普通に有名な商会への案内を頼んだ。
マジックアイテムの出所はともかく、俺に後ろ暗いところは特にないしな。
むしろこの世界にきてまだ何もやってないまである。
これ以上なく潔白であり、真っ白だろう。
むしろここで怪しいスラムの店を利用したほうが、周りから変な疑いをかけられかねない。
そうして満を持して馬鹿でかい街一番の商会店舗に入店する。
すると接客担当の男性がすぐに声をかけてきて、ちらりとニアの身なりを見て顔をしかめるが、俺の異国風の服装と装備している剣を見て態度を翻す。
どうやらガイド役の孤児が金のあるカモを引き連れてきたのだと勘違いしたらしい。
いや、勘違いではないな。
確かにその想定はあながち間違ってはいない。
「いらっしゃいませお客様。当エウルバ商会へようこそ。本日はどのようなものをお求めで?」
「いや、今日はマジックアイテムを買い取ってもらいに来たんだ」
「ふむ、マジックアイテムの買取ですか……」
接客担当の男は少し思案する様子を見せる。
たぶん俺の身なりや装備品から考えて、どれくらいの商談になるのか予測しているのだろう。
あまり大きな金が動くようなら接客担当では荷が重いし、かといって上司を呼んでたいしたことのない商談になれば失態だ。
なにせマジックアイテムといっても、その価値はピンキリだろうからね。
さて、この店は俺の持ち込んだマジックアイテムにどれくらいの価値を見出すのか見ものだな。
別に買い叩かれたらその時はその時。
特にポーションなんて元はただの水である。
失っても痛くはないし、不誠実な取引なら今後利用しなければ良いだけだ。
◇
「金貨二十枚……。き、きんか……、ってなに? きん……?」
「おい、そろそろ現実に戻ってこいニア。おーい」
「きんかぁー!?」
「声がでかいっ」
「いてっ!?」
エウルバ商会との商談のあと、ニアはずっと上の空である。
あまりにも高額な取引に意識がオーバーフローしたようで、ぐるぐると目を回しながら金貨金貨と連呼していた。
さすがにちょっと人目が気になるので、デコピンで正気に戻したところだ。
ちなみにニアによると銅貨百枚で銀貨一枚、さらに銀貨百枚で金貨一枚らしい。
つまり銅貨一枚が五十円くらいだと仮定すると、金貨一枚は五十万円。
それが二十枚なので、概算一千万円くらいの取引になったということだな。
マジックアイテムの質には自信があったとはいえ、思ったよりもエウルバ商会は誠実なところだったらしい。
今回売り払ったのは傷治癒、毒治癒といったファンタジーでお馴染みの各種十本のポーションだ。
傷治癒ポーションは小規模の肉体欠損くらいなら癒せるし、一本まるまる使えば指くらいなら生えてくるくらいの性能だ。
このくらいの性能になるとハイポーションと呼ばれるようなランクになるらしく、流通は少ないがエウルバ商会でも取り扱いはそこそこあるらしい。
もちろん一本は試供品として効能を動物で試してもらったので、商品の効能は信用されている。
ポーションは一本金貨一枚で売れた。
まあ、小規模な欠損を癒せる飲み薬が一本五十万円と考えると安いが、この世界は剣と魔法のファンタジーが基準である。
欠損を癒す手段はポーションだけではないし、高度な回復魔法でも同じことができるだろう。
なにより魔物などの脅威と日々戦う傭兵や冒険者なんか、地球とは比較にもならないほど傷を負うはず。
それを考えると、まあこのくらいが妥当なのかもしれない。
しかし予定では病気抵抗の指輪として現実改変したオモチャも売りつける予定だったのだが、どうやら今回はその必要もなかったみたいだな。
病気抵抗の指輪なんて王族や貴族などの権力者がこぞって買い求めるアイテムだろうし、出所を探られて目を付けられること間違いなしだ。
この指輪は万が一ポーションが箸にも棒にもかからなかった時の保険だったんだ。
売り払う機会がなくて一安心である。
まあ、それはそれとして……。
「……尾行されてるな」
「え!?」
ボソっと呟いた俺の発言にニアの肩が飛び跳ね、声を出さないように急いで自分の手で口を塞ぎキョロキョロと辺りを見回している。
今、尾行に気づいちゃいました、みたいなバレバレな態度には思う所はあるが、まあ今回はもう関係ないな。
なにせ向こうは完全にこちらをターゲットにしているようで、付かず離れずで様子を探るという感じの雰囲気ではないからだ。
下手な尾行は徐々に距離を詰めてきていて、俺が裏路地にでも入れば走って道を塞いでくることだろう。
この杜撰な動きにプロフェッショナルな感じが一つもないあたり、たぶん大商会から上機嫌で出てきた、右も左も分からないガイド付きの旅人を狩る気満々のチンピラだと想定できる。
まあ、白兵戦系の能力群を付与する前の俺なら気づけないくらいの慎重さはあるので、確かにこの辺りでは見かけないへんてこな服装をした旅人くらいなら狩れると、そう思うのも無理はない。
とはいえ、その判断は能力付与でガチガチに武装した今の俺に、全く通用しないことに変わりはないけども。
そんなわけで。
俺はあえて裏路地に踏み込み、ニアを行き止まりの壁に立たせて不審者たちの出方を窺ったのであった。




