第49話 ニアとアニキが最強だった日
ふーむ、いいダメージ。
これでようやくドラゴンの体力が二割減といったところかな?
しかし十分なクリティカルヒットだ。
というかこれもう設定がどうとかじゃなくて、そのまんま勇者だろ。
そんな感じに錯覚するほどの活躍っぷりである。
天上さんなんか気になる男の子のカッコいい活躍っぷりに、ポッ、と頬を染めてうっとりしてるよ。
うむ、お熱いことで。
しかしこれで、勇気くんの活躍を見ていた者達の士気も爆発的にあがった。
周囲では勇者コールが鳴り響き、人類全ての希望を賭けるくらいの勢いで熱気が高まっている。
「ふむ? アニキの舎弟なだけあって、ちょっとは見直したぜ。でもあんないいタイミングであれくらいの攻撃しかできないんじゃ、まだまだだな。じゃ、オレが手本を見せてくる! 見ててね、アニキ!」
そして始動する、二つ目の脅威。
いや、脅威どころではない。
幼女の姿をしたドラゴン以上のモンスターが颯爽と走り出す。
そして……。
「ラブリー・シュート!」
ズドオオオオォォォォン……!!
「ラブリー・シュート!」
ズドオオオオォォォォン……!!
「ラブリー・シュート!」
ズドオオオオォォォォン……!!
そして始まる、愛の爆殺魔法連続射撃。
かつてニアのいた異世界で、不人気ダンジョンのボス部屋を蹂躙した圧倒的火力が、哀れなドラゴンくんに襲い掛かる。
「グ、グギャァアアアーーーー!?」
これにはたまらずドラゴンくんもノックアウト。
爆殺ビームにより雄大な翼には大穴が空き、赤く堅牢な鱗は弾け飛び、尻尾は千切れ肉片に。
まるで戦いになっていない、そんなあまりにもあんまりな戦闘が始まった。
「う、うわっ!? ちょ、ちょっとニアちゃん!? 俺まだドラゴンの上にいるから、ステイ! ステイステイステイ……!」
それと同時に、周囲に降り注ぐ爆殺ビームに肝を冷やす勇者一名。
だが安心して欲しい、ニアのコントロールはこれ以上なく正確だから。
なにせかなりの距離からSF世界の巨大ロボ、ウェポンアーマーの動力部を狙撃し百発百中の腕をもつ天才スナイパーだ。
とはいえさすがにこのままハメ殺しをしてしまえば、俺の出番が民間戦士をちょこっと異能で守り、報道陣を背に完全防御していた傍観者おっさんでしかなくなる。
ここはそろそろ、俺が前に出ていく場面だろう。
「そろそろ決着をつける。ミニコはサブボディによるニアの回収と、俺のサポートよろしく」
「承知しましたマスター。これより決戦型恐怖ホログラム、ヘル・ワールドを発動いたします」
そうしてニアを回収しつつ、勇気くんが人類陣営側へと戻ってきたころを見計らい。
俺は一人、悠然とした動きでドラゴンの前に出た。
それこそ、まるで何か意味のある動きかのように思わせぶりな態度で、ミニコの放ついくつもの魔法陣が俺の周囲を取り囲む。
ちなみにここまで、もちろんただのコケ脅しだ。
しかし魔法陣の知識を持たない人類は、この状況になにかが始まると感じ静観する。
そうだ、それでいい。
俺は心の底から内心で叫ぶ。
地球のみんなぁー!
ちょっとだけでいい、おっさんにも見せ場を分けてくれぇー!
……と!!
「い、いったい何が始まるんだ?」
「あのおっさん、どう見てもタダ者じゃねぇ……」
「ついに師匠の本気が見られるんですね……?」
あたかも何らかの儀式をするかのように両腕を天に向けた俺は、周囲で回転している魔法陣引き連れながら詠唱した。
「天穿つ憎悪の魂。悪意の坩堝を飲み込む亡者の軍勢。我が眼前に来たり、蒙昧なる敵を討て。決戦型終焉魔導……、第九地獄界顕現」
俺が自分でもなんかよく分からん呪文を唱え、雰囲気と勢いだけで決めゼリフを言い放った瞬間。
ミニコの操作するホログラムから、ドラゴンの背後に仰々しくも恐ろしい地獄門が現れた。
門の中からは亡者たちが奈落へと誘うように手を伸ばし、抵抗するドラゴンを地獄門へと引き摺り落としていく。
その光景は饒舌に尽くしがたいほどに冒涜的で、自然や神の摂理に反するかの如く異常であった。
というか、ミニコに頼んでおいてあれだけどやり過ぎでしょこれ。
思わずそれっぽいことしてる俺の方が「え? こわ……。ごめんやっぱなし」と言いたくなるくらいの恐怖映像だ。
しかし今更ここでは引けないし、何よりこれはただのホログラムだ。
俺が不可視の念力でドラゴンを固定しホログラムの内部へと引き摺っているからいいが、このままだと決着がつかない。
なので、こっそりとミニコに合図を送り、そろそろ決着をつけることを告げた。
そして決着を示すワードを呟く。
「……第九地獄界、閉門。これにて決着」
ホログラムの門が閉じた瞬間、天罰を示すかのような雷が辺り一帯に降り注ぎ、全てを灰に変えていく。
その爆音と閃光は周囲の者から五感を一時的に奪い去るが、五感を取り戻し気づいた時には、もうそこにはあれほどの威容を放つドラゴンは存在していなかった。
「…………」
「…………」
「これが、師匠の力……。遠い、あまりにも……」
まあもちろん、皆が雷に目がくらんでいる隙に、ドラゴンを能力で消し飛ばしただけなんですよね。
だが地獄門というミニコのホログラムに目隠しをされ、さらに雷によって五感を奪われた状態では誰一人として真相に気づかないだろう。
周囲のレイドバトル参観者をさりげなく確認し、このパフォーマンスが上手くいったことを確信した俺は、そのまま何も言わずにこの場を去る。
そんな異常な力を示したおっさんの態度を目撃した者達は、人類の未来をかけたこの戦いが、ようやく終わったことを理解するのであった。
俺がこのフロアを去るその瞬間まで、口を開くものは誰一人として存在せず。
さすがアニキだぜと言わんばかりにご機嫌なニアを連れ、電子妖精のミニコ引き連れつつ、決め顔のおっさんが帰っていくのであった。
◇
「……どう、思いますか。ブレイバー」
「ええっと、通訳がいないので日本語で失礼します」
「構いません。私のチームに通訳がいますから」
キメ顔のおっさん、長谷川天気が悠々と去ったあと。
そう言ってブリジットは日本語話者の通訳を呼び寄せると、この戦いにおける主人公の一人、鳳勇気に声をかけた。
どうやら先ほどの戦いについて、何か情報が欲しいらしい。
「そうですね。……まず彼は日本最強の異能者、長谷川天気さん。俺の師匠なのですが、まさかここまでの実力を隠し持っているとは思いませんでした」
「あの神をも畏れぬ恐ろしい男が、勇者の師匠? 嘘でしょう?」
ブリジットにとって神とは絶対の救世主だ。
自らを病気から救い、そして人々を守る力を授けてくれた、奇跡の恩神。
そんな神と対を成すような長谷川天気の決戦魔導は、ブリジットに大きな不信感を持たせた。
あの男が見せた力はまるで、自らの信じる神を喰い殺すために開発した最悪の秘術であるように感じたのだ。
そして同時に、そんな神の敵対者と、自らと志を同じくするとブリジットが考えている日本のヒーロー、異能者協会が認める勇者。
善性の極致とも言える鳳勇気の師匠が彼であるということが、とても信じられなかった。
「いえ、本当です。ですが師匠は謎が多くもあります。いつの話かは知りませんが、異能者協会という組織と一度なんらかの理由で衝突し、勝利を収めているそうです。おそらくあの力は、その衝突した原因に何か関わりがあるんじゃないかな、と俺は思っていますね。……いま分かるのはこのくらいかな」
「ふむ……。ありがとうブレイバー。参考になったわ」
そうして彼らの話し合いには一先ずの決着がつき、戦いの終わった巨大フロアの転移魔法陣によって次々と彼らは転送されていく。
なお、今回のレイドバトルのターゲットであった規格外天空巨竜。
もといタイタニック・オーバースカイ・ドラゴンの報酬は一応回収されたらしいが、そのほとんどは用途不明のアイテムばかりであったという。
今後有識者を募って解析を進めるらしいが、テンション爆上げで最強の異能者ムーヴをしたおっさんのインパクトが強すぎて、誰もかれもが上の空であったという。
哀れおっさん。
現場でやり過ぎてしまったために、気合を入れて用意した豪華景品が、あんまり話題にならず安アパートでちょっとしょんぼりしているのは、自業自得なのであろう。




