第46話 世界中に衝撃が走る日
「そ、その話は本当なのか、マーリン殿……」
「間違いない事実です、主練総理。現在日本政府への報告と時を同じくして、世界各国の首脳へと同様の緊急報告をしているところですから」
「う、ううむ……」
場所は異能者協会日本支部が保有する高層ビルの最上階。
大魔導士であるマーリンから急遽重大な報告があるということで、日本政府の面々や冒険者組合の重鎮、そして異能者協会からは現トップであるマーリンと重鎮の数名、加えてエルネシア・オーリーが呼び出されていた。
ちなみにエルネシアがここに呼ばれたのは、異能者協会と日本政府のどちらにも深く関わっているからだ。
日本政府側は、おそらく両者の橋渡しのために在席しているのだろうと踏んでいた。
実際はもちろんそのようなことはなく、このイベントにエルネシアさんだけ仲間外れにするのはもったいないよね、という長谷川天気のいらぬ気遣いによるものだったりする。
その事実を知る者は、この場にいる数体のサブボディ・ミニコだけであるが。
「しかし、全てが順調に進んでいたこのタイミングで、このような非常事態が起きますか。世界を滅ぼすほどの力を持った怪異の出現など、急には対処に困りますな……」
まるで世界側が我々人類を試しているかのようだ、と主練総理は愚痴を零した。
その様子に重鎮である漆川防衛大臣や冒険者組合の面々も頷く。
彼らだって、いつかはこういう事態が起きることは予想していたのだ。
そもそもダンジョンとは、科学文明の発達に怪異が追いやられ、神秘と共に怪異が局所的に集まったことで生まれる異空間。
もしくは悪意の坩堝。
そのような存在がただ攻略されるのを座して待っているわけもなく、徐々に人類が力をつけてきているのを察すれば反撃もするだろう。
以上の理由から、最悪の事態としてこうなるケースもありうると考えていた。
だが、それにしてもタイミングが悪い。
あまりにもダンジョン側の動きが早すぎる。
いくらダンジョンで鍛えられたとはいえ、まだ人類は鍛えてから半年も経っていない発展途上。
なにより、これからようやく異能学園を始動させ、理論的に魔法を理解し伝えていくことのできる最良の教師、エルネシア・オーリーという人材を迎えることができたのだ。
本当にここからというタイミングで、ダンジョンは狙いすましたかのようにやってくれた訳である。
そのことを異能者協会のトップであるマーリンも十分に理解しているのか、どうしようもない現実に対し、悔いるように強く手を握りしめていた。
もっと他に出来ることがなかったのか、異能者協会として今までの判断は正しかったのか、そういった思いがこみ上げてきているようである。
もちろん全て自作自演だ。
これが映画だったなら、マーリン・ミニコの演技は最優秀主演AI賞をもらえることだろう。
そんな名演技の証拠に、日本政府や冒険者組合は「あの異能者協会のトップすらここまで苦悩し、我々に助けを求めているのか」と、この非常事態において戦っているのは自分達だけではないと勇気を貰っていた。
これには主演のマーリン・ミニコもニッコリである。
「だが実際どうする? マーリン殿を責める訳ではないが、主練総理の言う通りタイミングが悪い。仮に日本政府だけで動こうにも、各国は納得すまいよ。では世界中が足並みそろえて纏まれるかというと……」
これに関してはまさにその通りであった。
比較的に世界のダンジョン攻略においてリードしている日本は纏まれるだろうが、それだって日本側だけで対処しようとすれば各国は足を引っ張るだろう。
なにせそれだけの災厄ともなれば、ある意味で討伐時のドロップ品は相当に価値のあるものになるはずだからだ。
そのことはダンジョン攻略を理解している面々であれば、どうしたって頭に過ってくる事実である。
だからといって世界各国が足並みそろえて挑もうにも、まともな会議になるはずもない。
ダンジョン側の素早い動きに対し、話し合いでは時間がかかり過ぎるのだ。
もはや打つ手なし、完全に煮詰まったかと思われたその時。
ここまで一言も発していなかったエルネシア・オーリーが口を開けた。
「ふむう~。いけませんねぇマーリンさん。まだ政府の皆様に仰っていないことがあるでしょう~?」
「ふふふ。いえいえ、ですがこれはまだ不確定な情報ですから。それともエルネシアさんは、もう既に何かを掴んでいるのですか?」
重苦しい空気の中、ふわふわとした雰囲気のエルネシア・オーリーが厚底メガネをくいっくいっと位置調整し、マーリンに鋭い指摘を飛ばす。
どうやら異能者協会側は未確定ながらも他にもなにか掴んでいるようで、この話の打開策となるような情報を持っているようだった。
指摘を受けたマーリンも、初めからこうくると分かっていたような態度を崩していないあたり食わせ物である。
だがこの様子を見た感じだと、どうやら日本政府と異能者協会を繋ぐエルネシアは、どちらかというと日本政府へ肩入れをしたいらしい。
なにより、ちょっとだけ大魔導士マーリンへ対する当たりが強いのがポイントでもあった。
「そんな風に惚けたって無駄ですよぉ? 長谷川さんから緊急時の報告を受けて、彼と一緒に色々と調査しましたから」
突如放たれる爆弾発言。
なんとこのエルネシア嬢は、日本最強の異能者である長谷川天気と既に調査をしてきたらしく、凡その敵戦力を魔法で解析してきたのだとか。
これには政府側も大きく驚き、口々に称賛の声を上げる。
「なんと、あの長谷川天気殿が……!」
「さすが日本最強の天才異能者だ。協会側ですら確定していない情報を、こうもあっさりと……」
先ほどまでの沈痛な面持ちはどこへやら。
一筋の活路が見えた彼らの顔には生気が戻り、エルネシアのもたらす情報を聞き逃すまいとしている。
その様子にマーリン・ミニコは肩をすくめ、視線で「なかなかの演技力です。やりますね、エルネシアさん。しかし主演の座は譲りませんよ」とアイコンタクトを送った。
もちろんその意図はイチミリも伝わっていない。
なぜならエルネシアはこれが本当の世界的危機だと思っているからだ。
「そちらはどのような感じでしょう~? それとも、マーリンさん達はそこまで調べきれなかったのでしょうか~?」
「ふむ……。いえ、さすが我が生涯のライバルといったところですかね。今回は素直に負けを認めておきますよ」
「なら仕方ありませんね。ここからは、わたしがお話ししますぅ。うふふふ……」
「ふふふふ……。よろしくお願いします、エルネシア嬢」
そして語られる、異能者協会ですら掴み切れなかったと言われる衝撃の情報の数々。
一つ目の情報は怪異の出現地点。
これから間もなくして、世界各国のダンジョンの前に最強怪異へと繋がる転移魔法陣が出現するだろうこと。
これにより、世界各国が足を引っ張り合う状況ではなくなった。
転移魔法陣が現れた瞬間から怪異へと乗り込めるため、ダンジョンを近くに持つ国に待ったも止めろも通用しなくなったためである。
故に、転移魔法陣が現れたその瞬間こそが、討伐開始のゴングとなることが予想された。
二つ目に、怪異の具体的な戦力。
今回の出現怪異は単体かつ巨大。
なによりその姿は神話や伝承で語られる西洋龍のような姿をしており、全長は百メートルほどもあること。
正面からまともに渡り合えるのは異能者グループか、摩天楼基準だと五階層を突破した高位ランカーのみ。
それでも力不足は否めないが、瞬殺されることは無いだろうとのこと。
五階層以下の者も居ないよりは全然マシだが、正面切って戦うのではなく、高位ランカーのサポートや隙を見ての遊撃が望ましいとのことである。
「以上が長谷川さんとわたしが調査した結果ですねぇ。まあ、わたしは長谷川さんのサポートとして、敵の位置情報を事前に把握してから、遠見の魔法で様子をちょっと探っただけですけど~」
敵の出現地点を正確に予測していた長谷川さんには、とてもとても及びません~、とエルネシアは語り締めくくった。
また、これらの話を聞き終えた日本政府は、敵の戦力が現状の人類でもギリギリ対応できる範囲内であることに歓喜し、ものすごい手際で各国へと連絡し準備を進めることになる。
各国の政府と繋がっている世界中の異能者、英雄、そして日本の希望である勇者。
その他、今回だけは異能者協会からも戦闘員が複数人貸し出され、各国が共に世界を守るためのミッションを打ち立てていくのであった。
この歴政的討伐作戦の相手となる敵の名は、後にその強大な力から、こう名付けられこととる。
規格外天空巨竜、その名も「タイタニック・オーバースカイ・ドラゴン」と。
こうしてついに、世界中の強者がレイドボス討伐イベントに向けて、続々と集結していくのであった。




