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第41話 スカウトに成功した日


「かくなる上は~。こうなったら全員呪ってから死んでやりましょ~……。うひひひ、ひひっ。わたしを馬鹿にした罰ですよぉ。半エルフだって、やる時はやるんですからね~」


 路頭に迷ってもう終わり、とか言っていたグルグルメガネさんが急に元気を取り戻した。

 なんでも今まで馬鹿にしてきた全員を呪ってから自爆するそうで、煙が晴れた小屋の中の本を「よいしょっ。よいしょっ」とか言って整理しつつ、危ない笑みを零している。


 いやいや、なんだこのグルグルメガネさん。

 覚悟決まり過ぎだろ。

 それに一時は人選に失敗したかもしれないと思ったが、思いのほか優秀でもある。


 性格はともかくとして、自分を馬鹿にしてきた、とかいう判別方法すら不明な不特定多数を呪いのターゲットにできるというのは、最近少し魔法を勉強している俺からすれば驚異的な技術だ。


 やはり日の目を見ていないだけで、実力そのものは高い講師だったのだろう。


 ……とすると、日の目を見ない理由はやはり彼女の台詞の中にあった、半エルフなる種族ワードが原因の可能性が高い。

 たぶん創作とかでよくある、人間とエルフの血が半々に混ざったハーフエルフは迫害される、なんていう構図が生まれているのかも。


 でもってこれは想像の域を出ないが、そのせいで苦労しつつも人間社会で頑張っていた彼女は、学園側からも研究費の削減なんていう嫌がらせを受けつつ。

 最後にイチかバチかの逆転を狙って実験をした結果、失敗。

 もう論文を書き上げ成果を出すだけの予算もない、あとは路頭に迷うだけ。


 よし、だったらもう死のう!

 でもって全員道連れだ!

 ……って感じで現在に至るのだろう。


 ふむ、だいたい状況が読めてきたな。

 なら俺がここでやるべき交渉は、グルグルメガネさんの自尊心を回復させることだ。

 その上で高待遇でスカウトし、札束の力で頬をビンタする。


 これで決まりだな。


「あのー。もしもーし。ここに優秀な魔法師の方がいると聞いて、遠路はるばる異国から旅をしてきましたー。我が国ではあなたの研究への資金援助と、魔法講師として最高待遇でのスカウトを検討しているのですがー。いらっしゃいますかー」

「は、はわ!? はわわわわ~~~~!! ちょっと待ってくださーーーい!?」


 俺がそう声をかけると、資金援助や高待遇といったワードに釣られたグルグルメガネさんが、大慌てで小屋から飛び出してきた。

 その恰好は先ほどよりもさらにボロボロで、どうやら呪いの資料を探すために小屋を整理していたところ、あちこち器具に衝突したりズッコケたりしつつダメージを負ったらしい。


 この人、知識面では優秀なのかもしれないが、もしかして運動音痴なのだろうか。

 まあ魔法講師に運動能力はほとんど活きてこないので、別に構わないけどね。

 これも人間の個性というやつである。


「し、しし、資金援助のお話ですかぁ!?」

「はい。詳しい話はこれからですが、我が国では貴女のような優秀な魔法師を探しておりました。資金援助も、そして高待遇も全て本当ですよ」

「おお~!?」


 そう言って感嘆するグルグルメガネさんではあるが、こんなの、地球じゃ詐偽だと認識されるレベルのテキトーさ加減だろう。

 しかし、それでもここは異世界。


 文明的にはまだ初期段階の発展具合であり、ようやくぽつぽつと高度な魔法が育ってきたかな、という感じの、地球でいうところの中世くらいの文明世界だ。

 つまりインターネットも無ければ、現代で洗練されたような詐偽の手口など広まってすらいない。


 だからこそ彼女は無警戒に俺の言葉を信じ、救世主が現れたかのように歓迎しているのだろう。

 まあこう言ってはいるが、決して詐偽ではない。

 そこはこのグルグルメガネさんにも安心して欲しいところだ。


「あっ! そういえば挨拶が遅れましたね! わたしは王立魔法学園魔法理論科の、エルネシア・オーリーと申します~! 先ほどのお話、もう少し詳しくお聞かせ願えませんか~?」

「いえいえ。こちらこそ挨拶が遅れました。私は日本という異国からやってきた魔法使い、長谷川天気と申します。この度は知識の賢人たるオーリー様の貴重なお時間を割いてくださり、誠に感謝いたします」


 そう言って挨拶がてらニッコリと営業スマイルを浮かべる。

 すると俺の態度にエルネシアさんはさらなる感銘を受けたらしく、唇を噛みしめながら感動に打ち震えていた。


 その後、全員道連れにしてやるうんぬんと叫んでいたエルネシアさんは態度を一変させ、俺の話をすんなりと受け入れ話しに乗ってくる。

 こう、ぐいぐい顔を近づけて、厚底メガネをくいっくいっとしながら、それでそれで、と結構な迫力で迫ってくるんだよね。


 乗り気すぎるだろと思ったが、なんでも彼女曰くこれが素のようで……。


「知識の賢人だなんて、そんな、そんな。え、えへへ、私がですか~?」

「半エルフを見ても馬鹿にしてこなかった人は、あなたが初めてです~」

「見たところ本当に遠い異国の方なんですねぇ~。身にまとっておられる服の製法も、このあたりでは見たことがありません。凄まじく精密な技術力です~」

「えっ!? 本当は異世界から!? あ、確かにこれは瞬間移動……。ほえ~、転移魔法なんて生まれて初めて見ましたぁ~!」


 などなど。

 君もしかして警戒心とか存在しないんか、というレベルで信用されてしまったようである。


 確かに嘘は一つも無いが、こう、なんていうの。

 たとえ本当っぽいなって思ったとしても、普通もうちょっと抵抗があるというか、疑うよね。

 しかしエルネシアさんにはそういったそぶりは一切なく、俺が異世界からやってきたということも、そして資金援助や高待遇の話も、なんなら他の全てもニッコリ笑顔で真正面から受け止めていた。


 器が大きいのか、無警戒なのか。

 その辺少し気になったので聞いてみると、理由は案外簡単なところにあったようだ。


「ふむ~。ですがそもそも。この世界でわたしは、どんなに努力してもこのザマだったんですよぉ~? ただ半エルフだというだけで研究費はケチられるし、生徒にすら馬鹿にされて授業にもなりません。せっかく磨いた魔法の知識も腕も、日の目をみることなく朽ちて死ぬだけだったんですぅ~。……ですからこの際、荒唐無稽と思われる誘いだろうと乗ってみても失うものなんて無いじゃないですか~」


 とのことである。

 聞けば確かに納得する内容だ。


 しかしそれはそれとして、エルネシアさんはイチかバチかの話に乗るのが好きなタイプなのかもしれない。

 俺の話に全てを賭ける行動力と言い、人生の大逆転を狙って研究費を一度の実験に全投資する行動力と言い。


 ふわふわとした言動からは予想できない、なかなかにアグレッシブな方のようだった。

 まあ日本で異能学校の講師をするだけなら彼女を追い詰める要素はない。

 それならこの異次元の行動力で破産もしないだろうし、むしろ現代日本の生徒には良い刺激になるくらいだろう。


 そんな感じでお互い条件に納得した後、現実改変を契約魔法であると偽装しつつも、俺の情報と異世界出身であるという情報だけは機密として漏らさないことを約束し、エルネシアさんはミニコの待つアパートへと転移していったのだった。


 なお、この小屋にはそこそこ大事な研究資料が詰まっているということなので、ミニコの保有している異能者協会日本支部の倉庫を借り、そこに全て引っ越しさせる予定だ。

 ちなみに、ミニコが保有している日本支部の倉庫とは別件で、エルネシアさんの住宅は超高級マンションの最上階を既に確保しているらしい。


 俺がこんな安アパートで暮らしているというのに、この最新型のAIはなんでこんな時だけやる気満々なんだろうか。


「いえ? マスターさえお望みならばこの程度、いくらでも用意しますが? ですがマスターの感覚は庶民ですから、恐らくそういったことは望まれないかと思いまして」

「ぐぬぬ……!」


 くっ、小癪なコミュニケーション特化のAIめ!

 全て正論である。


 なお、エルネシアさんは日本政府に雇われるまでしばらく暇らしく、ちょくちょく我がアパートへと足を運び遊びに来る。


 なんでもニアを一目見て高い潜在能力に着目したらしい。

 ほぼ直弟子クラスの待遇で、ぜひとも魔法の授業をさせてくれと言われたくらいだ。


 ニアとしては第三の舎弟から授業を受けるのは抵抗があったようだが、ミニコと俺が一緒に授業を楽しむ姿勢を見せると、わだかまりも消えたようだった。



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