第35話 後光を演出した日
リオール子爵との面会から数日後。
俺とニアは地球に帰還し、ミニコと今後のイベントに関する作戦会議を開いていた。
といってもニアは今プリズムキュートの放送に夢中で、こっちのことなんて何も聞いていないけど。
ちなみに今回の作戦内容はもう既に大まかに纏まっている。
やることと言えばお馴染みの現実改変で、また別の人間に能力を付与していくだけだ。
能力を与えるべきめぼしい人間は既にピックアップ済みで、あとは変装した俺が直接飛び込むだけ。
悩むところなんて、今回の変装は何にするのがいいだろうか、くらいのものである。
なお、なぜ今回こんなイベントを計画する気になったのかと言えば、それは今後一般公開されていくだろうダンジョン攻略において、旗印となるトップランカーを人為的に創造するためだ。
「やっぱり少しくらい周囲よりリードした強化人間がいないと、攻略による被害が広がり過ぎるか……」
「私の計算では、強化人間を生み出すマスターの助力イベントの有無により、人的被害は凡そ十倍以上の差がつくと予想されます。できれば、早急の対策が望ましいでしょう」
ということらしい。
鳳勇気くんや天上ひかりさんという強力な固有戦力を持つ日本側にくらべ、このまま海外を放置していた場合けっこうな被害があるとのこと。
具体的には民間人が政府の静止を振り切ってダンジョンに先走ったり、もしくは政府側が無暗にダンジョンへの突撃を繰り返しボロボロになったり、といったところだ。
日本は三か月後を目途に一般公開するって発表したから静かなものだが、既に特定の国では暴動なんか起きてるところもあるからね。
なるべくミニコを通じて無暗な攻略に乗り出さないようコントロールをしているが、それでも国家への干渉は最低限にしているため、なんでもかんでも自由自在とはいかない。
そこで今回、ダンジョン攻略に関する人的被害への打開策として。
ミニコが運営する異能者協会の者以外の異能者たちを、ピックアップした人間へ俺が赴き、直接的に現実改変で強化させようとなった訳である。
こちらは三か月のバカンスを楽しむつもりだったんだが、まあ、仕方ない。
これも身から出た錆である。
何度も言うが、俺は世界をちょっとずつ面白くはするが、混乱は望んでいない。
世界が変わる以上は多少の被害は許容範囲だが、俺が助力するかどうかで人的被害が十倍とも聞かされれば、動かない訳にはいかないな。
「んじゃ。ちょっと行ってくる」
「お気をつけてマスター。ニアのことはこの最新型かつ優秀すぎる最高のAI、ミニコにお任せください」
「頼んだ」
相変わらずくせの強いコメントを聞きながら、俺は新たに現実改変した仮面を被り海外へと転移した。
なになに?
ミニコの用意した資料によると、最初のターゲットは勇気くんや天上さんと同じく高校生くらいの少女、ブリジットちゃんか。
国籍はアメリカ、歳は十六歳、金髪碧眼、生まれた時から不治の病に侵され病室から出たことすらない。
趣味はアクション要素の強いゲーム全般で、もし自分が健康になり動けるようになったらきっと……、という理想を主人公に投影しているようだ。
「うん。ミニコを疑っていたわけでは無いけど、この少女にならチャンスをあげてもいいな。というか、あげるべきだろう」
もちろん難病を持つ全ての人類を救うと言えるほど、俺は傲慢ではない。
というか現実改変能力は万能ではあるが、使える人間が俺一人ということもあり、単純に全世界の難病を救うほどの手数は出せない。
だが、こうして機会さえあればこの力で奇跡を起こすことも、また俺に課せられた使命なのである。
それこそここまでミニコにお膳立てされ、事情を知ってなお少女を救わなかったら、格好良くも面白くもないからな。
という訳で、俺は少女が横たわる病院の個室に直接転移した。
今回は認識改変で後光が差す老神に見えるよう調整したが、どうだろうか。
夢に出現した神の爺さんのように、魂の段階で納得するほどの説得力は出せないだろうが、少しは見れるようになっているはずである。
なお、例のごとく俺に監視カメラなどの現代機器は通用しない。
記録映像には、ハムスターがひまわりのタネを奪い合う姿が投影されているだろう。
「こんばんは、未来の主人公。今日は君に素敵なプレゼントを届けにきた」
「……あなたは」
ちょうど自分の病気と向き合っていたのだろう。
今の彼女はアクションゲームもせず、静かに病室の窓を見上げてベッドで横になっている。
その顔にはまだ乾いていない涙の跡があり、彼女が何を思っていたのかは、なんとなくわかってしまう。
「……そう。ようやく私は死ねたのね。人生の最期には天使様がお迎えに来ると思っていたけど、予想が外れてしまったわ」
「いいや、そうではない。君はまだ死んではいないよ、ブリジット。なぜなら君の心には、まだ果たせていない願いがあるからだ」
そう言って光り輝く神秘的なエネルギーを宙に浮かべると、ブリジットちゃんは目を大きく見開いた。
俺はそのままエネルギー球を操作して、彼女の心臓に融合させる。
そうして神秘的なエネルギー球は、まるで神の力が浸透するようにブリジットちゃんの全身に行き渡り、彼女に圧倒的な活力を与えた。
急に難病が治った健康な肉体、湧き上がる活力。
そしてなにより、唐突に脳裏に展開された魔法という奇跡の使い方。
まあ、すべてただの演出なんだけどね。
実際はエネルギー球なんて関係なく、ブリジットちゃんがそちらに気を取られている隙に、俺がちょちょいと全てを現実改変で作り替えただけだ。
しかしそんな俺の事情を知らない彼女にとっては、まさにこれは神の祝福にも思えただろう。
「……これは」
「それが今日からの君だよ、ブリジット。ずっと主人公に憧れていたんだろう? ならば存分に人を導き、悪意の脅威に備えると良い。もう君には、その力があるはずだ」
ちなみに、元気になったなら沢山ダンジョンに挑もうねと、神の立場を利用して誘導することも忘れない。
おっさんせこいと言うなかれ。
俺にもやむにやまれぬ神からの依頼があるからして。
そもそもブリジットちゃんに付与した異能力はダンジョン向きだ。
その名もファンタジー小説では幾度も見かけるチート級能力、空間魔法・偽である。
偽とついているのはまあ、俺の現実改変による出力の関係で、なんでもかんでも空間を弄れるってほどではないからだ。
当然、どこでも転移できる便利能力など期待できない。
あくまでも魔力で障壁を作りだしたり、周囲の空間を魔力で把握したり、魔力で対象を捩じ切ったり浮かべたり圧殺したり、そんな感じの能力である。
ミニコによると、俺の現実改変とSF世界の亜空間航行技術がうまいことかみ合えば、簡略的ではあるが転移装置を開発することも可能らしいんだけどね。
まあ、その辺はおいおいである。
「お、おおおお……! 神よ、感謝いたします……」
「はっはっはっは。なに、喜んでくれたようでなによりだ。それに、いつも天に向かって泣き顔を見せられては敵わないからな。少女が涙を流す時は、いつだって幸せな理由が無くてはならない。少なくとも私はそう思うよ」
そんな台詞を、まるで孫を見守る爺さんのように伝えた俺は徐々に姿を薄れさせる。
気配察知によると、ようやく異常を検知した病院の人たちがこちらに駆けつけているようだ。
まあ、この個室の監視カメラにハムスターが映ってれば、いったい何事かと思われるよね。
この辺は時間制限的にしょうがないところである。
そんな感じで、未だに神に祈りを捧げているブリジットちゃんを横目で見ながら、神の爺さんを模した俺はその場から完全に消えるのであった。
さて、あとはまた数件同じことを繰り返さなくてはならない。
なにせミニコのリストアップした対象には、まだ十数名の候補者が載っているからね。
久しぶりに忙しい、タスクの溜まった仕事の開始だ。




