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第34話 ここでも英雄になっていた日


「うむ。……やはり私程度の器ではダメだな。とてもではないが、君という男を御しきることはできぬ」

「はい……?」


 時刻は夕方。

 勢ぞろいしたリオール家と対面する形で行われた晩餐の場にて。

 突然、いままで俺と軽い談笑をしていた子爵が、何を思ったのか急にこんなことを言いだした。


 そもそも、子爵邸へと連れられた俺たちはこれ以上ないほどの歓迎を受けていたんだよ。

 そこでまずは堅苦しい話を抜きにして、互いの親交を深めようではないかということを子爵に言われ、彼にこれまで世界各地を旅した経験やダンジョン攻略の話、そこで手に入れたアーティファクトの話をしたんだ。


 もちろん世界各地を旅したとか、各地のダンジョン攻略とか、全部真っ赤な嘘である。

 といっても完全な嘘ではなくて、ダンジョン最下層に転移して強制的に攻略したことは事実であるし、ここではない世界に訪れたことがあるのも本当のことだ。


 何より子爵に見せたカバンのアーティファクト、もとい元オモチャのホビーアイテムたちなんかは、現実改変によって本物のアーティファクトになっているのだから、真実味はあるだろう。


 そうして様々な体験談を捏造した証拠品と共に語っていたら、晩餐の場にて子爵からこんなことを言われてしまったという訳である。


 これには当然、俺は目を点にするしかなかった。

 しかし適応力のあるニアなんかは、さっそく仲良くなった子爵家の嫡男くんに対しマウントを取り、「どう? オレのアニキすげーっしょ?」みたいな顔でニコニコしている。


 嫡男くん視点でも、絶対の大黒柱である父親が認めるほどの大人物がニアのアニキなのだと知って、すげーすげーと大喜びだ。

 いや、どうしてこうなった。


「ハセグァワと言ったか。確かにそなたのような大魔導士と、友好的な形で縁を得られたことは大きい。だが、私は当初こう考えていたのだ。君ほどの大戦力を手駒として手中に収めれば、魔王に対する牽制になるのではないか、とな。しかし、それは大きな誤りであった」


 うん、それはニアから聞いていたのである程度は知っている。

 もともと飼い犬になるつもりは無いのでスルーしていたが、ニアの報告と魔王に関する人類勢力の情勢を鑑みて、こういう判断をしているかもなぁくらいの考察はしていたんだよ。


 とはいえ、そこまで計画を練っていながら、その計画を土壇場で破り捨てるような形で考えを暴露するとは思っていなかったけども。

 ……いったいどういう心境の変化なのだろうか。


「ふむ。私の考えが不思議なようだね?」

「ええ。それはまあ。しかし最低限、手に余る戦力であると判断すれば、敵対はせずともとりあえず関係維持に努めようという発想は理解できます」

「ふふふ。まあ、言ってしまえばそんなところだ。だが、それだけではない」


 周囲が注目する晩餐の中、アーバレスト・リオール子爵は語る。


 彼は俺の冒険譚を聞いて感じ取ったのだ。

 昨今、魔王の影響が強まり荒れつつある世界を飄々と渡り歩き。

 そしていくつものダンジョンを片手間に制覇しながらも。

 さらについでのように人助けをする英雄の、その器の大きさを。


 なによりこの英雄の持つアーティファクトはどれもこれも一級品。

 ……どころか、王家に献上すれば爵位すら手に入れることができるだろう、国宝級のものばかり。


 なにより決め手となっているのは、それだけの力を持ち大冒険を繰り広げながらも、旅の最中に救ったであろう少女を連れ歩き、完全に守り通してきたその覚悟。


 もはやどれ一つとっても子爵である彼の手には負えず、万が一ここで欲を出そうものなら、その瞬間このリオール交易都市の命運は尽きるだろう。


 ……と、子爵は俺に対しそう語ったのである。

 もちろん買いかぶりである。

 というより俺のハッタリが利き過ぎていて、もはや「わり! いまのちょい嘘まじってるわ!」なんて言えない雰囲気だ。


 本当にちょっとやり過ぎた。

 どうしよう、この雰囲気。

 もう時既に遅しという感じではあるが、無駄な抵抗くらいはしとこうかな。


 うん、そうしよう。


「か、買いかぶりですよ。ははは……」

「買いかぶりなどではない。私がこうして欲を手放し、縁を得ただけで良しとしているからこそ、君はまだここに留まっているのだろう? 恐らく君がその気になれば、私や国の枷などあってないようなものだ」


 う、うおおお……。

 さすが権力闘争の中で生きる凄腕の貴族だ。

 あまりにも高い洞察力に、俺はただ感心するしかない。


 それに、確かにその通りだ。

 リオール子爵が言っていることは一から十まで、全て正しいだろう。

 俺はその気になれば転移で逃げるし、子爵が欲を出せば実行するのに気持ち的にも枷は無いだろうね。


「これはもう訪れることのない未来ではあるが、もし仮にそうなれば、二度と君はこの地へと踏み入らないだろうね。……そしてそうなった時、いったい本当に損をするのは誰かな? ……うむ、もちろん我が子爵領である。これが全ての答えと言ってもいい」

「なるほど……」


 つまり、俺という英雄の大戦力と縁だけつないでおけば今後も交易都市をうまい具合に利用してくれるだろうし、万が一危機が訪れれば助力くらいしてくれるだろう、と子爵は期待しているわけだ。


 だから欲をかいて自滅するのは馬鹿のすることであり、手駒にしてしまうなど論外、なんなら今までの考えを暴露し信頼を得て、今後も良い関係を継続していきましょうってことなのだろう。


 まあ、俺としてはせっかくニアが嫡男くんと仲良くなったようなので、もともとこの交易都市を見捨てる気はなくなっていたんだけどね。

 俺は別に血も涙もない男ではない、ただのおっさんである。


 片手間に救えるなら救うし、もう家族とも言えるニアが快く過ごせる環境を維持できるなら維持するだろう。


 なので子爵には安心してもらいたいところである。

 ああ、そうだ。

 ならせっかくの機会だ、子爵には少しお土産を渡しておこうじゃないか。


 この中から選ぶとすれば、えーと……。

 この前売りそびれた、病気抵抗の指輪とかが良さげかな?

 これをこう、ちょちょっと現実改変で追加能力を与えて、病気抵抗・毒抵抗・体力魔力自然回復の効果を与えておけば完璧だ。


 子爵は直接前に出て戦うタイプの武人ではないし、気を付けるべきは毒殺とかだろうからね。

 下手な武器や防具よりも重宝するだろう。


 そんな感じで能力を説明しつつ指輪をプレゼントすると、子爵は目を見開いて額に脂汗を浮かべていた。


「き、君……。これが、この指輪のアーティファクトが、いったいどれほどの価値を持つか理解しているのかね?」

「もちろんです」


 まあ、さっきちょろっと紹介した元オモチャが国宝級なんだから、さらに現実改変でパワーアップしたこの指輪ならそれ以上は確実。

 なんとなくヤバいものであるというのは分かってるよ。


 とはいえ、俺だったらこのくらいガチガチに防御しないと安心して眠れないけどね。

 俺にとってはそのくらいの認識である。


「わかった……。英雄からのせっかくの激励だ。ありがたく頂戴しておこう」


 そう言って子爵は指輪を大事そうに受け取ると嫡男くんへと向き直り、「話は聞いていたな。これはお前がいずれ当主を退く時まで、大事に持っておきなさい」といって譲渡していた。


 あら、ここで譲渡してしまうのかと不思議に思ったが、そういえば子爵は身内を何よりも大事にする人だと聞いていたことを思い出す。

 それに仮に俺が同じ立場でも、きっとニアに譲渡していただろうと理解し、納得した。


 なにせ大人である子爵よりも子供である嫡男くんは弱く、そして当主ではないから護衛も警戒も薄い。

 仮に毒殺などされる恐れがあるとすれば、それは世の中の渡り方を知っている百戦錬磨の子爵ではなく、まだまだ未熟な嫡男くんだろう。


 いやはや、本当にこのリオール子爵には脱帽である。

 このおっさん、実は狡猾とかうんぬんじゃなくて、単純に最高効率で守るべきものを守っているだけじゃないのかなと、そんなことを思う晩餐であった。


 ちなみに今日のところは子爵家の厚意に甘えて一泊するが、明日は地球に帰るつもりである。

 もともと今回は、孤児の様子を見るだけのつもりだったからね。


 思いのほか面白い出会いもあったが、なにはともあれ子爵との面会、ミッションコンプリートだ。



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