第33話 馬車の中で揺られた日
馬車でガタゴトと揺られる中、シートに座る俺のひざを枕にしたニアがスピスピと寝息を立てる。
この交易都市はかなり広く移動に時間がかかるため、どうやら子爵邸につくまで暇で眠たくなってしまったらしい。
こいつはいつも俺の腹筋の上をベッドにしているので今更であるが、自らを一番の子分だと喧伝しながらも、こうしてアニキたる俺を利用するとはいい度胸である。
本当に都合がいい時だけ子供になったり舎弟になったりする幼女だ。
まあ、それもニアが心を許して懐いている証拠なんだけどね。
なにせニアはまだ八歳である。
物事の道理などこれから身に着けていくべきもので、本来ならもっと我がままを言っても良いくらいだ。
仕方がないので、ここは自称子分の頭をなでて存分に甘やかしてやるとしよう。
「うぬぅ~。むにゃむにゃ……」
「ふむ。旅の方はずいぶんとその子を大事になさっているのですな。血が繋がっているようには見受けられませんが、もしや養子で?」
「ん~、似たようなものですかね」
向かい側に座ったリオール子爵の執事の問いに答えると、「微笑ましいものを見ましたな。まるで御屋形様と坊ちゃまのふれあいを見ているかのようです」と言って目を細めてくる。
詳しく話を聞いてみると、なんでもリオール子爵は大変子煩悩なところがあり、普段は狡猾なところがある貴族の見本のような男だが、家族にはめっぽう弱いのだとか。
というか、狡猾って……。
仮にも執事として仕えている人が、雇い主をそう評してしまって良いものなのだろうか。
「いえいえ。御屋形様はむしろそう評されることをお喜びになられますよ。もとより、”私が本当に守るべきは家族と家臣だけ、強いて言うなら領民も余力次第では守るだろうか? だがあとはオマケだ。敵も味方もそう変わらん”などと言っておられる方ですからな」
「そりゃまた剛毅なことで」
というか剛毅すぎるだろう。
こんなことを身分制度の強い封建社会で豪語していて、王族やより上位の大貴族から睨まれないのだろうか。
そう聞いてみると執事はニコリと微笑むだけで返答は無し。
理由は自分で考えろということらしい。
当然俺が分かると思っての行動だろうし、ずいぶんと信頼されたものだ。
ふむ、こう言われると謎を解き明かしたくなるが、そもそも俺はこの世界の情報をまるで知らないんだよねえ……。
なにせ合計二週間も滞在していないし、ダンジョンでちょっと荒稼ぎしたくらいだからな。
故に、考察の余地がほとんどないのだ。
分かっていることと言えば、ここが交易都市とも言われる王国の玄関口であり、王国に近い複数の国とそれなりの関係を持っていること。
その交易の中には魔王とやらと戦争中である西の帝国も存在し、戦況はかなり悪いと言う事だけだ。
そこから考えると……。
ふむ、なんも分からん!
だが脳内の情報を整理することで、少なくとも魔王と帝国の戦争とやらは既に交易都市からしても脅威であり、他人事ではないということが理解できた。
そのあたりをふわっと伝えてみるか。
「魔王の影響ですか……」
「ふふ。やはり分かりますか……」
いえ、なんも分かりません。
「ええ、その通りです。他人を信用しない姿勢を見せるのも、全てはやつらの侵略に備えるため。魔族は人類以上に狡猾ですからな。守るべき者と、そうではない者の線引きを明確にしなければ、喰われるのはこのリオール家とその領地です」
ふむ……。
つまり、仮に魔王が帝国を落とし進軍を続け、この領地が敵の侵略により陥落すれば次はお前達の番だと、そんな感じで複数の他国ににらみを利かせているということだろうか?
いや、ちょっと違うか。
執事さんが話す空気感的に、そういう脅しっぽい感じじゃない。
とすると、異世界特有の文化的な違いか?
うん、たぶんそうだな。
なんとなく正解っぽい。
「……故に。このご時世では王族すら、御屋形様の在り様を頼れる腹心として重宝しておらるのです。心無き貴族に領地の未来はありませんが、同時に力無き貴族にも民を引き連れることなどできないのですから」
なるほど、そんな事情が……。
って言いたいところだが、答えを聞いても正直なところ現実感は薄い。
なにせ食うか食われるかの権力争いや魔王による侵略戦争など、地球人である俺はほとんど無縁だ。
政治に介入するならそういったことにも敏感になるのだろうが、あいにくとそういうのが得意なミニコはお留守番である。
経験があるとすればSF世界の帝国軍との戦いだが、まあ、あれは政治の思惑など関係なしに暴れただけだからな。
軍略も戦略もなにもない。
ブラックドラゴンパワー、ハーッ!
ってやっただけである。
とはいえリオール子爵とやらの理念はだいたい分かった。
身内と他人の線引きは明確にする現実主義者だが、一度懐に入った者の扱いには甘い。
そんな感じだろうか。
ゴッドパワーによる無職として社会の責任から解放され、全体的にゆるい感じのおっさんである俺とは、思考回路的にかなり違うタイプで妙な新鮮さがある。
俺は神の爺さんからの依頼をちょこちょこ進めつつ、ニアを撫でながらミニコと一緒に地球の各種イベントを観戦できていたらそれでいいからな。
気楽なもんである。
また同時に。
そんな無責任な俺に対し、執事さんが子爵に関するヒントを与えてくれた理由も分かった。
たぶんだが、このタイミングで俺を敵に回すのは悪手であると思ったのだろう。
そもそもこちらは武力だけならダンジョンを一週間で攻略してしまった、子爵領の軍勢にも匹敵するかそれ以上の力を持つ、暫定バケモノである。
そんなバケモノがさらに、子爵のおひざ元である交易都市で何か月も姿を晦ましていたのだ。
もし何か地雷を踏んで敵対されでもしたら、それこそ魔王に次ぐ第二の脅威として君臨されかねないのである。
だからその状況を避けるために子爵の個性を事前に伝え、子供を甘やかすという共通点を見出し親近感を持たせようとしていたのだろう。
主である子爵に対しそこまで忠誠を誓うとはこの執事さん、本当に苦労人である。
俺は気に食わなければニアを連れて転移からのバイバイをするだけなので、実際はこの執事さんの考えすぎだけどね。
そんなこんなで一時間ちょっと馬車に揺られつつ、安宿から商店街、そして高級住宅街を抜けていった俺たちは、ようやくリオール子爵が待つ屋敷へと到着したのであった。
屋敷の前には何人もの使用人が待ち構えており、深くお辞儀をしながら俺とニアを歓迎していた。
ううむ、ダンジョンを異常な速度で攻略した俺の力を恐れているのは分かるが、歓迎の仕方があまりに過剰だ。
玄関前には子爵本人と思わしき男性と子爵夫人と思わしき女性、さらにニアと同じくらいの少年が待ち構えている。
これだけの歓迎をされてしまうと、力を恐れられている俺のほうがむしろ恐縮してしまうよ。
いやはや、今から子爵の話を聞くのが恐ろしい限りだね。
なんならさくっと魔王くらいなら退治してきてやりたいが、この世界の事情も知らずにそれをやる訳にはいかない。
もし魔王と帝国の戦争に直接利用しようとするなら、残念だけどそこでお開きってことで地球に帰ろうと決心し、寝起きのニアを連れた俺は馬車を降りるのでった。




