第32話 野次馬に囲まれた日
現在、俺の前には軍隊のように姿勢を正し整列する、よく分からないやる気をたぎらせる孤児たちが勢ぞろいしている。
新たに電子妖精ミニコがデビューした二回目のライブ配信から翌日。
先輩孤児たちの様子を見るため異世界に転移したところ、ニアが彼ら彼女らを引き連れてきたと思ったら、既にこうなっていたのだ。
いったい何が起きているんだろうか。
わ、わからん……。
そもそも、なんでこの孤児たちは軍隊式の敬礼をしているんだ?
そんな作法どころから覚えてきたんだよ、情報源が本当に謎過ぎる。
「注目! こちらがオレを助けてくれたアニキだ。みんなも心して敬うように」
「はい!!」
「アニキ最強!」
「アニキ無敵!!」
「ニアはアニキの一番の子分なり!!!」
ニアの集めた孤児たちがぞろぞろと安宿の前に並び、敬礼をしながら俺とニアを持ち上げつつ、謎の連帯感を生む。
もうこれニアの軍団だろ。
いったい何が起きているんだ。
それにほら、これ以上は恥ずかしすぎる。
通行人の方々も、こいつら一体なにごとかと見ているじゃないか。
そろそろ解散しないか?
え、まだ序の口?
ここらが腕の見せ所?
いやいや待て、待つんだニア軍団。
お前たちは致命的に何かを勘違いしている。
「うん。みんなちょっと落ち着こうか?」
「分かったぜアニキ! ……気を付け!」
「はい!!」
「……礼!」
「ありがとうございました!!」
そう言って整列していた孤児たちが一斉に頭を下げ、一糸乱れぬ動きを見せつける。
落ち着くってそういう意味じゃないからな、と言いたいところだが、どうやらこれで謎の儀式は終わりらしい。
その後は俺を最上位者として敬いニアの指揮下に入りつつも、なんとか孤児たちは自然な表情と動きを見せるようになった。
さて、いったい何がどうしてこうなったのか、詳しく聞いてみないとな。
ニアに聞いても「どう? オレがんばった!」とかしか言わないので、比較的成長している青少年一歩手前くらいの子に聞いてみよう。
たしか、挨拶の時はロイドくんと言っていたかな?
本人曰く十三歳らしい。
「で、なんでこんな流れに?」
「えっと。それはアニキさんが俺たちのことを助けてくれたからです」
「ふむ?」
なんでもロイドくんの説明によると、孤児たちに自立できるだけの貨幣を与え救ってくれたのは、いままで妹分として守ってきたニア本人。
元々孤児グループとしては全ては助け合いの関係なのでそれはいいのだが、問題はその妹分を救ってくれたアニキこと俺の扱いだ。
突然羽振りがよくなり大人たちを倒せるほどに強くなったニアが言うには、なんでも俺はこの世界を股にかける大魔導士であり、様々な場所で人助けをしている奇特な人物であると紹介されているらしい。
つまり地球でいうところの足長おじさんというわけだ。
そしてその足長おじさん、もとい貧しい者や社会的弱者を救済する無敵のヒーローこと大魔導士のアニキは、なんでも各地で舎弟を集めているという。
その証拠に現在ニアはアニキなる人物に一番の舎弟として気に入られ、見事な手腕で孤児たちを救済し自立支援してみせた。
その崇高な人物の行いに、いままで大人から見捨てられ寒い夜を耐え忍んできた孤児たちは感動した。
故に、こう思ったのだ。
自分たちも世界を救う大英雄アニキの舎弟の一人になり、ニアのように強くなって困ってる誰かを救える立派な人物になりたいと。
……以上が、ロイドくん十三歳から聞いたアニキなる人物の御伽噺である。
そして俺は思った。
うそだろお前、こんなんもう噂に尾ひれついてるどころじゃないじゃん、と。
孤児たちがやけに規律正しく俺を敬う理由は分かったが、もはや彼らの理想像となるアニキなる人物が俺の原型を留めていない。
というかニアにとって、俺はどういう感じに映っているんだ。
もう本人には怖くて聞けなくなってきたまであるぞ、これ。
「と、ととと、とりあえず君たちの理念は理解した」
「はい!」
「しかしだねロイドくん。人には理想と現実がある。君たちが理想を追うのは自由だが、無理に俺を敬い背伸びする必要はないんだ。せっかく冒険者になったんだろう? こうして自立したならば、仲間達と支え合いもっと自由に生きていけばいい」
「お、おおお……」
そう言うと、なぜかロイドくんを含め孤児たちが感動し、「我、天啓を得たり!」といった様子で波紋が広がる。
というか、聞き耳を立てている野次馬たちも無駄に感心し、なぜか泣いているやつもいるくらいだ。
いやいや、どうしてこうなる。
俺は至極真っ当な一般論を展開し、孤児たちの注目を俺から彼らの今後の生活へと誘導しただけだぞ。
こんなの要約すれば、「俺はちょっと君たちの理想からズレてるし、現実を見て楽しく生きようね。アニキなる謎おっさんのことは、もう忘れよう!」ってくらいテキトーな説得だぞ。
これでダメならどうしろと言うのだろうか。
「へへへ、さすがだぜアニキ!」
「感動した!」
「世知辛い世の中だが、それでも中には立派な男もいるんだなぁ……」
「よっ! 男前! 俺も舎弟にしてくれよ兄ちゃん!」
「アーニーキ!」
「アーニーキ!」
「アーニーキ!」
そして野次馬やニアたちから広がるアニキコール。
くっ、なんだこいつら。
本当は分かってて遊んでるんじゃないのか!?
……と思いたいところだが、彼らはわりと本気である。
本気で感心しているのである。
はぁ~。
……ま、いいか。
ニアの先輩孤児たちが元気にやっていると分かったしな。
この分なら、もし先輩孤児たちがどこかで躓きそうになっても、この交易都市のみんなが少しくらい支えてくれるだろう。
今もアニキコールで盛り上がる彼らなら信用できる。
「うし。とりあえず目的の一つも確認したことだし、今日のところは帰るか!」
「かえろー!」
祭り上げられたのは少し恥ずかしいが、先輩孤児たちを想いやり、ニアが頑張って救った結果だと思うと悪い気はしない。
人間らしくていいじゃないか。
そうして一先ずの目的を終え、地球へと引き返そうとしたその時。
アニキコールで盛り上がる野次馬たちの中から、執事のような恰好をした壮年の男性が声をかけてきた。
「もし、そこな旅の方。少しお時間宜しいでしょうか?」
「……ん?」
なんだろうか。
このいかにもなセバスチャンです、みたいな雰囲気の執事は。
俺にこんな知り合いはいないぞ。
「失礼、ワタクシこういう者でございます」
そうして見せてきたのは、何やら紋章が描かれたゴツゴツとした貴族らしき印と手紙。
えーと、なになに?
アーバレスト・リオール子爵?
リオールというと、あれか。
ここ交易都市を統治する領主のことだろうか。
……ああ、思い出した。
なんかニアにスパイ活動をやらせていた時、初仕事の成果として入手した情報の中に子爵が俺を探しているという話があったな。
なるほど、それで目立ちまくっていた俺をようやく見つけ、こうして接触してきた訳か。
うーん、まあ、いいだろう。
別に招待されて困ることもないし、話くらいは聞きに行こうじゃないか。
もしかしたら何か本当に困ってることがあって、ダンジョンを短期攻略した俺の力を借りたいのかもしれないし。
というより、どうせ三か月は暇だしね。
「分かりました。招待に応じましょう」
「それは助かります。子爵もお喜びになられることでしょう。ささ、こちらへ」
そうして俺とニアは取り囲む野次馬たちから逸れ、用意されていた豪奢な馬車に乗せられるのであった。




