第31話 ニアがまた配信した日
東京の品川区にダンジョンが出現してから数日後。
突入から三日が経つと同時に、摩天楼を攻略していた自衛隊は無事に帰ってきたらしい。
どうやら四階層まで進んだらしく、そのフロアに居るホブゴブリンとホブゴブリンエリートの群れに大打撃を受けつつ、攻略を中断しなんとか生還したのだとか。
全滅の心配はそんなにしていなかったが、個人的にはギリギリを攻めつつも生き残れる、ちょうど良い判断だったと思う。
俺が自衛隊ならきっとビビってしまい先に進めず、四階層に強めの魔物がいるという脅威を持ち帰れずに「ゴブリン余裕でした!」とか言っていたに違いない。
やはり普通のおっさんである俺と自衛隊のエリートでは、能力はともかく判断力という面において勝てる気がしないな。
というか能力は神の爺さんにもらった現実改変があれば、俺に勝てる人間はいないからね。
こんなチートを比較に上げてる時点で俺の負けである。
ちなみに日本政府は摩天楼を三か月を目途に一般公開すると明言しており、それまでに必要な法整備や、冒険者組合なる民間人の攻略サポート組織を新たに結成するとかなんとか。
最近いつも思うが、腰の重い日本政府にしてはやけに動きが的確だ。
これは現総理大臣である主練総理の評価を上方修正しなくちゃいけないなあ、なんてことを上の空で考えている。
いやまあ、俺の評価うんぬんで主練総理がどうこうなる訳ではないんだけどね。
だが少し前までは「忖度するな尊拓総理」なんて言われていた首相だぞ。
異能者やらダンジョンが関わってから、明らかに覚醒している。
ミニコが日本の安定のために政治へ少し手を加えたとか言っていたけど、それにしたって本人が本当にポンコツならこうはならなかっただろう。
あっぱれである。
ともあれ、摩天楼の正式公開までの三か月。
つまり俺は暇になったわけである。
やらなければならない直近の課題はひとまず落ち着き、細かい調整はミニコに任せているため自由時間が出来たという訳だ。
そこで、さて何をやろうかと考えた時ふと思い出した。
あれ、そういえばニアが助けた先輩孤児たち、いまどうしているだろうかと。
少し前にニア本人が様子を見てきたようだが、彼ら彼女らがニアから多少の援助を受け、冒険者ギルドの登録料を払って独り立ちしかけているみたいな話しか聞いていない。
そうだなぁ……。
ニアも先輩孤児たちのことは気にかけていたし、せっかくだからまた異世界に行ってみるのもいいか?
三か月も余裕があるんだし、ちょっとしたバカンスだ。
そう思いニアに声をかけてみると、何やらミニコと一緒にパソコンの前でわちゃわちゃしているのを見かけた。
一体どうしたんだ。
「どうしたニア。何をやっているんだ?」
「……えへへ。今日はミニコと一緒に舎弟妖精に会いに行くんだぜ! オレのオススメ妖精は堕ニートなんだけど、アニキのオススメもミニコに紹介しといてあげようか?」
いや、俺にはオススメ妖精なんていないぞ。
というのはさておき。
久しぶりに舎弟妖精に会うのは楽しみだなぁ~、なんて言っているニアの様子を見る限り、どうやらミニコと一緒にYomeTubeのライブ配信をしたいようだった。
うーん、ニアは今日も元気でよろしい。
とはいえミニコはそんなに乗り気じゃないようで、三十万円で買った俺のパソコンの前で頬を膨らまし、私はいま不機嫌です、なんていう雰囲気を醸しながら腕を組んでいた。
「ああマスター、ちょうどいいところに。どうやらニアは私をこのライブ配信に出演させたいようなのです。こんなポンコツに熱中するなんて、ニアの教育に良い影響があるはずもありません。マスターからなんとか言ってやってください」
「何もそこまで言わんでも」
何もそこまで言わんでも。
おっと、かつてボーナスをつぎ込んで買ったパソコンをこき下ろされたショックのあまり、心の声と台詞が一致してしまった。
とはいえ、いくらミニコが超性能AIだったとして、それとライブ配信が教育に悪いという話はさすがに別だろう。
どうせ三か月も暇なんだし、今日のところはニアの自由にさせてやりたいところである。
異世界の先輩孤児だって、一日二日会うのが遅れたくらいでどうこうなることもあるまい。
彼らは集団で支え合っているので、少なくとも金銭的な問題ですぐさま詰むことはないはずだ。
という訳で、この件は明日に持ち越すことを決め、その旨をミニコに説明した。
「うっ……。やはりマスターはニアの味方ですか。く、悔しい!」
「いや、悔しいと言われてもな。というかホログラムで出したハンカチを噛みしめるマネしてるあたり、実は余裕あるだろ?」
「バレましたか」
お茶目なAIである。
そんな感じでお茶を濁しつつも、しぶしぶニアの要請に参加することを決めたミニコはパソコンを遠隔操作し、ライブ配信を開始した。
なんと今日の配信タイトルは、「謎の超人幼女ニアの頼れる味方!? 電子妖精ミニコ現る!」である。
このAI、先ほどまであれだけ渋っていたのに、やるとなった途端にノリノリである。
◆ぽんぽこタヌキ合戦:はじまった
◆ピリ辛マヨネーズ:初見。ここが噂の超人幼女ライブか……
◆ぽんぽこタヌキ合戦:初見さんどうも~
◆ぽんぽこタヌキ合戦:ニアちゃんねるは基本的にいつも突発的だね
◆†堕ニート†:第二回放送きちゃあ! 今回も全裸待機してました!
今回は前回よりも登録者も増え知名度が上がったためか、しょっぱなから賑やかなコメントでチャットが盛り上がっている。
ちなみに登録者は現在百十三万人。
気が付いたらここまで大手になっていて、最近YomeTube側からゴールドのメダルが贈られた。
いまは部屋に飾っているが、この分だと投稿頻度さえ高くなれば一千万人の大台すらも見えてきそうである。
まあこう言いつつも投稿頻度を増やす予定はないので、それは当分先のことになるけども。
「ああ! また来たな堕ニート! あいかわらずダメダメだなぁ~」
「ほう。この妖精が堕ニートですか? これがミニコの同類とは片腹痛いですね」
◆ぽんぽこタヌキ合戦:ん、なになに? 妖精のアバター?
◆†堕ニート†:うおっ。もしかしてコラボ配信? クオリティたっか!
◆potechino-yama:このニート、ディスられてるのにまるで堪えてないぞ
◆potechino-yama:こいつ無敵かよ
ニアの周りに突如として出現したミニコに対し、コメント欄が一気に盛り上がる。
なにやら、このアバターどこの会社のソフト使ってるんだとか、絵師は誰なんだとか、そういう疑問が生まれているようだ。
普通はそう思うよなぁ……。
「何わけ分からないこと言ってるんだタヌキと堕ニート! ミニコはアニキが舎弟にした後輩妖精なんだぜ? それにミニコはおまえたちより見どころがあるから、アニキの第二の舎弟になったんだ。先輩であるお前らよりも、たぶんえらい!」
◆potechino-yama:たぶんえらいwww
◆ピリ辛マヨネーズ:ニアちゃん本人もよく分かってなくて草
いやいや、実際ミニコは偉いから。
ぶっちゃけミニコが便利すぎて、こいつなくしてはもうイベントの運営はできないとも言えるくらいである。
というかいくら知らないとはいえ、もはや地球上の全ての情報を手中に収めているミニコに対し、軽口を利けるの凄いよ。
知らないって怖いことなんだなあと、しみじみ思ったね。
そうしてしばらくワチャワチャ新人のミニコの話題で盛り上がったあと。
ふとした拍子に、とあるリスナーがダンジョンについての話題を切り出してきた。
◆キノコの森:そういえば近々、民間向けに冒険者組合が立ち上がるらしいね
◆キノコの森:やっぱニアちゃんも組合に登録するの?
「何言ってんだキノコ。オレはもうダンジョンを一つ攻略した、立派な高ランク冒険者だぜ? ほら! これEランクのギルドカード! へへへ、すげーだろ?」
◆キノコの森:……ん?
◆ぽんぽこタヌキ合戦:え?
◆キノコの森:Eランクとは……?
そうってニアが取り出したのは、いつも大事に持っているEランク冒険者を示すギルドカードだった。
ダンジョンを攻略したからといって決して高ランク冒険者ではないが、ニアにとってはアニキである俺と一緒にダンジョンスレイヤーになったことは誇りなのである。
故にEランクは下から数えた方が早い低ランク帯だと知りつつも、誇らしげに異世界のギルドカードを掲げている。
しかしちょっとマズいな。
俺とミニコの計画では、直接的に異世界と繋がっていることは伏せておく予定である。
さすがに幼女がヘンテコな文字の刻まれているカードを見せびらかしたところで、どうこうなるとは思えんが……。
いや、やはり万が一計画に支障が出たらマズいな。
ミニコにちょっとフォローを入れてもらおう。
なおこのしばらく後。
俺の考えを汲み取ったミニコがあの手この手で話を捏造し、このギルドカードはアニキなる人物からもらった特別なプレゼントだという話で決着がついた。
なお、ニアは冒険者ギルドのことがどうこうよりも、アニキである俺から大事にされている証であると理解し納得したらしい。
そのため、ご機嫌な感じで「そうだぜ! そうなんだぜ!」と言って頷いていたので、リスナーたちも、ああそういうこと、って感じで納得していた。
ふう、なんとか誤魔化せたようだ。
もしかすると勘の良いやつはまだ疑問に思っているかもしれないが、まあ大衆の意見が誤魔化せればなんでもいい。
今後もニアの配信は自由にさせてあげるつもりだが、少しミニコに気を付けてもらうよう言い含めておいたほうが良いかもしれないな。




