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第30話 主練総理が決断した日


 この激動の時代とも言える現代日本を支える、新進気鋭の首相。

 主練おもねり尊拓そんたく総理大臣は不自然にも伸び続ける支持率を見て、緊張によって生まれた険しい顔を隠せずにいた。


「おお、主練総理! いやはや、すばらしい支持率ですな。今までの政策の結果が如実に表れているといってもいいでしょう! おかげで総理を支えている私も鼻が高い。はっはっはっは!」


 昨今の支持率を眺め、険しい表情をしていた主練総理に対し、明るい声色で話しかけるのは日本の重鎮、漆川うるしかわ防衛大臣であった。

 しかし何も彼とて根拠なく明るいわけではない。


 そもそも主練総理の今までの政策は、ダンジョンに関しての行動のみ全てが大成功しているのだ。


 まずは世界最速で情報を発信した、ダンジョン発生に関する緊急記者会見に始まり。

 続いて品川区民への避難指示に、立ち退いた彼らへの手厚い支援。

 そして摩天楼内部への突入という、前人未踏の自衛隊による第一次ダンジョン探索も、結果的には成功といっても過言ではないだろう。


 なにせ他国では情報発信の段階で日本に後手を取り。

 政府の避難指示に従わない住民が、突如出現したダンジョンに潰され。

 自衛隊と同じように攻略を開始した特殊部隊たちは数名の脱落者、つまり死者を出しつつ、酷い国になると部隊が全滅したところもある。


 そんな中でこの日本の動きは、まさに快挙と言えた。

 現時点ではダンジョン先進国と言えるだろう。

 だが……。


「本気でそう思っているのかね、漆川防衛大臣」

「……ふむ。と、いいますと?」

「とぼけるのは止めたまえ。君は少し政治を強引な形でひっぱることもあるが、しかし決して愚かではない。私と同様に、もう気づいているはずだ。……これが全て、異能者協会によって誘導された結果であると」


 そう、全ては最初に日本政府へと接触した最強の異能者。

 大魔導士マーリンをトップとした秘密組織、異能者協会の手のひらの上だというのが主練総理の見解なのである。


 何より、彼ら異能者協会が接触するまで主練総理の支持率は歴代でも高いとはいえず、もともと民間のSNSでは「忖度はやめろ尊拓そんたく総理」なんていうネットミームが評判だった。


 だからこそ支持率が急上昇している今。

 内政干渉されていると言えるだけの状況証拠や根拠はいくつもあり、ダンジョンや異能に関することになれば、明らかに日本を中心に回っているのが見て取れるのだ。


 もしこれが異能者協会による国の乗っ取りが目的なのであれば、早急に手を打たなければ最悪の事態を招きかねないだろう。


「まあ、そうですな。ですがそれの何がまずいというのです?」

「なんだと?」

「総理、思い出してください。マーリン殿が言っていた、あの奇跡の少年のことを」

「…………」


 奇跡の少年。

 もとい、異能者協会がバックにつき保護している、青森県出身の私立高校生。

 彼ら曰く高い潜在能力を持つ勇者ブレイバーなる運命を背負った、おおとり勇気ゆうきという元一般人の異能者らしいが、それがどうしたというのだろうか。


 確かに日本の一般人から高レベルの異能者が現れたことは大きなニュースとはいえるし、潜在能力如何によっては彼ら異能者協会が過剰に保護しているのも理解できる。


 だが、それと日本の防衛になんの関係が……。

 と、そこまで考えた時、主練総理はふと気が付いた。


「……なるほど、少し理解した。この国が安定するよう、まるで日本を優先するかのように誘導しているのは、決して内政干渉により我が国を乗っ取るためではない。むしろ他国が日本へ干渉する隙を無くすために、いや、鳳勇気少年の安全を守るための干渉か」

「まあ、大まかに言えば、そういうことですな」


 異能者協会にとって、鳳勇気少年が持つ運命「勇者ブレイバー」がどれだけの価値を持つのかは分からない。

 だが少なくとも、この過剰なまでの保護具合から見て、ただ強いだけの異能者ではないことだけは確実だった。


 そのことに気づいた主練総理は少しだけ安堵し大きく息を吐くが、しかし依然として異能者協会が強い影響力を持っている事実は変わらない。


 建前上、日本政府としてはこれ以上の干渉を許容するわけにもいかないのだ。


「しかし総理。そうは言っても彼らは直接的な手段には出ません。あくまでもさりげなく、基本的には世論を誘導する形で総理の支持を上げているまで。それに大魔導士マーリン殿との取引には利益もありますし、恩もある。面と向かって拒絶する理由には弱いようですが?」


 漆川防衛大臣の意見はもっともである。

 いくら内政干渉の疑いがあっても、向こう側は今のところメリットしかもたらしていない。


 国ではコントロールできない力を持つ組織である、というところだけが問題の、これ以上なく太っ腹な上客が異能者協会という組織であった。


 故に主練総理は天を見上げ、そして大きな決断を下した。


「ならば、新たに作るか」

「む、何をですかな?」

「だから、組織をだよ。彼ら異能者協会に匹敵するだけの、世界規模の異能者組織をだ」


 総理は語る。

 その名も、世界共通の課題である迷宮攻略を目的とした人間達をまとめる巨大組織。

 通称、冒険者組合を作ろうと。


「……なるほど、それは妙案ですな。しかし、現在日本は全ての政策が順調であり、その成功をよく思わない特定の他国から、既に目の敵にされています。上手くいきますかな?」

「上手くいかせるのさ。是が非でもなな。……とはいえ、私も考え無しではない。まずは日本の内部から計画を始動させようではないか。名目はダンジョンの一般公開における、冒険者達のサポート、なんていうのはどうだ?」


 ダンジョンを一般公開することについては、既に緊急記者会見で世間に伝えている。

 公開当時はマスコミや世論によってバッシングを受けるかと思ったが、どうやら異能者協会がそこにもテコ入れをしたらしく、目立った炎上はなかった。


 何より早急に一般公開を始めなければ、未知の新エネルギー開発において他国に大きな後れを取ることになるのだ。

 せっかく日本にダンジョンが出現したというのに、そうして後手後手に回っていては、いずれ新技術で巨大化した他国に飲み込まれる。


 その結果、日本は地図から消えることになるだろうことは確実だった。


 それに、だ。

 そもそも自衛隊が半壊したのは攻撃力や装備が不十分だったからではなく、あくまでも世間でいうところのレベル上げという鍛錬が足りなかったから、というだけである。


 刃物を持った一般人の攻撃力でもダンジョン入口のゴブリン相手くらいなら余裕で通用し、なんならその辺の成人男性の方が身体能力的にも強い。

 そのため一般公開に踏み切っても、多少の混乱はあれど状況的に致し方なしという認識で、世論からはそこまでの反発を受けなかったのである。


 だが、それにしたって武装した民間人の管理は必要だ。

 故に、彼らをサポートするという名目で管理する、冒険者組合が重要となってくるのであった。


「ダンジョンの一般公開は今から三か月後だ。他国に後れを取らず、なおかつ最低限の法案をまとめられるよう準備するとしよう」

「畏まりました総理。この件について大臣達のみならず、協力を仰ぐと予想される民間の企業にも周知いたしましょう」

「頼んだぞ」


 そうして彼らは動き出す。

 ダンジョンが民間に一般公開される時は、近い。



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