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第26話 まともなダンジョン攻略だった日


「すごい数の怪異ですね……」

「これが師匠たち異能者が警戒するダンジョンってやつか。さすがに一筋縄ではいかないな」


 登下校ルートの雑木林に生まれたというダンジョンに足を踏み入れ、およそ半日が過ぎただろうか。

 ダンジョンの入り口を発見するのは思ったよりも簡単で、まるで侵入者を待ち構えるかのように怪しい洞窟が広がっていた。


 内部はそれこそロールプレイングゲームに出てくるような迷路と、より深くダンジョンを潜るために続く次のフロアへの階段。

 そして道中で襲い掛かるスライム型の怪異が待ち受けていたのだ。


 しかしそれにしても怪異の数が多いな。

 ダンジョンの怪異は倒すと蜃気楼のように消えてしまうが、たまに落とす魔石という魔力結晶を拾う余裕すら、俺にはない。


 サポート役として薄暗い周囲を大型のライトで照らし、同時にマッピングと並行して魔石を拾ってくれる天上さんが居なかったら、今頃迷子になっていたこと間違いなしだ。


 天上さんが居なかったらと思うと、本当にゾっとするよ。


 スライムから彼女を救ったあの日以降。

 天上さんには俺の体質の話と、社会の裏で戦い続ける異能者たちの話。

 そして師匠から聞いた人類の本当の歴史を話したのだけど、まさか意を決してこちら側に踏み込んでくるとは思いもよらなかったな。


 それも俺と一緒に怪異の中心地点であるダンジョンにまでついてくるなんて、そんなこと誰が思うだろうか。

 この状況に、もしかして天上さんって俺に気があるんじゃないのか、なんてよこしまな考えが頭を過ぎるけど……。

 まあ、そんな訳ないか。


 いくら異能者としての才能を開花させようとも、しょせん俺は帰宅部のボッチだ。

 勘違いを起こして思い上がらないよう、ここは己を律していかなくては。


 何よりその異能の力をもってしても、このダンジョンでは段々と通用しなくなってきている。


 今はまだ四階層に踏み込んだばかりの段階だけど、もう以前の怪異のように一撃必殺とはいかなくなってきていた。

 それに数もかなり多い。

 前方に見える部屋には百匹近くのスライム型怪異がひしめき合っていて、とても乗り込めるような雰囲気ではないし。

 というかもはや、あれはモンスターハウスだろ。


 幸いあの部屋からははみ出してこないようだけど、それだって絶対じゃないんだ。

 いざとなったら天上さんだけでも逃がせるよう、魔力には余裕を残しておかないといけないな。


「どうする天上さん。あの部屋は無視して進む?」

「できればそれが良いと思いますが……。しかし作ったマップを見る限りですと、潰していった分かれ道的に、あの部屋が階層を降りるための最後のルートです」

「ま、まじかぁ……」


 ……これは、最悪の事態を覚悟しておいた方がいいかもしれない。


 師匠の話ではこのダンジョンは生まれたばかりで、比較的浅い階層と育ちきってはいない怪異ばかりだというが、まだ異能者として一人前にすらなってない俺の実力では既にギリギリ。

 修行の中で少しは強くなったと思っていただけに、厳しい現実に直面して心が折れそうになる。


 話に聞くダンジョン最下層の守護者。

 つまりは怪異の本体にすら辿り着いていないというのに、俺は絶対零度の使い過ぎで満身創痍だ。

 異能者でなく身を守る術を持たない天上さんだって、精神的なストレスは大きいだろうし、これ以上探索が長引くわけにはいかない。


 さて、引き返すべきか、進むべきか。

 そう決断に迷った直後、前方から怪異たちの断末魔の悲鳴と、ものすごい爆発音が聞こえてきた。


 まさか仲間割れか?

 いや、この膨大な魔力の感覚は、……異能者による魔法の行使か!?

 そんな馬鹿な、ここには俺達しかいないはず……!

 いったい何が起きている……!?


「ふぅーむ。テンキのやつが見どころのある弟子を拾ったと私に自慢していたけど。……そうか、君が噂の鳳勇気くんかぁ。やあ、初めまして」


 モンスターハウスに蠢く百匹の怪異が一瞬にして爆殺された直後。

 もうもうと立ち込める土煙の中から人間のシルエットが浮かび上がり、少しナルシスト気味な男性の声が聞こえてくる。


 それに、テンキのやつ、とあの人影は言ったか?

 とすると、もしかして長谷川天気師匠を知っている?


 異能者だからといって必ずしも俺たちの味方ではないとは思うが、台詞からは敵意を感じない。

 いやむしろ、師匠の弟子として歓迎している節があるな……。


 うん、困った。

 結論がでない。

 だけど相手のナルシストな性格から考えるに、だまし討ちをするタイプとは思えない。


 素直に聞いてみたら、案外すんなりと答えてくれるのではなかろうか?

 よし、その作戦でいってみよう。


「……っ!? そこに居るのは誰ですか!」

「待った! 天上さん、あの人は恐らくこちらの味方だよ。もしあれほどの実力者が敵なら、俺達は既に、今ここで生きてはいない。……そうですよね?」


 さきほどの一撃だけで、同じ異能者として実力の差は痛いほど理解した。

 異能力を持たない天上さんには悪いけど、あの人が本気だったらもう二人とも死んでいるだろう。


 だからこそ、その事実を客観的に受け止め、いまこうして生きている事実から味方であると結論付け誰何した。

 たぶん、これで対応は間違っていないはずだ。


「おお。さすが鳳勇気くん。テンキのやつが自慢するだけあって、判断力も素晴らしいね。うむ、その通りだよ。その気になれば、既に二人ともこの世にはいないだろうね。故に、君の予想通り今日の私は君たちの味方だ。……おっと、自己紹介が遅れていたね」


 ────私の名はマーリン、太古の大魔導士を祖に持つ異能者協会の、現トップだ。


 大魔導士マーリン。

 土煙が晴れると共にそう語った男が、俺達の前に姿を現した。


 しかしマーリンか……。

 思っていたより、とんでもない大物が出てきたようだ。


「大魔導士マーリン。およそ十二世紀頃を舞台にした偽史、ブリタニア列王史に登場する予言者。アーサー王に聖剣エクスカリバーを授け導いた、勝利の伝道師。……だったかな」

「うむ。まさに我が祖の伝説通りだね。ただし、裏の歴史的には偽史でもなんでもないが」


 そう語ったマーリンさんは秘めたる魔力を解放し、さきほど怪異を一蹴した攻撃が、ただの小手調べでしかなかったことを示す。

 彼からあふれ出るあまりにも濃密な魔力濃度は、青いホログラムのような視覚情報として具現化し、一般人として魔力を持たない天上さんにすら見える次元に到達している。


 ははは……。

 どうやら紛れもない本物のようだ。

 こりゃ、今の俺じゃ逆立ちしたって敵わない。


 なんだよ目に見えるほどの魔力って。

 あのホログラムのようなオーラなんて、蝶とかウサギとか、草花になって周囲を彩らせてるぞ。

 まるで意味が分からない。


 というかこんな異能者と対等のように扱われる長谷川師匠って、いったい何者だよ。

 確かに強いとは思ってたけど、まさかこれほどまでだったとは……。

 あの時、スライムに襲われた時に助けてくれた人が師匠で良かった。


 この巡り合わせへと導いた俺の幸運にだけは、自信を持ってもいいのかもしれない。


 とはいえ、喜んでばかりもいられないな。

 怪異を寄せ付ける体質を克服するためにも、なるべく俺の力で怪異を討伐していかなければならないんだ。


 さすがに先ほどのモンスターハウスを自力でどうにかできるほど、俺はうぬぼれてはいないけどね。

 ただ、今後はなるべく手を出させるわけにもいかない。


 しかしそのことマーリンさんに伝えると彼は納得した様子で頷き、「ああ、なるほど。勇者ブレイバーの資質か……。どうりでテンキが……」と語っていた。


 勇者ブレイバーの資質?

 それに、師匠も何かを知っている雰囲気だ。

 これは攻略から帰ったら、聞いてみないといけないことが増えたな。


 そんなことを考え階層を下ると、そこには今までの怪異とは毛色の違う部屋が出現していた。

 この階層には目の前にある巨大なフロアしか存在しないようで、中では四匹のスライム型怪異と、そんな取り巻きを引き連れた少し大きめのスライム型怪異だけが待ち構えていた。


 それに後ろの方に見えるのは、宝箱か……?


「まさか、最終フロアなのか……?」

「おそらくその通りです。長谷川さんから聞いていた、ダンジョンの大まかな傾向と一致します」


 そうか、ようやくか。

 つまり最後のボス戦ってわけだな。


 だが一つ上の階層で俺達の道を阻んでいた、あのモンスターハウスほどの威圧感は感じない。

 それにこれがダンジョンで最後の戦いだというなら、魔力の出し惜しみをしなくてもいい。

 なら、今の俺にも十分勝機はあるはずだ。


「よし、いくか……!」

「頑張り給え勇者ブレイバー。……いや、我が生涯のライバルが認めた弟子よ。私が手助けすることはよほどのことが無ければ発生しないが、最低限、こちらの少女を守り通すくらいのことはしよう」

「助かる、マーリンさん!」


 そうして、俺にとって因縁の対決となる、この体質と決着をつけるための最終決戦が始まった。



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