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第24話 エリシーナが英雄を想った日


 長谷川天気がSF世界の領都惑星を旅立ってから数日後。

 秘密裏に彼の動向を追っていた侯爵家令嬢、エリシーナ・サンダリオンは深いため息をついていた。


「それで、彼の足取りは掴めたのか?」

「い、いえ。それがどうやって我々の目を欺いてるのか、惑星内の監視映像にすら痕跡がありません。唯一あるのは、やはりお嬢様と別れた直後の……」

「はあ。もういい。つまりなんの進展もないということだな?」

「面目ありませぬ」

「よい。相手がそれほど手練れの傭兵、……いや、英雄だったというだけだ」


 エリシーナに報告をしているのは、彼女の所属している銀河連邦の部隊とはまた違う、サンダリオン侯爵当主が一から育成を手掛け個人的に所有している暗部と呼ばれる者達だ。

 一見すると娘を大事にする優し気な父を演じている侯爵だが、それは表向きのパフォーマンスも含まれている。


 もちろん娘を心底大事にしているのは間違っていないが、それだけで銀河連邦のサンダリオン州とも言える広大な宙域を支配できるほど、この銀河の権力争いは温くない。

 得てして、大貴族というのはどのような時代においてもそういうものだ。


 そんな侯爵の視点から見てみれば、正体不明の超戦力を携えた不審人物というのは、当然警戒するに値する。

 表向きは身分証を発行し後ろ盾となっていようとも、油断だけはしない。


 技術の一端すら解析できないあのメタル・ブラックドラゴンなる機体を所有する、別銀河の戦力がいつこちらの銀河に向けられるか、分かったものではないからだ。


 そのことを予想し、準備をするのは当然のことと言えた。


 そしてこの侯爵の考えをエリシーナも分かっていて、だからこそ侯爵が一代で作り上げた暗部部隊を借りて、領都惑星の監視に使うことが許されている。

 どんな情報でもよいのだ。

 何かしら別銀河にまつわる情報が手に入れば、それだけで一歩前進する。


「はぁ。父上になんて報告すれば良いのやら」

「しかしお嬢様。英雄ハセガワが所有していた機体は既にこちらの指揮下に入っております。戦場での運用も問題なく、連邦基準のウェポンアーマー数百体分の戦果をあげていると報告を受けていますが?」


 落ち込んだエリシーナを励ますように、暗部の者が慰めの言葉をかける。

 現在、長谷川天気が提供したメタル・ブラックドラゴンは、AIが搭載された最強の無人機として帝国軍と小競り合いをしている前線に送られ無双していた。


 通常のウェポンアーマーは、生身の人間が持つ思考パターンをAIが読み取り、補助しながら戦闘に運用している。

 どれだけ科学技術が進歩しても、この銀河の技術体系ではAIが操作するのと、AIを相棒にした人間が操作するのでは、圧倒的にAI込みの人間の方が強いからだ。


 AIには到達できない領域である、いざという時の感情的かつ冷静な判断や、トラブルによる耐性は人間にしか存在しない。

 さらに人間では運用できない複雑な電子操作だけをAIに任せてしまえば、AIのスペックを全てそちらに集中できるため結果的に処理能力が上がる。


 故にウェポンアーマーには人間が搭乗することで真価を発する、究極の歩兵型兵器なのだ。

 だが、その現実をAIのみが搭乗したメタル・ブラックドラゴンという超兵器により、長谷川は常識を覆したのである。


 ある意味これは連邦側に人的被害を及ぼさない、サンダリオン侯爵家の誇る大成果とも言える出来事だ。

 メタル・ブラックドラゴンの巨体は一撃でウェポンアーマーを粉砕し、圧倒的な飛行速度は光線銃を寄せ付けない。


 よしんば攻撃が当たることがあっても、頑丈なボディはそれらを容易く耐え抜き、なんなら謎技術で自己再生すらする。

 唯一遠距離攻撃手段がないことだけが難点ではあったが、それは現在、連邦の技術者が背中に備え付けた巨大なビームキャノンが敵の戦艦ごと打ち砕くという。


 これだけの戦果があるならば、もはや英雄ハセガワのことを無理に追わずとも良いのではないか。

 暗部はそう考えていたのである。


 しかし、エリシーナの考えは違った。


「馬鹿かキサマは。いかに別銀河の英雄とはいえ、あの兵器の出所をどう陛下に説明するというのだ? 別銀河から訪れた漂流者が、たまたま譲ってくれたので安心ですとでも言うのか? ありえんだろ。ではその武力を生み出した別銀河が敵対的でないと、どうして言える?」

「は、はっ! 申し訳ありません!」


 何より、その別銀河がかの英雄を使い潰した疑いが残っている。

 エリシーナは見たのだ。

 守るべき存在と定めた、いたいけな少女を見守る時の、あの英雄の優しい目を。


 そしてそんな英雄が、別銀河で起こったコロニーの戦争に巻き込まれたにも拘わらず、この銀河を安住の地と定めるほどに擦り切れている事実を。


 あの英雄が今まで、いったいどれだけ過酷な人生を送ってきたのか。

 それを考えるだけで、エリシーナの胸は締め付けられる思いであった。


 だからこそ、たとえ父の意向で長谷川天気の動向を追っていようとも、無理難題を押し付けるつもりはなかった。

 その証拠に、英雄の動向を探るという任務を達成できなかった暗部を罰することは、決して無かった。


 むしろ彼が見つからなければ、それはそれでいいとすら思っていた。

 とはいえ、別銀河の脅威を考えれば何もしないというわけにはいかないのだが。


「……ふう。少し感情的になり言い過ぎたな。許せ」

「めっそうもありません。全ては我々の不徳と致すところです」

「なんにせよ、次に彼を見つけたら最優先で報告し、さりげなく侯爵家の意向を伝えろ。ただし、絶対に無理強いはするな。場合によっては私がお前を罰さなければならん」

「はっ!」


 そうしてエリシーナは暗部に命令を下し、部屋から下がらせた。

 彼女は想う。

 もしもう一度、戦場ではない場所で彼と会う事があれば、その時は友人として接することができるだろうかと。


「……いや。そうはならんだろうな。なにせ、帝国の侵略行動は日に日に激化している。いつまでもサンダリオン侯爵領都であるこの惑星が巻き込まれないなど、そんな悠長な話がある訳がないのだ」


 もはや愛機を手放した彼は、生きるか死ぬかの戦場を駆ける戦士ではない。

 だがそれでも。

 彼の大切なものを守るためになら、どんな手段を用いても再び立ち上がる英雄だろう。

 それにかの英雄が、なんの切り札も残さずにただ姿を晦ましたとは思えない。


 ならば、かの英雄ハセガワと再びまみえる時は、必然的に戦場となる。


「すまない英雄よ。その時が訪れれば私は卑怯な手段を以て、君の力を再び借りることになるだろう……」


 エリシーナは己の不甲斐なさに、手に血がにじむほど強く握りしめる。

 しかしそれでも、英雄を自らの勝手で利用する見苦しさと醜さに、気が晴れることはないのであった。


 ちなみにこのことを長谷川天気が聞いた場合、連邦には世話になってるしなあ、とかいうテキトーな理由で無双する。

 なんなら帝国軍とやらは長谷川とニアにとって、今のところ民間人を攻撃するちょっとデカイ魔物でしかないのであった。



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