第23話 人手不足が解消した日
「警告! 警告! 警告! 銀河連邦のデータベースに存在しない座標! 未登録惑星の可能性が極めて高いです! 警告!」
「落ち着けミニコ」
「で、ですが!?」
急に世界が変わったことで、大事故に巻き込まれたと勘違いしたミニコが警鐘を鳴らす。
妖精を模した女性ホログラムは赤く輝き、ピコーンピコーンとアラートを部屋に響かせている。
まあ、銀河どころか宇宙単位のワープだからな。
いくら未来の高性能AIとはいえ、こんなことを予想しろといっても無理だ。
動揺するのは分かる。
とはいえ、どう説明したものか。
まずは落ち着いてもらいたいのだが、どうやらいくら技術や世代が進んでも、AIが予期せぬハプニングに弱いのは変わらないものらしい。
そんな感じでパニックになったミニコの扱いに悩んでいると、何を思ったのか、ニアがやれやれと肩をすくめドヤ顔で舎弟の心構えを語り出した。
「ふぅ~。おまえは舎弟の心構えを何も分かってない」
「冗談を言っている場合ではありませんよ、ニア! 最優先でマスターの安全を確保しなくては!」
「いいや。最優先するべきなのは、今日から仲間になる先輩妖精たちへの挨拶なんだぜ」
「…………?」
そう言ったニアはしたり顔でパソコンを指さし、ホログラムのミニコに仲間の舎弟妖精が眠る、……と思い込んでいる自宅のパソコンへ向けて挨拶をしろと提案した。
普通なら何を言っているんだと思うところだが、パソコンの原理を理解していないニアはいたって本気だ。
その証拠に、あまりの奇行に沈黙したミニコが少しづつ冷静さを取り戻し、「こんな非常時にあのガラクタが何か?」みたいな顔で、不思議そうな空気を醸し出していた。
そしてついに冷静になったミニコは理解する。
ニアが最新型のAIである自分と同等の存在として、あのパソコンに挨拶しろと告げていた事実を。
ちなみに言い訳させてもらうと、あのパソコンはガラクタではない。
俺が一年前に三十万円ちょいを出して購入した、わりと性能の良い最新型だ。
だが超科学の結晶であるミニコはそう思わなかったらしい。
たぶん想定外のトラブルで慌てた高学歴の人間に対して、「おや、お前の同類がいるぞ」みたいなノリで騒ぎ立てているサルを指さされた気分なんだろうな。
そりゃキレる。
当然怒る。
もはやミニコは闇落ち寸前だ。
「は……? なんですか、このガラクタは? このポンコツが私の同類? ……ふ、ふふふ、ふふふふふ」
「えへへへ」
「……ニア」
「なんだミニコ」
「あとでお説教です!」
え、オレなにかした?
みたいな顔できょとんとするニアに、AIとは思えないレベルで感情の宿った黒い笑顔を見せるミニコ。
そして同時に、この惑星の技術レベルが向こうのSF世界より低く、マスター登録されている俺への危険はないと判断したようだ。
今はもう完全に落ち着いていて、なにやら腕輪から伸びたホログラムの通信ケーブルを接続し、この惑星の情報を収集するためパソコンを遠隔操作している。
というか、あのホログラムのケーブルって実体あるのか?
超科学文明の技術なんて分かるはずもないので、直接聞いてみるか。
「いいえ、マスター。実体はありません。突発的なトラブルによるAI反乱防止用に、電子的な信号を送る経路を作成する際は視覚化することが、初期設定で義務付けられているのです」
「ほほー。なるほどな。じゃあ、今からその辺は任意でいいよ」
「よろしいのですか?」
「ああ、問題ない」
そもそも反乱の心配はしていないからね。
もし内部データが破損して本当にヤバそうなら、俺が現実改変でミニコを修復してやればいいだけである。
故に反乱の心配はない。
だからホログラムによるケーブル接続は、したい時にする感じで命令をしておいた。
というか、やけに遠隔操作の時間が長いな。
ゴッドパワーで仕事のデータも強制的に消えているし、俺のパソコンに入っているデータなんてそんなに容量はないはずだが。
「完了しました」
「え? 何が?」
「きっと先輩舎弟への挨拶が終わったんだぜ、アニキ!」
え、まさか本当に先輩妖精への挨拶を……?
っていやいや、そんな訳あるか。
そう疑問に思って問い質してみると、どうやらミニコはここのネットワークを通じて、世界中のデータを閲覧してきたらしい。
そのデター収集の範囲は合法的なものから非合法のものまで。
凄いところになるとホワイトハウスの軍事機密データもぶっこ抜いてきたとか、なんとか。
この一、二分の間に地球上全ての電子データを回収し終えたので、先ほど「完了しました」と言ったらしい。
「……ええ? 嘘だろお前」
「おかげでこの惑星のことを、ほぼ完全に理解いたしました」
「いや、そういうことではなくてだな……。その、大丈夫なのか?」
ほら、ハッキングの痕跡って残るらしいじゃん?
その辺どうなのよ。
「ご心配なく。銀河連邦サンダリオン領テラスペース社における最新型AI、ミニコの誇りにかけて痕跡は残しておりません。この惑星の技術水準では、ハッキングが露見する可能性はゼロパーセントです」
そうか、ハッキングはバレていないのか。
ならいいのだろうか……?
いやまて、流されるな。
やはりそういう問題じゃない。
これはバレるかバレないかではなく、倫理的な問題である。
とはいえ、もう地球上のデータは全てミニコの手のひらの上だ。
時すでに遅しみたいな感じも否めないな。
うーむ。
しかしミニコとしても、マスターである俺の安全確保のためにやったというのは分かるし、悪用するつもりではないため、善悪の裁定が難しいところだ。
なら、今後は勝手にやるな、くらいがちょうどいいだろうか?
「承知いたしました。以後その通りにいたします」
「ハッキングじゃなければ何をやっても良いわけじゃないからな?」
ミニコと地球文明ではあまりにも技術格差がありすぎる。
ハッキングじゃなかったとしても、世界中を混乱させることなど容易いだろう。
たとえば何らかの理由で向こうの世界の超技術を流すとかすれば、収拾がつかなくなる。
俺は地球を少しずつ面白くして、神の爺さんが仕事中にちょっと笑ってくれるくらいの温度感を目指さなければならないのだ。
混乱を生むのと面白くするのでは、似ているようで全然違うという訳だ。
「当然理解しています。私は優秀ですから」
「なら良いだろう」
さて、思わぬトラブルもあったが、ミニコのオーバーテクノロジーっぷりはだいたい分かった。
遠隔操作の技術も含めて、この力があれば悩みの種である人手不足は解決するだろう。
そのためにも、まずはミニコのボディ生成が急務だ。
三日後には勇気くんとのダンジョンチャレンジの予定があるので、それまでに用意しておこう。
恐らく遠隔操作があれば複数のボディを動かせるだろうし、いくつかデザインと背景設定を決めなればならない。
そのことを今後の活動方針と共にミニコへ説明し、俺が特殊な能力でボディを制作できることを伝えた。
ちなみに、制作できるボディは物理的なものに限らない。
それこそミニコのホログラムを魔力で実体化させ、そのまんま電子妖精として自律行動させることも可能だ。
というか、行動範囲を広げるためにも、そうするのが先か。
……そして翌日。
「増えたなぁ……」
「すげー!? これ全員アニキの舎弟なのか!?」
「いやまあ。うん。似たようなものだな」
電子妖精となったミニコボディを始め、その辺からとってきた土を現実改変して創造したマーリンボディに、その他大勢の遠隔操作用のボディたちが、俺の部屋にぞろぞろと集まり勢ぞろいしていた。
全てミニコの遠隔操作によって動いているだけだが、異能力はボディに直接付与しているので、マーリンボディになりすましたミニコは当然魔法が使える。
最初はこの力に戸惑っていたミニコも、実際に使ってみるとすんなり運用方法は理解したのか、今はもうそういうものと認識して馴染んでいた。
今後、政府とのやり取りはマーリン・ミニコが担当することになるだろう。




