第14話 作り話で盛り上げた日
「持ち物よーし」
「持ち物よーし! プリズムステッキよーし!」
「いや、ステッキはいらないって言っただろ」
「そうだっけ? でも、問題なーし! ニシシッ」
大金をゲットしてから二日後。
今日は鳳勇気くんのご家族と対面する日だ。
ニアはなぜか舎弟に実力を見せるのだとか張り切っていて、どうにかしてプリズムキュートのステッキを持参しようとしていた。
さすがにこんな物騒なものを振るって鳳家の住宅を爆破するわけにはいかないので、持っていくのは良いが絶対に振るうなよと厳命してある。
本当に分かっているのだろうか。
まあ、いつも肌身離さず持ってるお気に入りのステッキだからな。
ニアにとって大事なものなのだろうから、これ以上は野暮かもしれない。
実際、無暗に暴れる事などありえないと知っているので、今回のところは見逃す所存である。
ちなみに今回、俺は覆面を外している。
身バレ防止のことを考えてはいたのだが、面倒だという理由でボツにした。
政府側との面会ならともかく、今後プライベートでも密接に関わっていくかもしれない鳳家のご家族全員に、いちいち姿を偽装し続けることは手間暇がかかるからだ。
まあ、一家族を相手するくらいなら素顔でもいいだろうということで、今日は偽装しない。
その後、メールで伝えられた鳳家の住所を検索し、ネットのマップ写真からイメージを想起させ直接転移した。
そうして、何食わぬ顔でインターホンを押す。
ふむ、見た感じ大きな住宅だな。
鳳勇気くんのご家族は、かなり裕福な一家だったらしい。
駐車場なんか俺の住んでるアパートくらい入るんじゃなかろうか?
うーん、勝ち組感がすごい。
するとしばらくして、出てきたのは壮年の男性と女性、そしてターゲットである勇気くんとニアより少し大きいくらいの少女だ。
たぶんご両親と妹さんだろう。
インターホンを押しても返事がなかったから、まさか居留守のつもりなのだろうかとは思ったが、どうやら一家全員で玄関まで迎えに来てくれる予定だったらしい。
しかしこの金のかかった住宅の様子だと、勇気くんのお父さんは社会人としてかなり立場のある方なのではなかろうか。
とすると面会まで時間がかかったのは、なんとか家族の非常事態のため有給をとる必要があったからなのかもしれない。
元社会人として納得できる理由だ。
休みをとるにしても、最低でも一週間前の事前連絡は基本である。
それと居留守を疑った件についてだが、そもそも俺とニアに居留守は通用しない。
気配察知で誰かがいることは当然のように感知しているからだ。
だからインターホンに誰の反応も無かったとき、あれ、と思ったのである。
まあ相手のご両親も緊張しているというか、警戒しているのだろう。
俺という胡散臭い男相手に、態度の節々から張り詰めた空気がにじみ出ている。
なお、鳳勇気くんは俺が覆面をしていないことに少し驚いて、幼女を連れてきていることにさらに驚いていた。
うむ、いいリアクションだ。
ご両親も、こういう軽い感じでお願いしたいところである。
「お初にお目にかかります。私は鳳大河。そして妻の由美子と息子の勇気、娘の白亜です」
「初めまして。私は長谷川天気と申します。そしてこちらはニア。怪異の専門家です」
「ええ、その件については勇気から話を聞いています。納得しがたいことも多いですが、とりあえず中へどうぞ」
どうやら鳳大河さんはこちらに懐疑的な部分もあるようだが、息子の体験談については嘘はないと信用しているのか、一応俺達のことを受け入れていく姿勢のようだ。
まあ、怪異の専門家っていうのは嘘ではない。
地球の怪異ではなく、異世界の怪異である魔物とは何度も戦っているからな。
なにせ俺とニアはダンジョンを完全攻略した冒険者だ。
ニアも怪異の専門家とは高ランク冒険者のことだぞと伝えているので、演技をするまでもなく自信満々で胸を張っている。
そうこうして、鳳一家にリビングへと案内されて、一息つく。
さて、ここからが本番だ。
神の爺さんの依頼である地球を面白くする目的のためにも、勇気くんには異能者としてダンジョンに挑んでもらわなくてはならないからだ。
俺は表向きには謎の超越者たる雰囲気を演出しつつも、内心ではスーツの襟を正すつもりで気持ちを入れ替えた。
「怪異のことなど、聞きたいことは多くありますが……。まず最初に勇気の親として、長谷川さんに命を助けていただいたこと、誠に感謝いたします」
そういって頭を下げる大河さんの態度は真剣で、思わず息を飲む迫力を持っていた。
強者としてのオーラや実力そのものは俺の方が圧倒的に優位に立てているが、息子を想う親の感情というのは、それに迫る勢いがあるな。
鳳大河という人物は、同じ一人の男として尊敬できる御仁で間違いない。
「ええ、その感謝を受け取ります。しかし、ことはこれで終わりではありません」
「その件も勇気から聞きました。なんでも、勇気は怪異を引き付ける何かを持っているのだとか。小さい頃から息子のことを知っている親としては、そのような話に納得はできかねるところですが……」
大河さんがそう言い淀んだところで、俺は席から立ち上がり腕を突き出した。
ここからが今日の本番であり、つまりはパフォーマンスの時間である。
おそらくご両親も思っていることだろう。
怪異や異能など、本当に存在するのかと。
息子の話を疑っているわけではないだろうけども、なにせこれは常識外のお話だ。
実際に自分の目で見なければ、納得できないことだって多くあるということである。
そして全体の注意が俺に向いたところで、パフォーマンスとして魔法の短縮呪文を口にする。
「アクア」
「……な!?」
すると突然現れる魔法の水球。
直径数十センチの水が空中にふわふわと浮かぶ様は、現代科学では不可能な魔法によるものとしか思えない演出であった。
いや、演出もなにも事実として魔法なんだけどね。
そしてそのまま、次々に魔法の球体を浮かべていく。
「ファイア、サンダー、ダーク、ライト……」
「なんと……!!」
一か月以上かけて地球に供給された魔力粒子により、現代に出現した魔法の力は鳳一家を大いに驚かせたようだ。
ニアはなぜか、ふふーん、と自慢気に胸を張っているだけだが、比較的年齢の近い鳳白亜ちゃんなんかは口をパクパクさせて、目もぱちくりさせていた。
勇気くんは一度スライムに遭遇し、俺の極太ビームを見ているから比較的落ち着いているが、由美子さんは口に手を当てつつもだいたいは白亜ちゃんと同じ感じ。
大河さんは今までの人生観がひっくり返った気分なのか、勢いよく椅子から立ち上がりつつも拳でテーブルを叩き、姿勢が前のめりになっていた。
「へへん! アニキは無敵の大魔導なんだぜ! こんなんで驚いてたら今後ついていけないぜ?」
「だ、大魔導、ですか……」
さて、俺個人のパフォーマンスはこれで終わり。
インパクトで話の主導権を握ったところで、議題を次に進めることにしよう。
「見ての通り、これは魔法です。太古の昔からこの世界に満ちる魔力エネルギーを利用し、超常の力や奇跡を呼び起こす異能の力です」
俺は全体を見渡し、アパートで練り上げてきたカバーストーリーを話し出す。
曰く、太古の時代から怪異と人間は社会の裏で戦い続けてきた歴史があり、その度に異能者は暗躍してきた。
しかし昨今になって科学文明が進んだことにより、自然の中にある神秘は薄れてしまう。
それによって住処を追いやられた怪異は姿や形を変え、様々な現象として局所的に集中し現実世界へと現れるようになったのである。
その一つが、ダンジョン。
多くの怪異や神秘が集中し融合した、悪夢の土地。
ある意味では人間にもメリットを齎すが、基本的には人類種の天敵ともいえる邪悪の坩堝である。
とはいえ、いまのところダンジョンはまだ未活性状態であり、一般人にそこまで危害を加える力を持っているわけではない。
だが元々鳳勇気くんには異能の才能があり、恐らくこの近くで生まれたであろうダンジョンの力に引き寄せられ、異能の才が開花してしまったのだろう、……と俺は説明した。
もちろん百パーセント嘘である。
本当のことを語っている箇所はない。
そう、一つもないのである。
完全に詐偽といっても過言ではない。
だが俺が見せた魔法のインパクトと、自分自身や家族が関わっている事件とあって、鳳一家は俺の言い分を完全に信用していた。
「で、では! この近くに息子の命を狙うダンジョンが生まれたと!?」
「落ち着きなさい、あなた。長谷川さんは何もそこまで言っていないわ。ダンジョンの力に引き寄せられ、異能の才が開花したと言っておられるだけよ」
「し、しかし由美子……!」
思いっきり動揺してしまっている大河さんに対し、由美子さんは表向き冷静である。
いやはや、こういうとき女性は強いね。
「大丈夫だぜタイガァーのおっちゃん! アニキは最強だからな。ダンジョンなんてちょちょいのちょいでやっつけてくれるさ! それに、オレとアニキはダンジョンスレイヤーなんだぜ?」
ここぞとばかりに自慢をするニア。
ちなみにこれは俺の予定通りで、作戦としてダンジョンの話が出たら思いっきり自慢していいぞと事前に伝えてあるのだ。
純粋無垢で裏表の無いニアの言葉には嘘がなく、いい感じのアシストになっていた。
そしてここで、もう一つの爆弾を落とす。
「ちなみに、勇気くんの異能の才ですが」
「本当に、お、俺に才能が……?」
「ああ。君にはとても大きな魔法の才能がある。君の持つ属性は……、氷だ。それもただの氷ではない。全ての敵を凍て付かせ、自らを守る氷結の壁。氷魔法の最上位。絶対零度だ」
そのタイミングで、まるで何かを悟ったように勇気少年は立ち上がり、「アブソリュート・ゼロ……」と唱えた。
するとどうだろう。
次の瞬間、彼の手の前にはどこからともなく、拳大の氷が生まれていたのである。
もちろん、俺がタイミングを合わせて能力を付与した結果である。
いやー、思ったよりも上手くいったわ。




