第10話 初配信した日
転移能力による裏技でダンジョンを完全攻略した翌日。
ダンジョンコアを持ち帰ってきた俺はともかく、ニアは翌日までアパートで爆睡していた。
一般的な冒険者達よりずっと楽をしていたとは思うが、それでもこの一週間の攻略は子供にとってかなりの負担になっていたらしい。
まだ子供だから自分が疲れていることに無頓着だが、昨日の昼にアパートに帰ってきてからは、まるで電池が切れたかのように無言になり布団で眠りについてしまったのだ。
いままでの疲れがまとめて押し寄せてきたのだろう。
俺としては異世界から持ち帰ったコアや魔石など、持ち物を整理する時間が欲しかったので都合が良かったけどもね。
そうして深夜までゴソゴソと荷物の仕分けをしていた俺も徐々に眠くなり、午前二時頃に眠りについた。
そうして翌日の現在。
俺は昨日考えていたことを布団の中で思い出し、頭の中で整理する。
まず最初に悩んでいたのは、とりあえずコアの地球移植はそれなりの時期を選ぶとして、ドロップした魔石はどうしようかなということだ。
異世界において魔石は魔力エネルギーのバッテリーとして扱われているようだが、そもそもこの世界には魔法を扱うための文明がない。
これだけ地球にあってもただの不思議な石ころにしかならないのである。
そこで昨日、ふと思った。
いっそのことどこかの研究所にでも送り付けてみようかな、と。
匿名で複数の研究所に送り付けておけば、誰かが未知の新鉱物とか銘打って騒ぎ立ててくれるだろうし、名案だと思ったのだ。
うん、一日経って思い出してみたが、やはりそれがいいな。
今日のところはダンジョンスレイヤーになったニアが、この功績を皆に言いふらすのだとうるさいだろうし、魔石の件は明日以降の実行になるだろうか。
まあ、まだどこの大学や研究所に匿名で提供するのかも決まってないし、急ぐことはない。
方針さえ決まってればどうとでもなるだろう。
さて、そろそろニアを起こすとするか。
「起きろニア。朝だぞ~」
「むにゅう……。まだねむい」
「ぐおっ……!」
起そうとして声をかけたところ、俺の腹筋の上で猫のように丸くなり毛布に包まっていたニアが、寝ぼけたままでんぐり返しして俺の顔にローリングかかと落としをさく裂させた。
……いったいどんな寝相してたらそうなるんだよ。
そう思ったが、なおも気持ちよさそうに安心した表情で寝ているニアを見ていると、怒る気が失せる。
昨日まで修行も攻略も頑張っていたし、見逃してやろうか。
スラムで神経尖らせながら生き抜いてきた野生児がここまで腑抜けてるんだ。
俺のことを保護者として信頼している証でもあるんだろう。
ちなみに、このかかと落としを一般人がもらった場合、その人の頭蓋骨は確実に陥没する。
能力ガン積みの俺だから猫パンチされたくらいの威力で済んだが、気を付けないとニアに友達ができてもお泊り会は無理だな。
あまりにも危険すぎる……。
というか、なんか寒いなと思ったら、お前が毛布全部使ってるじゃねえか。
それに俺の腹筋はお前のベッドじゃない。
本当にしょうもないやつだ。
その後なんとかニアを起こし、今日は皆に自慢する日だろうと伝えて起きる気を出させた。
プロの配信者が使うような配信設備は特に整ってないが、まあ元勤め先の会社で使っていたリモート用のウェブカメラは家にあるし、今日中に配信は可能だろう。
そうして目を輝かせながら朝風呂と朝食を堪能しているニアを他所に、俺は動画サイトを開き、以前投稿したチャンネルにアクセスする。
すると……。
「ええ? なんだこれ。登録者数五万人って何が起きたんだよ……? 表示のバグか?」
一週間前に動画を一つ投稿したばかりだぞ。
何が起きたらこんな伸び方するんだ。
おかしいだろ。
……いや、だが悪くない流れだ。
よく考えてみれば、五万人も登録者がいれば収益化なども余裕だろう。
会社を辞めてから日本円を稼げてなかったしな。
下手に異能で資金を稼ぐよりも、こうやって正攻法で収益を得たほうが変な面倒ごとには巻き込まれないかもしれない。
これは本格的にニアを配信者としてデビューさせることも検討しておこうか。
その後、カメラや配信ソフトの準備を整えニアへ概要の説明をしたあと、いよいよ初ライブ配信を開始するととなった。
どうやらライブ配信のことはタイプの違うテレビみたいな魔道具と認識したようで、とくに違和感なく受け入れられた。
というわけで、配信開始だ。
初回ライブはちょっとした自己紹介くらいでいいだろう。
本人も自慢が目的みたいだったしな。
ちなみに俺は映らない。
若返ったとはいえ、元おっさんが配信画面に映ってもしょうもないだろうからな。
そもそも何を自己紹介しろっていうんだ。
ゴッドパワーによる強制とはいえ、俺は無職だぞ。
そんなこんなで、配信は始まった。
スマホの別アカウントで先週開設したチャンネルに移動すると、パソコンの前にちょこんと座ったニアが写り込んでいる。
どうやら本人は既に配信中であることに気づいていないらしく、首をコテンを傾げながら不思議そうにディスプレイを眺めていた。
ちなみに、開設したチャンネルの名前はそのまんま「ニアちゃんねる」だ。
何の捻りもない。
そうして少しすると、コメント欄にぽつぽつとリスナーが現れ始めた。
お、ニアも気づいたな。
◆ぽんぽこタヌキ合戦:はじまった
◆†堕ニート†:うおおおお!?幼女!幼女!幼女!
◆†堕ニート†:全裸待機してました
◆ぽんぽこタヌキ合戦:なんか変態が湧いてるな……
「なんだお前ら? もしかしてアニキの舎弟か? でも服はちゃんと着た方がいいぜ。行儀が悪いとアニキに怒られるからな」
微妙にかみ合っているようでかみ合ってない会話の応酬に、画面外から観察していた俺は吹き出しそうになる。
あぶないあぶない、俺の存在が公けになるところであった。
なお、ニアはディスプレイに映っているリスナー達のことを画面の中の妖精かなんかだと思っているらしく、きっと俺の舎弟か子分だろうと勘違いしているようだ。
まあこの家にあるものは全部、俺の所有魔道具であると思っているニアにとって、ディスプレイから妖精が出現すればそれは俺の支配下にある存在と思っても仕方がないのかもしれない。
◆ぽんぽこタヌキ合戦:これはアニキが正しい
◆老犬トニー:初見。話題の超人幼女と聞いて
んん?
話題の超人幼女とな?
なにか気になる台詞を残していったリスナーがいたが、徐々に増えていくコメントの波によって流されてしまった。
登録者が五万人もいるので、チャット欄の動きはそれなりに早い。
ニアも洪水のようなコメントに四苦八苦しているようで、ディスプレイの中にこんなに多くの妖精がいたことに驚いているようだ。
いまもアニキの舎弟の中では自分が一番なんだぞと対抗心を燃やし、負けじと言い返している。
「オレはアニキとダンジョンスレイヤーになったんだぜ!」とか。
「堕ニート、まだ自分の服も着れないお前には負けない」とか。
「オレのダンス見たのか!? えへへ、すげえだろ? あれ!」とか。
「オレはニア! 国籍ってなんだ? ちょっと前までは、リオール交易都市のスラムにいたぜ!」とか。
うん、まあ自己紹介にはなっているから、これでいいか。
リスナーも真面目に受け止めているわけでは無いようで、新人配信者としてのデビュー設定を聞いているような雰囲気だ。
ダンジョンスレイヤーになったことについても、ニアの兄と一緒に攻略したゲームの話かなんかだと思っているらしい。
盛り上がり方は上々で、この分なら定期的に配信をやらせてやってもいいだろうと思える。
ニアの健全な成長にも俺以外とのコミュニケーションが必要だろうし、ちょうどいいな。
と、思ってたら、急に教育に悪そうなコメントが流れた。
◆†堕ニート†:アニキ! ニアちゃんを俺にください!
「やだ!」
◆老犬トニー:やだwww
◆ぽんぽこタヌキ合戦:wwwww
◆potechino-yama:ニート、幼女にフラれてて草
「堕ニートは服を着てから出直したほうがいいぜ。お前のことはアニキには黙っておいてやるから」
いや、そのアニキは今ここに居るんですけど……。
ともあれ、どうやら堕ニートとやらはニアに格下判定されたようで、一人では服も着れない妖精のレッテルを貼られたらしい。
たぶん全裸待機してたとかいう最初の方のコメントを真に受けているのだろう。
まるでダメダメな不出来な子分認定された堕ニート、哀れである。
そうして今日のところはニアが好き放題にリスナー達と会話し、結果的に良い自己紹介となって盛り上がり幕を閉じるのであった。
うん、初回配信は大成功だな。
さて、それではニアのガス抜きも終わったことだし、地球に異能をばらまく第一段階に入るとしようか。
まずは魔石の提供と、地球人への能力付与についてだ。
地球人への能力付与については、既にある程度カバーストーリーを作ってある。
今回はダンジョンを悪に見立て、それを解決するために暗躍する異能者設定でいくことにしよう。
明日また十話投稿します




