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第六話

 しかし、皐月はすぐに足を止めた。

 目の前を通る男性に店を出てすぐ話しかけたからだ。


「ねえお兄さん、五月って名前と、私の顔に見覚えはない?」

「ないよ、残念ながら僕は妻子持ちだ」

 男性はそう言って、すたすたと歩き去っていった。

 ——最初は何を言われたか分からなかったが、次第に意味を理解し、顔がみるみる熱くなる。

(私って…そういうふうに見られてたの⁉︎)

 自分がそんな大胆な真似をするわけがない、と思わず頭をぶんぶん振っていると、いつの間にか香具土が後ろに立っていた。


「お嬢様、どうされました?」

「い、いえ、何でもないわ……。ねえ、聞き込みする時って最初に何と言って声をかけるべき?」

「やっぱり、“すみません、今お時間ありますか?”って、下手に出る方がいいんじゃないですかね?」

「なるほど……」


 先ほどの失敗を胸に刻みながら、皐月は香具土とともに、今度は一人一人丁寧に挨拶をして質問して回った。

 どれだけ時間が経っただろう——疲れが溜まり、成果もほとんど得られなかった。

「今日はもう、戻りますか?」

香具土が気だるげに問いかける。

「そうね……今日はここまでにしましょうか……」

 その時。

「お嬢ちゃんたちー!良かったらうちの野菜、買っていかないかー?今なら特別安くしとくよ!」

 豪快な声が響くと、香具土が目を輝かせながら駆け寄っていった。

 さっきまでの疲れた様子が嘘のようだ。

 声の主は、笑顔が優しい八百屋の店主。

 棚には新鮮で美味しそうな野菜が、色とりどりに並んでいる。

「今日はもう店じまいしようと思ってたところでね。ちょっと売れ残りがあってさ。良かったら持っていってくれない?」

「はい!ぜひ!」

 香具土がかかとを上げて嬉しそうに返事し、楽しげに野菜を手に取りながら、買い物を始めた。


「おじさま、五月という名前と、私の顔に見覚えはありませんか?」

 店主は苦笑いしながら答えた。

「残念ながらわからないなあ。さっきからずっと、その質問をいろんな人にしてるけど……どうしたんだい?」

 そこで私は、記憶を失ってしまったこと、その手がかりを探していることを正直に話した。


「そりゃ大変だったなぁ。うーん、そっちの子は何度か見た気がするけど、あんたは初めてだな。今どこで過ごしてるんだ?」

「今は歌子さんの所でお世話になってます。すごく良くしてくださっていて……」

 そう言った瞬間、店主の顔が見開かれた。

「あの歌子様が⁉︎」

 思わず大きな声をあげ、慌てて口をおさえる。

「悪い悪い、驚かせたな。いや、歌子様が困ってる人を放っておくような人だとは思ってない。でも……どんな相手にも一線を引いていて、誰かを自分の屋敷に招くなんて聞いたことがなかったから。厳しい人って噂もあるし、いやでも俺たちみたいな者にも優しくて、本当に良いお方なんだ……」

 店主は、きまり悪そうに目を泳がせながら言った。

「俺たちみたいな……?」

 その言葉が少し気になり、私は尋ねる。

「ああ、いや、この国は“半端者”が多いんだよ。人間の社会にも、妖怪の社会にもなじめなかった奴が集まっててさ。俺の親父は実は犯罪者でね、他の国じゃ肩身が狭いんだけど、ここじゃ色々受け入れてもらえて。歌子様は、そういう困ってるやつを拾ってくれる。だから、この国の連中はお互い助け合って、案外楽しくやってるんだ。」

 店主は空を仰ぎ、しみじみと言う。その表情は本当に歌子への尊敬がにじんでいた。

 だけど、私の胸にふと疑問が浮かぶ。

「おじさまは“みんな仲が良い”って仰いましたけど、歌子さんはこの国の治安が悪いってお話しだったんです」

 すると、店主は目を丸くして答える。

「えっ?そんなことはないなぁ。昔はちょっと荒れてたって噂もあったけど、少なくとも俺が来てからはずっと平和だよ。むしろ、ここの暮らしはいい方なんじゃないかな?」


 そう話していると、楽しそうに買い物をしていた香具土が急に真剣な顔になった。

「お嬢様、何か聞こえませんか?」

 促されて耳を澄ますと、確かにかすかに人々の悲鳴が聞こえた。

「私、行ってきます!」

 香具土は荷物を放り出し、凄まじい速さで駆け出した。

「待って!」

 皐月も慌ててそのあとを追いかける。

 八百屋の店主は二人の様子にぽかんとし、気付けば二人とも姿を消していた。

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