第三話
私は彼女に案内されて、屋敷の中を巡った。
玄関、厨房、浴場、そして使用人たちの部屋――どこも思った以上に広く、隅々まで手入れが行き届いていた。
その道すがら、すれ違う使用人たちのひそひそとした声が耳に入る。
「あれが噂のお客様か」
「今まで歌子様が誰かを自分の屋敷に招いたことなんてなかったのに」
「それに、ずっと開かずの間だった部屋に寝泊まりしてるって噂だぞ」
「絶対なんかあるよな……」
そんな会話がふと耳に入ると、私と目が合った使用人たちはビクリとし、そそくさと仕事に戻っていく。
(……やはり私は、怪しくて不気味な客だと思われてるんだろう。)
胸の奥に、うっすらと疎外感が残った。
一通り案内が終わり、夕食とお風呂を済ませる頃には、もう夜が更けていた。
自分の部屋へ戻ると、寝台のそばに一輪の美しい花が静かに飾られている。丁寧に手入れされたその花を眺めていると、今日一日の疲れがすこし柔らいだ気がした。
――歌子さんは、やっぱりまだ完全には信用できない。
どこか不可解で、あまりに優しすぎる。
でも頼るあてもなく、彼女の厚意に甘えてしまう自分が少し情けない。
「明日になれば、全てが解決していればいいのに」
そんな願いを口にして、私は寝台へと身を沈めた。
……夜、夢を見た。
最初は、酷く冷たく、寂しい気持ちに沈んでいた。
でも、やがて目の前にひとりの少女が現れる。
艶やかな黒髪を揺らす、美しい少女――
彼女は私に静かに告げた。
「今日から、あなたの名前は歌子よ」
その瞬間、心が氷のように溶けてゆくのを、確かに感じた――暖かい。
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