表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

第二話

 食事も終わりかけた頃、またあの少女がそっと戻ってきた。

「歌子様のご挨拶の準備が整いました。お食事が済みましたら、ご案内いたします」

 私は正直、歌子という人に会うのが少し怖かった。話を聞く限り、私は彼女と面識がないし、記憶のない今となっては、この厚意をどう受け止めれば良いのかも判然としない。でも、ここまで世話になって無礼に振る舞うのも失礼だ。


 箸を置いて、少女と一緒に部屋を出る。


 本当に広い屋敷だ。複雑に入り組んだ廊下を、何度も角を曲がりながら歩く。その道すがら、何人もの使用人とすれ違う。その中には、人間には見えない異形――豚頭、狸、その他どうみても「人」とは呼べない者もいた。

 不思議なのは、それを「おかしい」と思わなかった自分だっだ。なぜか、そういうものだと受け入れている。その奇妙さに妙な居心地の悪さを感じつつも、ついに屋敷の主が待つ部屋の前までたどり着いた。


「お入りください。」


 優しくも凛とした声が部屋の中から響き、扉が静かに開かれた。

 中にいたのは、ほんのり赤みを帯びた、くるんとした髪の女性――座るその姿に、思わず「美しい」という言葉が頭に浮かぶ。

 「失礼します」とそっと一礼し、彼女と向かい合って膝を折る。

 ……だが、彼女は何も言わず、じっとこちらを見つめていた。まるで、息をするのも忘れたかのように。

 妙な沈黙が流れ、思わず居心地の悪さにもじもじする。

 耐えきれず、勇気を出して口を開いた。

「このたびは、私をお助けくださり、本当にありがとうございました」

 すると彼女は、きょとんとした表情で一瞬固まった後、

「……い、いえ。どうかお気になさらないでください。

目の前で倒れている方がいれば、手を差し伸べるのは当たり前のことででしょう?」

 少し戸惑ったように答えるその声はやわらかく、どこかふんわりとしていた。

 優しそうな人でよかった――そう思いながら、

「拾っていただいただけでなく、温かい食事や部屋、それにこんなに美しい着物まで……本当に、感謝してもしきれません」

 丁寧に頭を下げると、彼女は明らかに慌てた様子で

「い、いえ! 本当に、本当に大丈夫ですから!あのお顔を、どうかお上げください……!」

 まるで何かとんでもないことをしてしまった人のように、うろたえた表情だった。

 まさかここまで驚かれるとは思わず、私が顔を上げると、彼女はほっと肩の力を抜いて安心したように微笑んだ。

「そう言っていただけて何よりです。……実はその着物、私が作ったものなんですよ」

 まさか彼女の手作りだったとは夢にも思わなかった。


 繊細な刺繍、上質な生地、心がこもった美しさ――職人技そのもので、並の人が作れるはずもない。想いが伝わる一着だった。


 そんな特別なものを自分が着ていることに気付き、私は急に居心地が悪くなった。

(私はこんな大切なものを勝手に身につけていていいのかしら。もしかしてすごい金額を後で請求されるのでは……)と、不安が胸をよぎる。

「これを、私みたいなお尋ね者が着ていていいのでしょうか。こんな美しい着物、普通はもっと大切な人に贈るものなのでは……」

 思わずそう口にすると、彼女はやさしく笑う。

「いいんですよ。それに――」

 何か言いかけて、ふと口を閉ざす。切なげな顔だけが印象に残った。


「――自己紹介が遅れました。私はこの国、備後国びんごのくにの主。餓者髑髏がしゃどくろの歌子と申します」

 そう言って彼女は静かに一礼する。


 なるほど、彼女が餓者髑髏……。この国の主が妖怪なら、屋敷に異形の者たちがいて当然だ。


 餓者髑髏とは、強く未練を残して死んだ魂が変じる、巨大な骸骨の妖怪のこと――


 きっと彼女は変幻して今この姿なのだろう。変幻できるのは、よほどの力を持った存在に違いない。

 さっきまで不思議だったすべてが、するりと腑に落ちる。

(それにしても…私は妖怪のことを、ずいぶん詳しく知っているのね……)


 そうして皐月も自己紹介をしようとしたが、どうにも自分のことがわからない。


「私は、多分……皐月です。」

「多分、というのは?」


 私は、今の状況をできるだけ丁寧に説明した。記憶がまったくないこと、身体に“皐月”という文身があったこと、なぜか妖怪の知識にやたら詳しいこと……。


 歌子は真剣にうなずき、「それは……本当にお辛かったですね」と静かに言った。

「これから何か予定はありますか?もし決めていないなら、しばらくここでお過ごしになってください。今の状態では他に頼れる場所も難しいでしょうし、ここは町の中心なので記憶探しにも便利ですよ。」

 その申し出は正直、とてもありがたかった。でもここまでお世話になってばかりでいいのかと、内心もやもやしていると、歌子が察したように言葉を繋げた。

「お礼は気になさらなくていいですよ。こちらが勝手にやっていることですから。」

 彼女はにこやかに笑っている。その優しさにあやかることにして、私は素直に頭を下げる。

「本当に助かります。ご恩は必ず返します。しばらく、よろしくお願いいたします。」

 そう言うと、歌子は相変わらず穏やかな笑みを浮かべたが、どこか先ほどよりも嬉しそうに見えた。

「それでは、今日は屋敷の中でゆっくりお過ごしください。まだ病み上がりですから、町へ出るのはまた明日にしましょう。後ほど使用人が屋敷をご案内します。」

 歌子がそう言って立ち上がり、使用人を呼ぶ。


 これからどうなるのか分からない――けれど、とりあえず寝る場所があることに安堵しながら、先ほどの少女が再び部屋に入ってくるのを見つめていた。

面白ければ、ブックマーク、評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ