#8 班長室の亡霊
本部の玄関は、いつもよりどこかざわついていた。
陽や葵生たちは「パーティの準備だ!」と声をそろえ、煌真を置いてぞろぞろと出ていった。
残された煌真は、ひとり廊下に立ち尽くし、手にした鍵を見下ろした。
「……これが、俺の部屋か」
班長室――それは隼風がかつて使っていた部屋であり、今日から煌真の居場所になる場所。
彼の胸は高鳴っていた。
重たい扉を開けると、ひんやりとした空気が流れ込む。
カーテンは閉じられ、部屋の中は暗がりに沈んでいた。
机や本棚にはうっすらと埃が積もり、時間の流れを物語っている。
「うわ、意外と……古びてんだな」
苦笑しながら、電気のスイッチを探そうと足を動かす。
――ゴツッ。
「ん?」
足先に硬いものが触れた。
煌真は身をかがめ、暗がりに目を凝らす。
次の瞬間――
「ひっ……!?」
そこには、人影が横たわっていた。
長い髪、白い肌、微かに上下する胸……まるで死体か、いや、幽霊にしか見えない。
「お、おばけぇぇぇぇぇ!!」
煌真は、悲鳴をあげて全力で部屋を飛び出した。
⸻
息を切らしながら廊下を駆け抜けたその先。
角を曲がった瞬間――
「……何をしている」
無表情の声が落ちる。
そこに立っていたのは、さきほど部屋で見た人影の“本人”だった。
長い黒髪が静かに揺れる。
宮河綾夏。
白い顔立ちに人ならざる気配を漂わせながら、煌真を射抜くように見据えていた。
「……誰だ。まさか空き巣か?」
その声と同時に、周囲の空気が凍りつく。
一瞬で広がる、底知れぬ殺気。
肌が粟立ち、胸が締めつけられる。
「……っ……」
煌真は雷を纏おうとしたが、足が震えて立ち上がることすらできなかった。
全身を押さえつけられるような圧に耐えきれず、膝をついてしまう。
(な、なんだよ……こいつ……! さっきまで部屋で寝てただけなのに、気配が……桁違いだ……!)
視界の端で、雷がかすかに弾ける。
だがそれすら無意味に思えるほど、目の前の存在は異質だった。
宮河の視線は氷のように冷たかった。
細められた瞳が、膝をついた煌真の全身を見透かすように這う。
「……お前、ここに何をしに来た」
静かな声だった。
だが、その一語一語は胸を抉るように重い。
煌真は喉を鳴らす。だが声が出ない。
呼吸が、まるで外側から押しつぶされるように浅くなる。
宮河の口元が、かすかに弧を描いた。
それは笑みというより、捕食者が餌を前にしたときの表情。
「答えによっては――喰う」
その言葉と同時に、空気が変わった。
周囲の温度が下がり、心臓を鷲掴みにされたような感覚が走る。
血の気が引き、頭が真っ白になる。
「ひっ……あ……」
煌真の唇は震えるだけで、言葉にならなかった。
胸が締めつけられる。息ができない。
視界が暗く染まり、遠くで雷の火花がぱちぱちと散った。
(……こ、こいつ……ただの人間じゃ……ない……!)
頭では分かっていても、抵抗は叶わなかった。
自分の雷すら掴めない。
全身が恐怖に支配され、今にも意識が途切れそうになる――そのとき。
「――煌真ッ!」
切り裂くような声が響いた。
聞き慣れた声。陽の声。
視界の端に、炎のような赤が揺れる。
彼女が駆け寄ってきたのだと分かった瞬間、張り詰めていた何かがぷつりと切れる。
「...せん……ぱい……」
掠れた声を残し、煌真の身体は力を失って前に崩れ落ちた。
陽が抱きとめ、必死に呼びかける。
だが、煌真の意識はもう薄闇の奥へと沈んでいった――。




