#3 雷鳴の少年
陽は隼風の残したメモを手に、街の外れへと歩いていた。
地図に記された住所へ向かう途中、時間を短縮しようと裏路地に足を踏み入れる。
その瞬間、背後と両脇から影が動いた。
「おいおい、嬢ちゃん。こんなとこに一人とは、物好きだな?」
粗野な笑い声。三人の男が道を塞いでいた。
陽は額に手をやり、大きくため息をつく。
「……めんどくさいわね」
次の瞬間、彼女の周囲の空気が熱を帯び、手のひらに赤い光が揺らめいた。
一瞬で男たちを焼き払う準備は整った――その時。
「おーい、そこのお兄さんたち!」
遠くから声が飛んできた。
全員が一斉に振り向く。
路地の入口に立っていたのは、陽より少し年下に見える青年だった。
軽薄な笑みを浮かべ、片手をひらひらと振っている。
「女の人を三人がかりで囲むとか、ダッサいなぁ。やるなら男らしく一対一にしろよ」
男たちの顔色が変わった。
「テメェ……!」
と一人が突進する。
だが次の瞬間、青年の手から放たれた閃光が路地を照らした。
轟音と共に稲妻が走り、三人の男は一瞬で地に伏した。
「……雷の能力者」
陽が思わず呟く。
青年は余裕の笑みを浮かべ、ひらひらと手を払う。
「いやー、俺って強いからさ。これくらい朝飯前」
陽は火を消し、わずかに肩をすくめる。
「助けてもらったのは事実だけど……」
青年は一歩踏み出し、陽に向かって目を細めた。
「それより君、めっちゃ可愛いね。よかったらこのあと――」
「……やっぱりそういうオチ?」
陽は呆れた声を漏らし、額に手を当てた。
雷よりも厄介なのは、こういう軽薄さかもしれなかった。
雷で三人を倒した青年は、にやりと笑いながら髪をかきあげた。
だが陽は、そんな軽薄さに取り合うことなく、まっすぐ口を開いた。
「……君。もしかして――隼風さんが言ってた“新しい班長候補”なの?」
青年の笑みが、ほんの一瞬だけ止まる。
「……新しい班長候補?」
「名前は?」
「井原 煌真。……16歳。」
煌真は肩をすくめる。だがその目の奥には、揺るがない光が宿っていた。
陽も改めて自分を名乗った。
「高頭陽。ユスティティア・ルカヌス第20班所属」
その言葉を聞いた瞬間、煌真の表情がわずかに変わった。
「……ユスティティア、か。久しぶりに聞いたな」
視線を少し宙に彷徨わせたあと、ふと笑みを浮かべる。
「それなら――隼風さんは、今どうしてる? 久しぶりに会いたいな」
陽の喉がわずかに詰まる。
一瞬のためらいののち、静かに告げた。
「……隼風さんは、2年前に殉職した」
その瞬間、煌真の表情から色が抜け落ちた。
目を見開き、信じられないというように言葉を失う。
路地の空気が、急に冷たく感じられた。
「……殉職、だって……?」
低くかすれた声が漏れた。
陽は黙って頷いた。彼のその表情に、2年前の自分を見た気がして、胸の奥がざわめく。
沈黙のあと、煌真はふっと目を伏せた。
「……そうか。……もう、いないのか」
その声音には、深い悲しみと同時に、何かを振り切ろうとする決意が滲んでいた。
陽は静かに問いかける。
「……あんた、隼風さんと知り合いだったの?」
煌真は顔を上げ、どこか遠くを見るようにして口を開いた。
「俺...数年前、両方の親を亡くして...孤児院にいたんだ。」
「そんな時に、あの人に会った。隼風さんは、俺より二つ上で……俺たち孤児の面倒をよく見てくれてさ」
微笑のような、哀しみのような表情が浮かぶ。
「不器用で、無茶ばっかするのに、なぜか俺たちを安心させてくれる人だった」
陽は黙って聞いていた。隼風の人柄を語る煌真の姿に、心の奥で同じ光景を思い出していた。
「……あの人に憧れたんだ。俺もいつかあの人みたいに強くなりたい、って」
煌真は小さく笑った。だがその笑みは、すぐに陰りへと変わった。
「その隼風さんが、もういないのか……」
しばらく言葉を切ったのち、彼ははっきりとした声で続けた。
「なら――俺が行くよ」
陽は瞬きをした。
「……どこに?」
「ユスティティア・ルカヌスだ。高頭さんが所属してるって言ったよな? なら俺もそこに入る。……そうすれば、隼風さんが背負ってたものを、俺も一緒に背負えるはずだ」
その目に宿った光は、さっきまでの軽薄さとは全く違っていた。
まるで、胸の奥でずっと燃やし続けてきた火が、ようやく形を得たように。
陽はしばらく黙って彼を見つめ、それから小さく溜息をついた。
「……簡単に言うけど、あそこは遊び場じゃない。覚悟がなきゃ、すぐに死ぬ」
「分かってるよ」
煌真は迷いなく頷いた。
「……でも、行かなきゃいけないんだ。俺にはそれしか残されてない」
陽は言葉を失った。
その真っ直ぐな眼差しに、かつての隼風の面影を見た気がした。
「……ただ」
煌真が視線を逸らし、少し照れたように呟く。
「俺、まだ孤児院に身を置いてるんだ。世話になった人たちに、ちゃんと別れを告げないと……。だから、今日はここまでにさせてくれ」
陽は静かに頷いた。
「分かった。また後日ね」
「……ああ。必ず行く」
煌真はそう言い残し、背を向けて歩き出す。
その小さな背中に、消えない光の残滓が揺れていた。
陽はしばらく見送った後、低く呟いた。
「……あんた、本当に隼風さんが見込んでた“候補”かもしれないね」
路地の風が、そっと彼女の頬を撫でていった。




