#24 潜行開始
志野院は、やけに年季の入ったキャリーケースを床に置いた。
留め具を外しながら、楽しそうに言う。
「準備、完了よぉ」
ケースは透明だった。
中には、細長い管が何本も絡み合い、まるで生き物のように蠢いている。
管の先端は不規則に脈打ち、かすかに湿った音を立てていた。
「……なに、これ」
煌真は思わず一歩引いた。
「安心して。まだ噛まないから」
「“まだ”って言いましたよね?」
葵生は無言で額を押さえていた。
嫌な予感しかしない、という顔だ。
三人はそのまま病院へ向かう。
深夜の病棟は静まり返り、消毒液の匂いだけが鼻を刺した。
問題の男は、拘束具に固定され、白い天井を虚ろな目で見つめていた。
志野院は病室に入るなり、躊躇なくキャリーケースを開ける。
「じゃ、接続するわね」
中から取り出されたのは、複数の管と、折りたたまれたモニター。
志野院は慣れた手つきで、それらを床に並べていく。
管をモニターに繋いだ瞬間——
ぶるり、と空気が震えた。
ケースの中にあった“それ”が、ゆっくりと起き上がる。
金属音と共に、管が一本、また一本と床に降り立つ。
それは、ロボットだった。
だが、脚の代わりにあるのは無数の管。
関節のたびに脈動し、機械と生体の境界が曖昧な異様な姿をしている。
「……ロボット?」
煌真は呆然と呟く。
「正確には“半自律精神干渉装置”ね」
志野院は楽しそうに説明を始めた。
「人の意識に残った“痕跡”を、強制的に引きずり出すための子よ」
「引きずり出すって……」
煌真がごくりと喉を鳴らす。
志野院は男の方へ視線を向けた。
「この人、口は閉ざしてるけど、脳まで閉じられるわけじゃないの。
恐怖も、忠誠も、命令も——全部、脳には刻まれてる」
葵生が小さく息を吸う。
「……それを、この機械で読むんですね」
「読む、というより……辿る、かな」
志野院はモニターを起動させた。
画面に、不規則な波形が走る。
ロボットが、ぎこちなく男の足元へ近づく。
管の先端が、床を這う音が異様に大きく響いた。
「安心して、命までは取らないわ。
ただし——心は、少し壊れるかもしれないけど」
煌真の背中に、冷たい汗が流れる。
「……これ、本当にユスティティア的にセーフなんですか」
「グレーよぉ」
志野院は満面の笑みで言った。
「でも、真実を知りたいんでしょう?」
煌真は男を見た。
孤児院を燃やした理由。
「俺達」と言った言葉の正体。
拳を握りしめ、覚悟を決める。
「……お願いします」
志野院は満足そうに頷いた。
「じゃあ、潜るわよ」
次の瞬間、ロボットの管が男の足首に絡みついた。
モニターの波形が、激しく跳ね上がる。
——真実への扉が、今、無理やりこじ開けられようとしていた。




