#19 ごく普通じゃない休日
ごく普通の休日。
千紗は走っていた。
電車に乗り遅れそうだからだ。
今日はオフで、学校もない。
目的地は——千紗がずっと応援しているソロ地下アイドル「紅葉そよぎ」の久々のライブ。
息を切らしながら会場に滑り込み、どうにか間に合った。
──そして数時間後。
ライブが終わり、会場の熱気がまだ身体に残っていた。
外はすっかり暗く、千紗は帰り道に繁華街を横切っていた。
その時だった。
路地裏で、暴漢に囲まれている女性を見つけたのは。
「……面倒ごとは、今日はいいかな」
ライブ後の高揚感で、そのまま通り過ぎようとした。
だが、暴漢のひとりが口にした言葉が千紗の足を止めた。
「お前、なんだか“そよぎ”に似てるなぁ?」
次の瞬間、千紗の身体は反射的に動いていた。
拳と足が舞う。
数秒後には、暴漢たちは地面に沈んでいた。
「だ、大丈夫ですか?」
そう声をかけると、女性は驚いたように顔を上げた。
その顔を見た瞬間、千紗の目が見開かれる。
「──も、紅葉そよぎ!? 本物!?」
「あ、あはは……そ、そうですぅ……。でも、できれば内緒にしてほしいですぅ」
どうやら本人らしい。
そよぎは少し気恥ずかしそうに笑いながら、事情を話してくれた。
「ちょっと、ひとりで飲みに行こうと思ってたんですぅ。
そしたら、変な人たちに絡まれちゃって……」
ライブ中の明るくキラキラした姿とは違う。
少し大人っぽくて、柔らかい雰囲気の“素”のそよぎ。
そのギャップに千紗は完全にやられていた。
「……かわいい……」
小さく呟きながら、気づけばサインをお願いしていた。
しかも累計五枚目。
「これは、秘密ですよぉ? 絶対に、ですぅ?」
「も、もちろん!」
──その数十分後。
帰り道、千紗はスマホを取り出しながら小さく笑う。
「夜勤の煌真くん、絶対びっくりするだろうな〜」
けれど次の瞬間、
近くのビルの屋上から、火の手が上がっていた。
「……え?」
歓喜の夜が、
一瞬で緊迫に変わる。




