第七話 セミテリオから犬にも乗って その三十八
(動物って、すぐ死んじゃうでしょ)
(いいえユリさん、そんなことないんですよ。こちらにいる動物でも、ハムスターは短命ですけれど、いもりは数十年、ロロとララも五十年ぐらい生きるって望が申しておりました)
(まぁ、そんな。あら、でもたしかに、鶴は千年、亀は万年でしたわね)
(鶴や亀ってそんなに生きるんですか、まぁ)
(まっさかぁ。あっ、でも見た人いないからそうかもしれないっす)
(じゃぁこの亀さん、望さんより長生きするのかしら)
(望が冗談で言ってました。もしかしたらそうなるかも、って。でも、この亀、たしか望が中学か高校の頃に拾って来た亀でしたから、その時にもし九千九百八十五歳でしたらもうそろそろ寿命かしら)
(寿命なんて、でもわからないですもの。ユリ、まだ死ぬつもりなかったですし。お見合いして結婚して、こども産んでって思ってました)
(ですわねぇ。私も、最初に産んだ子を残してこちらに来てしまって。たしかに、海を越えた国の夫と結ばれた時でも、仏蘭西に戻るのはたいへんだと思っておりましたが、日本に来ることになりました時には、もう欧羅巴には戻れないと覚悟いたしました。でも、まだまだ生き続ける筈でしたわ)
(いいじゃないっすか。俺なんか、あっ、この話しはやばいっす。けど、俺なんかあっちの世界、十四年っすよ。俺の寿命、短過ぎっ、あっ、寿命じゃなくて運命っすか)
(望はね、人間が動物の面倒を見るつもりなら、覚悟がいるんだ、って申してますよ。あれだけ次から次へとペットにしておいて、いえ、だからこそなのかもしれませんが)
(覚悟っすか)
(ええ、覚悟。獣医を目指す前からね、どの方向に進むか考えていた頃から申しておりましたわ。野生生物保護ぐらいしか、動物本来の寿命を保てないって)
(野生の生物を、今は保護しているんですか。保護されていても野生なんですか)
(ええそうなんですよ。野生の動物って、狩の対象でしたのにね)
(そうそう、ユリも聞いたことあります。徳川の最後のお殿様も外国で虎でしたっけ、狩られていたのではなかったかしら。それに、猪や狼や鹿や、狩るお仕事があるでしょう)
(あら、狼のこと、望にこの話が聞こえていたら、怒り出しますわ。いえ、たぶん愛も。日本狼、今、絶滅してしまって、いないんですよ。動物園に行けば狼はいても、ロシアのとかで)
(えっ、だから保護するんですか)
(そう、人間が絶滅させた動物ってたくさんいるそうです。このイモリも、今では絶滅危惧種、関東からいなくなってしまうかもしれないそうです。愛だったか望だったか、最近申してましたが、今に雀もいなくなるかもしれないそうです)
(そういえば、こちらに参る途中で、雀さん、みんな痩せて小さかったです)
(雀、日本ではどちらにもたくさんおりましたのに、あの雀がいなくなるんですか。まぁ。あら、でも、雀を狩りはしませんでしょ。いもりも)
(狩られなくとも、環境がねぇ。きれいな水やきれいな空気、きれいな食べ物がなくなれば)
(絶滅危惧種って、パンダがそうっしょ)
(ぱんだって何でしたかしら。あら、以前、どなたかお話なさってらしたような記憶がございますわ)
(ユリも、名前は聞いたことあるような。でも、こちらの世界に来てからです。新しい動物が増えたのかしら。さっきのえ〜と、何でしたっけ。あの鼠に似ているの)
(ハムスターっしょ)
(そうそう、それ、あれもユリ、見た事なかったです。この大きなトカゲも、それと、あら、あれはイタチのお仲間でしたっけ)
(私も、望が飼い始めるまで、ハムスターとフェレットは存じませんでしたわ。みんな日本に最近入ってきた動物ですもの)
(で、武蔵君、ぱんだって何)
(あっ、今は上野動物園にいないんだっけ)
(最初は上野動物園でしたわね。まだ武蔵さんお生まれになる前ですわ。え〜と、愛が高校の頃だったかしら、初めて日本に来たのは。パンダって動物がいるって私が知ったのも、愛の雑誌で、え〜と、愛が小学生の頃だったかしら。ですから、ユリさんやカテリーヌさんがご存知ないのも無理ございませんわ)
(白と黒の熊みたいな、なんていうか、えっ、説明難しいっす。でかくて、かわいくて、竹しか食わないってのっす)
(上に行けば、愛が昔買ったパンダのぬいぐるみが望の部屋にあるかもしれません。あっ、ぬいぐるみがお判りにならないんでしたわね、すみません)
(大きいのに可愛いんですか。ユリには不思議です。筍はユリも大好きでしたけど)
(パンダはなかなかこどもができないそうで、人間が妊娠出産を管理するとか)
(あっ、それで、野生動物の保護なんですか)
(いえ、そちらは、ニホンカモシカやイリオモテヤマネコやゾウやトラや)
(ゾウやトラが日本に野生でいるんですか。まぁ、わたくし、存じませんでした)
(いえいえ、アジアやアフリカのお話です)
(まぁ、望さんは、日本だけではなく、世界の動物の保護のことまで考えてらっしゃるんですか。すばらしいお孫さんをお持ちですのね)
(いいなぁ。ユリも今の時代だったら)
(いえ、そんな。ただ、将来、どういう場所で獣医になるかを考える時に、そういうことも考えていたということだけです。幼い頃から動物園が好きでしたでしょ。ですから、動物園の獣医さんになりたいなんて、昔は申してました。でも、動物園のことを知れば知るほど、できない、無理って)
(どうしてでしょう。大きな動物が多いからですか)
(動物には生き餌をやらなければならないこともあるそうで、それはとてもできないって)
(うわっ、俺も無理っす。食われる方の立場になっちゃうっす)
「夕方までちょっと窓開けておくね」
「うん、ちょっとだけよ。網戸広くしておくと、穴あけられるから」
「ゴミはまとめたし。みんないい子で仲良くしていてね。え〜と、ブランとマックは一緒に来ていいよ」
「だめ、ほら、気をつけて、ニャァとミャアがすり抜けちゃう」
「ニャァとミャアは後で二階に行く時に迎えにきてあげるから、待ってて」
(あちらに戻るようですわ。あっ、でお話の続き。動物園では働けないってのは、戦争中の動物への対処のこともあったようです)
(えっ、どういうことでしょう)
(ユリさんもカテリーヌさん、あら、いらっしゃらないんでしたわね。お二人は、いえ、ユリさんはもうこちらの世にいらっしゃって、武蔵さんはお生まれになるずっと前ですものね。あの戦争中、人間が生き延びるのですらたいへんでしたもの)
(ああっ、これ、変っしょ)
(そう、変でしょう。普通の家なのにね、あら、でも普通ではないかしら)
(うっす。こういうのって、学校とか公民館とか、スーパーにはよくあるっしょ。けど、だから変ってのじゃなくて、え〜と、この絵、変っしょ)
(これ、何かしら、人間が走ってるのかしら)
(非常口っす。火事や地震で逃げる時、ここから、ってマークっす。あっ、マークって記号ってゆうか)
(これ、変かしら)
(変っすよ。だって、このかっこ、できないっしょ。俺、あっちの世界にいた時、よくこのマークの前でポーズ、あっ、かっこって意味っす。で、同じようなかっこして、けど、どっちから見たらこういうかっこになるかって、いつもできなくて、で、そんな俺を見て、ネギ矩達、あっ、矩雄達は俺のこと馬鹿にしてたし、それに、慎之助も、お前何やってんだって俺のこと見てたし。けど、このかっこ、ほんと、できないっすよ)
(あら、ほんと。なんだか、手足が変、身体の向きが)
(っしょ)
(気にしはじめると、どうにもならなくて)
(まぁ、私、気にしたことなかったですわ。むしろ、なんで普通の家にこんなものを、と思ってました。まぁ、カラオケやスタジオや教室で、家族以外の方が集まってましたから、非常口が判る方が安全なのかもしれませんけれど。で、何の話してましたっけ)
(望さんが、戦争中のことを知ってから、動物園のお医者さんにはならない理由でしたわ)
(あっ、戦争中で食い物がが無くなったっからっしょ。人間だって食えないのに動物の餌なんてなかったっしょ。俺ん家の方は、危なくないし、食い物あるしってんで東京から小学校ごと疎開してきたって、爺ちゃんや婆ちゃんが言ってたっす。けど、俺不思議だったっす。戦争して、どうして食い物が無くなったっすか)
(あ〜、それ、武蔵さん、お百姓さんや漁師さんは男の方ばかりでしたもの。若い男性が兵隊にとられたら、おさかなもお米も取れなくなるでしょう。お年寄りでも、女でも少しはできても、作る人が減れば作る量も減りました。今みたいにいろいろな機械も無かったですし。それに、外地からの食物の輸入をするくらいなら戦争に使う物資を運ぶのではなかったかしら。でも、望が戦争中の動物園のことで知ったのは、餌の事ではなくて、ただ、その頃の記憶はないんですが、それこそ、それどころではなかったですもの。でも、愛が大人になった頃から、戦争中の動物達の話がよくされ始めて、空襲で檻が壊れて猛獣が逃走すると危険だから銃殺せよと軍部から命令があって動物園長さん達が決めたそうです)
(おっ、戻ってらっしゃいましたね。いかがでしたかあちらの部屋は)
お読み頂きありがとうございました。
霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。