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第七話 セミテリオから犬にも乗って その三十六


(しょうゆさん、婿養子になられるんですか)

(ユリさん、どうして)

(だって、一緒にお住まいになる、ってことは、こちらのお苗字になられるのでしょう)

(さぁ、そういえばどうなんでしょう。でも、たしか翔也さんも一人っ子ではなかったかしら)

(それじゃぁ、望さんがしょうゆさんとここで開業なさりたいっておっしゃっても、しょうゆさんのご両親がお許しにならないのでは)

(そうかもしれませんわねぇ。でも、最近、一人っ子多いらしいですしね。どうなんでしょう。しょうゆさん、ここよりもっと都心から離れた所のお育ちだとお伺いいたしましたが、どちらだったかしら、前橋か宇都宮でしたかしら。あっ、そういえば、何か、翔也さんの辺りですと獣医の患畜が、あっ、動物の患者さんのことをそう言うらしいのですが、動物の種類が違うって。翔也さんの辺りだと牛や馬や豚や鶏で、都心が近くなるとペット、愛玩動物のことですわ。それに、今晩翔也さんが当直している所はペット中心ですし。どうなんでしょうねぇ)

(やっぱ、牛や豚と犬や猫って違うっすか)

(武蔵君、そりゃぁ違うだろう。まず大きさ、それに内蔵の位置なども違うだろうし)

(そういえば、誰かが言ってたっす。牛には胃袋がたくさんあるって)

(人間は赤子でも老人でも男でも女でも内蔵の位置や数にはまぁ普通は、変わりはないですからね。その点、獣医さんは大変ですね。動物によって骨格も異なりゃかかる病気も異なることもあるわけで)

(ユリね、そっちより、たいへんだなぁって思う事があるんですけど)

(動物より人間がかい)

(うううん、うん、人間っていうか、望さんとしょうゆさんのこと)

(たいへんだと、私も思っておりますわ)

(いいえ、夢さま、そういうご心配の大変なこともユリわかりますけど、そういうんじゃなくて。あの、つまり、あのね、望さんが一人っ子で、しょうゆさんも一人っ子ってことは、ご養子になられてもなられなくとも、どちらかのお家のお名前が無くなるわけでしょ。で、お名前が無くなるのも、ユリにしてみたら何か辛い感じがしなくもないんだけれど、それよりも、お墓も二つあって、お家も二軒あって、どうなさるのかなって)

(あっ、そういうこと考えるっすか)

(それに、一人っ子どうしがご結婚なさると、お生まれになる赤ちゃんには、伯父さんも伯母さんも従兄弟もいないってことになるでしょう)

(ああ、そうですねぇ、たしかに)

(僕、考えもしなかったのですが、昨今一人っ子が増えているということは、次の次の世代ぐらいになると、日本語が減るのかもしれませんね)

(どうして)

(なぜならば、いない存在を表す言葉は不要になる。つまり叔父叔母従兄弟姉妹という言葉が消えてなくなる。古語、死語になるわけです)

(へぇっ、俺が今使ってる言葉が古典になっちゃうっすか。難しい言葉ってことになるっすか)

(時代が変われば言葉も変わる、仕方ないですよ。それに、今後も一人っ子が増えるとは限ったものではないですしね。安心して子育てができる、経済優先ではなくひと優先の優しい安全な社会、子育てに金がかからない希望のある社会になれば、また事情も変わってくるかもしれませんしね。僕としては昨今の政治家にそれを望めないのですが、いつか、いつの日か、そういうこともあるのではとは思いたいですね。とはいえ、こういう希望も、こちらの世にいては、詮無いこと。あちらの世に生まれかわれるわけでなし)

(俺も姉ちゃん残してこっち来ちゃったしなぁ。姉ちゃんがこども産んでも、叔父さんは墓の中ってなわけだし。姉ちゃんの子には従兄弟姉妹は最初っからいないってことっすね。何だか、姉ちゃんに悪いことしちゃったっす)

(あらぁ、まだ決まった訳でもないですぅ。だって、武蔵君のお姉様のご結婚なさるお相手の方には御兄弟姉妹いらっしゃるかもしれないですもの)

(けど、最近一人っ子多いっす)

(武蔵君、そもそも子が親に先立つのは、親不孝なんですよ、そもそも。と申す僕もそうなんですがね)

(ですわよ。公男は親不孝者ですわ。こちらの世に先に来ているならば、顔ぐらい見せてくれてもいいのに)

「マックとブランを連れてくるね」

「だけよ。ニャァとミャアはだめよ。ニャアとミャア、連れてくるなら、抱っこしてそのまま上に行ってよ」

「わかってるってば」

(どうして犬はよくて猫はだめなんでしょう)

(あの子達は調理台に届かないでしょう。野毛山にいたニーニャでしたら届いても、マックもブランも小さいから。でも猫は小さくても、飛び乗れますでしょう。ごはん作るお台所で、床を歩いた足でその辺りに乗られたら、まな板の上を歩かれたりしたら、ちょっとね)

(なるほどね。あっ、だからか。俺ん家、犬も猫も飼えなかったっす。うどん打って売ってたっすから)

(おうどん、たくさん売ってたんですね)

(えっ、あっ、カテリーヌさん、違うっす。あっ、けどたくさん。けど違うってのは、最初の打っては、うどんを作ることっす。ほら、小麦粉から。で、二つ目の売っては、あれっ、これも本当は二つかなぁ。え〜と、打ったうどんをそのまま売ってたし、それに、え〜と食堂で調理して売ってたっす)

(ややこしいです。まだまだ日本語は難しいですわ。わたくし、こちらの世から消えてしまう頃までにも日本語上手になれないかもしれませんわ)

(カテリーヌさん、大丈夫ですよ。ロバートさんみたいにぺらぺらの方もいらっしゃいますから)

(ロバートさんは特別ですわ。日本がお好きだからと外交官を辞めてまで残られた方ですもの。それに比べてわたくしなど、夫の英吉利までは覚悟いたしておりましたが、日本にまでなど想像もいたしておりませんでしたもの。最初の頃は寂しくて寂しくて)

(今は)

(今は、ええ、慣れました。セミテリオの生活にも、みなさまに親しくしていただき、こうやって時折お外の世界も見せていただいて)

(あらあら、女性のみなさま、今望に乗れば、あちらの動物園をご覧になれますわ)

(俺、もう一回行くっす。虎兄ちゃんとお爺ちゃんは)

(僕はもういいですよ。あそこは五月蝿い、もう結構)

(僕も、愛さんとここに残りましょう。のんびり外の景色でも眺めてますよ。愛さんに乗っていれば紫煙を味わえるかもしれませんしね)

(私、動物達に会って参りますわ。ユリさん、カテリーヌさん、いらっしゃるでしょう)

(はい、もちろん)

(ええ、ありがとうございます)

(あっ、お靴をお履きに、あっ、必要ございませんわね)

(うっす。こっちの世界に来てから、色々と便利っすよ。あんたいつまで同じもの着てるの、さっさと洗濯に出してとか、ほら、トイレのスリッパはちゃんと履いてとか一々言われないし、着替えたり履き替えたりしなくてすむっしょ。いつまでも好きなの着れてるっす)

(ほんと。武蔵君くらいだったら着たきり雀してたら臭くなっちゃうもんね)

(うっす、あっ、母ちゃんみたいなこと言わないで)

(わたくし、わかりましたわ。時々ユリ様、虎之介さんにおっしゃってらしたでしょう。汚い高校生って。わたくし達、匂いは判りますものね。あら、御免あそばせ、虎之介さんが臭いという意味ではございませんの)

(カテリーヌさま、大丈夫。もう、ほら、虎ちゃんいないから)

(あら、然様でしたわね。あら、でも、いらっしゃらないからと言って、申し訳ないですわ)

(いいの、いいの。虎ちゃん、そんなこと気にしないわよ)

(あらあらマック君が飛びついて)

(こちらがブラン君ですのね。本当に真っ白ですわ)

(何だか、マック君とブラン君、夢さまとお話なさってるみたい)

(で、あれがニャァとミャアっしょ。どっちがどっちかまだ俺にはわからないっす)

(まぁ本当に、猫が犬を怖がってませんわ)

(犬が猫を追い回さないなんて)

(だけじゃないっす。ここの動物、みんな仲良くて、ドリトル先生のとこみたいっす)

(このお部屋は、窓が分厚いのかしら。お外がぼやけて見えます)

(あっ、二重窓になっているんですよ。そうそう、ここのお家、いろいろと変わっていると申しましたでしょう。健さんが、こちらのお家を設計なさる直前に、米軍基地のお近くの学校の設計に関わったとかで、窓を二重にしてみたそうです。学校は防音の為だったそうですが、断熱にもなるということで。それで、ついでに壁回りは全部棚を作って、そこも断熱と防音になるとかで。上の二軒もそうなさって。ですから家具が少なくて、地震でも家具が少ない方が安全だそうで。窓が二重ですと、視界がなんとなくぼやけますでしょう。それに贅沢だと思っておりましたのよ。でも、愛が申してました。光熱費が全然違うそうです。最初はお金がかかっても、結局安全で安上がりでと。動物が騒いでも、いえ、元は教室だったのですが、わいわいがやがやでもご近所にご迷惑になりませんしね)


お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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