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第七話 セミテリオから犬にも乗って その二十九


(望の動物たち、たくさんいるでしょう。みんな名前がついているんですよ。いたちみたいなのは、フェレットの笛君、私がこちらの世に来てからのですわ。それとトカゲの大きいのはイグアナのイグさん、猫はアメリカの品種でニャアちゃんとミャァちゃん、白い犬はブラン君、兎はピョンちゃん、亀はかめ君、あとは、なんだったかしら、オウムはロロとララ。あら、インコでしたかしら。ハムスターやイモリもたくさんいたでしょう、一匹ずつみんな名前が付いてるんですよ。望が名前で言うものですから少しは覚えましたが、イモリなど区別がつきませんわ。ほんと、あのお部屋に参りますと、動物だらけで気が触れそうでございしょ。名前を言われても、終いにはどの動物だか判らなくなりましたもの。ハムスターは鼠のお仲間でしょ。溝鼠を知っている私には、あんなもの飼いたいなんて信じられませんし。イモリもね、あんな気持ちの悪い色、毒でもありそうでしょう。いたちの最後屁って言葉もありますし。あら、お下品な言葉ごめんあそばせ。でも、あれはいたちとは違って、おならをしても臭くないそうで、たしかに臭ったことないんですけれど。でも、ほんと、望は変な動物ばかり好きで。まだあちらの世におりました頃、このお宅に参りましても、最初の頃はあのお部屋には私、入りたくなくて。それが、車椅子になった頃から、あのお部屋に参りますと、動物達が優しく感じられて。臭くてにぎやかなんですが、何か和めて、癒されておりました。主人の怒鳴り声よりよっぽど生き生きとしていて。ですが、栗鼠や、いえ、栗鼠ならまだしも、豚や猿まで飼いたいなんて申してましたのよ。さすがに、もうスペース、あっ、広さのことですわ。狭いからって豚や猿はやめたのですが、まだ栗鼠は欲しいみたいです。最初はお二階で犬一匹と猫一匹でしたのにね。いえ、望のは最初は金魚だけ。今のマックは本当は私の犬でしたし。前のマックは望がうまれる前からのでしたし。あの金魚...)

(猫に食べられちゃったんですか)

(いえ...ザリガニやカブトムシぐらいでしたら、まだねぇ。小学生の頃って飼いたいものでしょう。でも女の子ですものね)

(ユリはお花は好きでした。虫はあんまり。どうしてかしら)

(人の好き嫌いには理由の判らないものもありますからねぇ)

(愛は、おままごとやお人形さんに興味がなくてねぇ。大きくなったらどうなるかって心配しておりましたわ)

(主婦には向いていないと思われたわけですね)

(私は家を守り、夫に仕えての教育を受けましたから、余計に戦後の民主主義の教育が不安でした)

(戦後の民主主義教育って、それほどに男と女の違いをなくしたのでしょうか)

(今思うと、いえ、今に比べると、そんなこともなかったのでしょうね。愛は、高校生の時に文句言ってましたもの。男子は芸術、音楽か美術か書道を選べたのに、女子は全員家庭科なんてひどいってね。でも望が高校生の時には男子も家庭科必修でしたもの)

(へぇ、男の子も家事するってこと。ユリ、信じられない)

(あれ、いいっすよ。俺、高校は知らないけど、中学でも調理実習やったし、ミシン使ったし。簡単な料理作れるようになるし、ボタン付けぐらいできるようになるっし。あれっ、ボタン付けは小学校だったっけ)

(え〜、武蔵君、針と糸なんて持つのぉ。へぇ〜。ボタンつけてくれるお姉さんとかご近所の女の子っていないのぉ)

(そんなんしてくれる子、いないっすよぉ。姉ちゃんだって、自分ですればだったし)

(ふ〜ん)

(もしかして武蔵君、編み物もなさったかしら)

(編み物はやらなかったけど、刺繍はやったっすよ)

(編み物や刺繍を男がね、へぇ〜。女のすなるものを男もしてみんとてするなり、ですね。時代は変わったものですねぇ)

(虎之介さん、更級日記、いや、土佐日記でしたかね。あれは女のふりして紀貫之が書いたものですね)

(ややこしくて、ユリ、頭がこんがらがりそうです。男の人が女の人の真似したんだから、同じでしょ)

(愛は編み物が苦手でね、中学の時、宿題を私に頼んで来て。でも、宿題提出したらばれたそうです。授業中の不器用さをご覧になれば、先生だってお判りになりますわよね)

(あはは。それはいい)

(愛はそんなで、でも望を産みましたし、一応今はまぁまぁごはんも作れますし、でも、嫁ぐ前は私、それは不安でしたのよ。ご両親と同居でしょ。どうなることやらと。ほんとふつつかな娘で。でも、まぁ、なんとなくやれてますしねぇ。望もたぶん、大丈夫なんでしょう。ただね、望は本当にお花はだめで。名前もほとんど知らないんですよ。で、言うんです。花の名前なんて知らなくたって生きて行けるって)

(あっ、それ、俺、わかるっす。花だけじゃなくて、小学校で勉強することだって、できなくたって生きていけるってこといっぱいあるっす。逆上がりができなくたって、逆上がりなんて、大人になってしないっしょ。計算、ややこしいのできなくたって、そんなの電卓あれば関係ないし。漢字 読めなきゃ困る時もあるっすけど、 書けなくたってひらがなですませられるっしょ。県庁所在地や首都を知らなくたって、別に困らないっしょ。太陽じゃなくて地球が動いてるって言われても、そんなん実感ないし。中学の授業なんてもっとそうっしょ。英語なんて使う相手いないし、数学なんて方程式なんてどうでもいいし。国語ぐらいはとは思うっすよ。けど、俳句や短歌なんて作らないし、理科の実験なんてフツー塩酸や硫酸なんて使わないっしょ)

(ユリも、武蔵君の気持ち判るみたいです)

(僕は判りたくないですね。何かに夢中になった時に、基礎がないと何もできないですからね)

(虎さんは、お若いから。まだ学習途中でしたからね。しかし、夢中になってから勉強してもすむ、かもしれないですよ。僕は、仏教はどうも、どう申しましょうか、興味が湧かず、かたや人体や病気のことはやたらめったら知りたかったですしね。興味があれば、たしかに学ぶものですね)

(かもしれませんわねぇ。お花の名前は覚えなくても、動物のことならやたら詳しくなって。捕まえたらともかく飼ってみたい、育ててみたい、でしたもの。コウモリを保護したことも、とかげもいたことあって、虫愛ずる姫と言われていたらしいですし。愛が自宅で教えるのをやめて、健さんのお父様も体力なくなってきて陶芸をおやめになって、下のお教室が空いてからは、望が高校生の頃からどんどん動物の種類が増えたのですよ。途中から名前を考えるのが面倒になったらしくて、最近は安易な名前になってきましたが、以前は、野毛山の私のところにまで電話してきて、どんな名前にしようって。適当に申しますと、それ、前の別の動物に付けた名前だからだめ、とか、呼びにくいとか文句も申してましたわ。野毛山に来ますと、ネットで調べたドイツ語の読み方を主人に聞いたりして名前を考えてましたっけ。死なれるのがいやで、それで獣医になりたいって、もう小学生の頃から申してました)

(あそこが前は教室だったなんてね。机も椅子もなかったですしね。今はまるで動物園。動物好きにはたまらないでしょうね。僕は、見慣れない動物にちょっとひやひやしました)

(へぇ〜。虎ちゃん、男の子の癖に、ひやひやだったの。動物園なら怖くないでしょう)

(ユリちゃん、行ってみれば判るよ。園長さんになりたいのかもしれないけれど、あそこはね、放し飼いですからね。緑色の大きなとかげが床を歩いていて、水槽覗けばイモリがいたり変な色の鼠がいたり。イモリなんてわざわざ水槽で飼うものになったんですかね。で、頭上を大きな鳥が二羽飛ぶんだから。赤いのと緑のとがね。あの大とかげも大きな鳥も、僕は見たことないですからね。鼠も大きいし、兎もあんな灰色のは知らないし)

(俺、不思議だったっす。犬と猫と鼠って、仲悪いって思ってたっす。あっ、お兄ちゃん、あれ、鼠じゃないっす。ハムスターっす。それぐらいは俺だって知ってっす。もしかしてお兄ちゃん知らないっすか。それにイグアナとオウムといて、どうしてみんな喰われない、喧嘩しないって)

(健さんのご両親が元々犬と猫を飼ってらしたんですよ。それを伺いました時、私も不思議でした。喧嘩しないのかって。でも、どうも、一緒に育てていると平気みたいですわね。実際、望も次から次へと動物を増やす度に、最初は隔離したり、網をかぶせて突かれないようにしたり、でも、ご隠居さん、虎之介さん、武蔵君、ご覧になられたでしょう。私の犬だった頃のマックでしたら、他所様の犬ぐらいにしか挨拶いたしておりませんでしたのに、あちらのお部屋で、兄弟のブランにだけではなく、他の動物達にも挨拶してましたでしょ。動物の種類が違っても、ちゃんとお話しているみたいに)

(マック君とえ〜と白い...)

(ブラン君ですわね。仏蘭西語で白い、ですわ)

(カテリーヌさん、ありがとうございます。そのマック君とブラン君が兄弟なんですか。黒いマック君と白いぶらん君が、ですか。あら、ブラン君ってセミテリオに来てませんでしたっけ)

(ええ、そうなんです。兄弟ですのよ。セミテリオにも来ていたかもしれません。犬や猫は外に散歩に連れ出しておりますもの)

(うっそぉ)

(いえ、本当に外に連れ出してますよ、犬も猫もリードつけて)

(違うっす。白いのと黒いのが兄弟ってほうっす)

(本当ですわ。ブリーダーさんの所で同時に購入したんですもの。二匹の両親も白いオスと黒いメスでした)

(えええっ、白と黒が混じったら灰色にならないっすか)

(あはは、絵の具じゃあるまいし。武蔵君の理屈ですと、白人と黒人の子は灰色人になるわけですね)

(灰色人っていないっしょ。あっ、そうか。でも、不思議っす)

(リードって紐のことでしょうか)

(あっ、はい、紐です)

(猫にも紐つけて散歩するんですか。猫に付けるのは鈴じゃなくて)

(おほほ、猫に鈴ですか。それみなさまにはおわかりにならないかもしれませんわ)

(あっそうですね。いえ、鈴ではなくて、紐の方なんですが、猫は放っておけば勝手に出入りできるから、ああ〜、あの部屋はちょっと勝手に出入りできないからですね)

(というよりも、猫を勝手にさせておくと、ご近所にご迷惑でございましょ。ほら、猫の排泄物は臭いですし)

(昔はね、人間だって汲取でしたからね、それほど猫のが気になりはしませんでしたがね。たしかに、昨今、猫にも紐つけて散歩させるようですね。初めて目にした時には驚きましたよ。もっとも、赤ん坊に紐つけて散歩させているのを見た時も驚きましたがね。瑞穂が瑞樹をそうやっていてね。何だか瑞樹が可哀想で。でも、あれ、便利ですね)

(それ、愛もやってましたわ。野毛山ではやめてと私申しましたが。だってねぇ、あれ、何かみっともないでしょう。それに何だかいじめているみたいで)

(つまり、ご隠居さんと夢さんのお話ですと、猫どころか人間の赤ん坊にも紐をつけて散歩させる世の中になったんですね)

(俺なんか、赤ん坊の時、店の隅の柱と紐で繋がれてたって写真あるっすよ)





お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

4年に一度の2月29日。

次回の2月29日にはどちらの世にいるのでしょうか。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共にこちらの世に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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