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第七話 セミテリオから犬にも乗って その二十八

(奥の方で。ここが広いのは、正面奥まで車椅子が通れるようになんですよ。いいでしょう。ほらあそこ、あの扉はエレベーターなんですよ)

(エレベーターって、あの、箱が上下するのですよね。ユリ、それはもう知っていますけど、でも、普通のお家にあるんですか。今のあちらの世界の方って、お家の中でまでエレベーターをお使いになるんですか、階段じゃなくて)

(階段はエレベーターの後ろにあるんですよ。エレベーターより早く上り下りできますが、車椅子ですと、階段はたいへんでしょう。健さんが改築の折にエレベーターになさって。最近はそういうお宅も増えたようですが、あの頃はまだ家庭用エレベーターが出始めの頃で、私も自分が車椅子に乗るようになるなんて、想像もしておりませんでしたわ。ですから、エレベーターをつけるって知った時には驚きましたのよ。それなのに結局、あそこを車椅子で使ったのは私だけでした。健さんのご両親はおうらやましいことに、私より少しご年配ですが、ご健在ですし、ご自分で歩けて)

(お湯が沸きましたわ。これがティファール、便利でしょう。私も欲しかったのですが、主人がね、今のでよいと、保温機能付きのを使ってましたから。お前には重くて持てやしないんだからって)

(お湯、火も使わないで沸くんですか。不思議)

(電気の熱を使うんですよ。私の所のも、同じ。しかも魔法瓶みたいに後保温できて、ポットを持たなくてもボタンを押せばお湯が出るんですもの)

(えっ、なんだか、ユリには全然判りません。ほら、あの亀歩きため息ばかり青年の家、あら、夢さまはご存知ない、え〜と、虎ちゃんとは違う、今の高校の学生さんのお家にあったのは、ガスの火が見えて、そこからお湯が出て来るのでしたけれど、それとも違うみたいです)

(それでしたら、わたくしも見せていただきましたわ。あれも素晴らしかったですわねぇ。蛇口をひねるだけでお湯になってましたでしょ)

(あっ、お二人がご覧になられたのは、ガス湯沸かし機ですわね。それとも違って、私のところにございましたのは、これとも別の物なんですよ。でも、私の所のもここのもガスじゃなくて電気の力でお湯が沸くんです)

(ユリさん、魔法瓶はご存知かしら)

(いえ、魔法の瓶なんですよね。中から魔人が出て来るのかしら)

(魔人は出て来ませんが、ええ。魔法みたいに、中に入れておいたお茶やお湯が冷めないようになっている。え〜と、ほら、中がガラスみたいなので、割れ易くてっての)

(いえ、存じません)

(そういうのがあったんですよ。その後、割れない素材になって、こどもたちが遠足に行くのにも割れないから持たせられるようになったのは、そうでしたわねぇ。あれは私のこども達の頃ではなくて、望の頃からでしたかしら。それで、今度は湯沸かしポットにも保温機能がついて。あっ、ポットというのは、大きな急須かしら、おやかんかしら。で、ポットを持ち上げなくても、ボタンを押せばお湯が出て来るようになって。やかんもポットも中にお湯が入っていると重いですし、それに、熱いお湯ですから、持ち上げてふらついたら危ないですものね。年寄りには保温機能付き湯沸かしポットは便利でしたわ。でもね、このティファール、とっても早く沸くから、うらやましくて)

(夢さま、わたくし、この急須も不思議ですの。透明でございましょ。ガラスですわね。お湯を入れても割れないんですね)

(パイレックスかしら。最近は耐熱ガラスが当り前になってますもの)

(ユリ、急須でお煎茶をいれたことぐらいありますけど、お湯を入れたら葉っぱがこうなっているなんて、不思議です。急須の蓋を開けて見ていたことないので、横から見えると面白い)

(こちらがテーブル、え〜と、食卓ですわ)

(まぁ、すてき。お庭が見えるんですね)

(たいしたお庭じゃございませんでしょ。あら、私、何を申してるのでしょう。私の家ではございませんのに。ほんの少し過ごしただけで)

(ご自分のお家やご自分のご家族や持ち物を、そうやってお話なさるでしょう。わたくし不思議でしたのよ)

(謙譲の美徳ですよ、カテリーヌさん)

(そうそう、それ。わたくしとっても不思議でしたの)

(ご隠居さん、お帰りなさい、あちらたいへんでしたでしょ)

(ははは)

(わたくし、夫のお仕事相手の日本人のお屋敷に招かれたことございますのよ。芝の方でしたわ。日本の方なのに、わたくしも同伴できましたので、嬉しくて、でも、とても緊張しておりました。その時に、松の枝や大きなお池のある美しいお庭を散歩して、大きいお庭ですわね、と申しましたら、いえ、大して手入れも行き届かず、とおっしゃられ、見るだけでも美しい和菓子を出されて、わたくし和菓子は大好きでしたので、大喜びいたしましたのに、何もなくてとおっしゃられて。不思議でしたの。もっと美しいお菓子やもっと広いお庭があるからなのかしら)

(自分を大した者ではない、と言うのが美徳ですからね)

(それが不思議なんです)

(俺も不思議だったっす。つまらないものって言われると)

(でしょう。わたくし、武蔵さんと気があうのかしら、おほほ)

(僕も、学生時分、不思議でしたね。ほら、高等学校に入学できると、なんだか自分が結構大したものだと思ってしまいますからね。なのに、その鼻を折られる。いや、謙遜することこそあるべき姿なんだと言われる。けれど、今カテリーヌさんもおっしゃったでしょう。申しましたらって。それも謙譲の美徳と同じですよ)

(申しましたって、言うの一人称で申しているだけでございましょう)

(いえ、違うんですよ)

(まぁそうなんですか)

(はい)

(あっ、それ、俺、苦手っす。自分は食べるで、他人は召し上がるとか、なんか舌がまわらなくなりそうで。自分は申すで他人はおっしゃる、っしょ)

(そうそう、それですわ。わたくし、動詞の形が変わることだと思っておりましたが、申すとおっしゃるの違いは、広いお庭を狭いっておっしゃるのと同じなんでしょうか。頭までぼんやりしそうです)

(ユリは、そういうの、全然気にしてませんでした。だって、回りの大人がそうしゃべってたから)

(ですわねぇ。私もでしたわ、ユリさん。小さい頃から耳にしておりましたから、別に自分がとかよそさまがなどと考えたことございませんでしたわ)

(まぁ、それが文化なんでしょうね。そうやって代々伝えられて)

(俺、そういうのほんと苦手っす。だって、嘘っしょ。大きいって知ってても小さいって言うっしょ。何もないわけじゃないからお菓子出してくるのに、何も無くてっての、変っしょ)

(ロバートさんならご説明頂けるかしら)

(あらっ、ロバートさんは)

(それが)

「あっ、望、あなたのもテーブルに持ってきたから」

「なんかね、マックも変だったけど、ロロもララもニャァもミャァもみんな何か興奮していて、ちょっと大変だった。もしかしたら私、誰かお墓から連れてきちゃったのかなぁ。夢お婆ちゃんがあの部屋にいやいや入った時みたいだったもん。愛ちゃん何買った」

「サンドイッチ二パックとヨーグルト」

「私、ツナマヨと梅とおかかとポテチ」

「なんか、それ、炭水化物ばっかりじゃない」

「うん」

(また愛ちゃんですって。あら、お叱りにならないんですね)

(もうあきらめてるんですよ。家の中ならって。何しろ父親のことも、健ちゃんですから)

(もしかして、夢さまのことも夢ちゃん、ですか)

(いえ、今も申してましたでしょ、夢お婆ちゃんって)

(夢さまはあちらのお部屋にいらっしゃるの、お嫌だったんですか、望さんがおっしゃってましたが)

(いつもってわけではなかったんですよ。でもねぇ、何しろイモリやイグアナがね。あんなは虫類、いえ、望に叱られますわ、イモリは両生類だって。でもねぇ、は虫類や両生類って、なんか気持ちわるくありません。私、ああいう目つき苦手なんですもの。で、望に言わせれば、私が苦手だと思うから動物も私を苦手だと思うんだそうですけれど。そんなこと言われてもねぇ)

(あのぉ、梅とおかかともう一つ、おにぎりの具のことだとは思うのですが、おにぎりとサンドイッチは目の前にあるので、わかりますが、二の後におっしゃったのは、判りません。それとこのトルグーヨは何かしら)

(ヨーグルトっすよ)

(あっ、左から読むんでした。武蔵君ありがとう)

(ヨーグルトでもユリ、わかんないです)

(へぇ〜、ヨーグルトもなかったっすか)

(ミルクから作るものですわね。わたくしも、存じてはおりますが、いただいたこと、ございませんの。健康に良いそうですわね)

(フランスでもそうでしたの。私が幼い頃はまだあまり目にいたしませんでしたのよ。愛が産まれた頃から牛乳屋さんに頼むと毎朝配達されるようになったのでしたかしら)

(パックは包みという意味ですよ。英語。ツナマヨ、これはツナ、鮪をマヨネーズで和えたもので、梅はうめぼし、おかかは鰹節の醤油和えですよ)

(マヨネーズは、ユリちゃん、知らないんじゃない。僕の頃にはあったけれど、まだ、あまり使われていなかったから)

(ですわね。わたくし、マヨネーズは作り方を女中に教えましたもの)

(昔は瓶入りでしたかしら。今はチューブ、あら、チューブってどう説明しましょう。ロバートさんどういたしましょう)

(へぇ〜、マヨネーズ、なかったっすか。ツナマヨはなんとなくなかったかもってのは判るっす、けど、ヨーグルトもなかったっすか、へぇ〜)

(あのぉ、ロバートさんは。さっきから静かですけれど、どちらにいらっしゃるのかしら)

(もしかして、マック君に乗られたままでしょうか)

(それが、どうも、行方不明で)

(ええっ、行方不明っ)

(まぁ)

(なにしろ、あちらの部屋、これまた驚きでね)

(えっ)

(おほほ、やっぱり驚かれましたか。まるで動物園でございましょう)

(俺には小さなペットショップってゆうか)

(それ、ユリ、わかんない)

(愛玩動物の販売店ということです)

(販売店、ですか)

(ちがうっす。似てるってか、放し飼いのこども動物園ってゆうか)

(動物園なの、ユリ、是非見せていただきたい)

(ユリちゃん、今度は動物園の園長にでもなりたいって言うかい)

(かもしれません)

(マック君、サッと洗われて、拭かれて、暖かい風の出て来るので乾かされて)

(あれ、ドライヤーって呼ぶっす)

(で、床に置かれたら、ただいまって挨拶してたっす)

(日本語で、ですか。望さんに言うわけないし、お部屋にですか)

(だって、俺にはただいまっていう風に聞こえたっす。日本語ってんじゃなくて、なんていうか、そういう感じってのか、それに挨拶してたのは、え〜と、マック君と同じ形で白い犬と、毛のない猫二匹と、オウム二羽と、灰色の兎と、いたちと大きなトカゲと、別々の水槽の中のハムスター、小ちゃいのとでかいのと、別の水槽の中のイモリと、後まだいたっすか、あっ、亀もいたっす。色んな動物一匹ずつに挨拶してたっす。ただいま、って)

(いつの間にか、ロバートさん、いなくなってたんですよ)

(マック君が洗われていた時は、濡れますな、快適ですなぁ、なんておっしゃってらして、暖かい風もいいものですなぁなどとおっしゃってらして、で、犬と猫に挨拶してらした頃はまだロバートさん、マック君に乗ってらんですよ。猫もこの近さで見ると大きいものですな、などとおっしゃって)

(ですがね、何しろ、動物が、壁際を見ても天井を見ても床を見てもいるのでね、僕達も気を取られて、驚き、感嘆し、仰天し、ふと気付いたら、ロバートさんが、望さんにもマック君にも乗ってなくてね)

(犬に乗るの、僕より楽しんでたくらいですから、もしかしたら猫にでも乗ってるのかもしれませんね)

(うっす)


お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


今日は2012.2.22

10年後 2022.2.22に今お読み頂いた方で生きてらっしゃる方は沢山、でしょう。

でも、210年後 2222.2.22 は、みなさまセミテリオのお仲間ですね。

地球はまだあるのでしょうか。

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