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第七話 セミテリオから犬にも乗って その二十七


(あのぉ、ユリさん、わたくし、めいせきという言葉、存じませんわ)

(頭がはっきりしっかりしてるってこと)

(でも、わたくし、こちらの世が長くて、もうぼんやりしておりますし)

(まぁまぁ。ふむ。女性陣はあちらの世の望さんも含めて、それと、もしかして愛さんもそうなのでしょうか。そして夢さん、カテリーヌさんにユリさん、みなさん聞こえる、そして男性陣では僕と武蔵君がなんとなく聞こえて、なんとなく判ったような印象ですかね。ふむ、考えさせられますね)

(あら、ご隠居さま、考える人モードですか)

(考える人って、あの、便所に座ってる人のことっすか)

(それ、何でしょう)

(あら、あれ、フランスの方がお造りになったのではなかったかしら。カテリーヌさん、ご存知ないですか)

(えっ、あれ、フランスのっすか。上野のどっかにあるっすよ)

(ありますね。西洋美術館の入り口でしたか。でも、武蔵君あれはフランスのロダンという人が造ったものですよ)

(けど日本にあるんだから、カテリーヌおばさんがフランスの人でも、知らなくたっていいっす)

(いやぁ、あれは世界中にあるので)

(ロダンは有名な方ですわ。お目にかかったことはございませんが)

(んで、ロダンって人、そんなにたくさん造ったっすか。力持ちっすか、あれ、でかいっしょ)

(あれは、型にはめてたくさん造れるから)

(なんだ。けど、そんなに便所に座ってる人が好きだったっすか。それに、あれ、変なかっこしてるっしょ。腹がねじれそうなってか)

(えっ)

(だって、どっちかの肘を逆の膝に付けてっしょ。糞詰まりに効くっすか)

(あれは、便所に座っている人ではないですよ)

(けど、便所のCMに使ってたっす。CMってテレビでする広告のことっすけど)

(あっ、ありましたわ。確かに)

(まぁ、夢さままで)

(いえ、私は考える人がお手洗いに座っているCMがあったということで)

(まぁ、夢さま、本当に、こちら変わってますわ。たった今、玄関を入りましたのに、また扉が三つも)

(ええ。なんだか悪い夢でも見ているようでございましょう。慣れるまでは、なんとも)

(へへっ、面白いっす。どのドア、え〜と、ロバートおじさんに言われる前に、扉のことっすよ、でどの扉を開けたら入れるかなんてクイズみたいっす。一つだけ本物で後は開けても壁で、ガ〜ンってぶつかるっすか)

(quizとは謎という意味ですな。しかし、皆さん、こういうのを扉と呼ぶのですかな。引き戸ではないですかな)

(引き戸が三つ、泥棒除けにはいいアイデアですね)

(ideaとは、考え方という意味ですな)

(いやぁ、欲張りな泥棒なら、三カ所盗めると思うかもしれませんよ)

(ユリが泥棒だったら、ここであきらめるかも、うううん、全部開けて楽しみます)

(ユリちゃんって、泥棒にもなってみたいのかい)

(虎ちゃん、そんなわけないでしょ)

(面白いですね。外の扉は西洋流の開け方で、中の三つは引き戸で、和風)

(いや、虎之介殿、外の扉は西洋流ではござらぬ。西洋流は外には開かず、内に開くもので)

(えっ、違うっすか)

(たぶんに、日本は内から外に開く、欧米では外から内に開くという、視点、いや、我輩がそう考えるに至ったのは後のことで、最初は不思議でならなかったのですがな。もしや、日本の大工が、逆に取り付けたのではとも思ったり、内開きにすると、狭い日本の家屋が余計に狭くなるからだろうなどと思っておりましたがな)

(ユリ、こういう引き戸、好きです。懐かしいです。で、どの引き戸が正解なのかしら)

(どれも正解ですの。家に入るには中央の、左側は、以前は健さんのお父様が陶芸を、愛が英語教室を開いてまして、右側は、健さんがスタジオ、健さんのお母様がカラオケをなさってらした防音室なんですよ。左右の扉の中は靴のまま入れて)

(あっ、で、ほら、真ん中の部屋は中で靴を脱ぐんですね。あら、でも、上がりかまちが低いです)

(まぁ、これでは、わたくしなど、そのまま靴で上がりそうですわ、ねぇロバートさん)

(ですな。しかし、我輩もカテリーヌさんも、今は泥だらけの靴をはいているわけでもないですしな)

(健さんが設計をなさった頃、もうご両親が六十の半ばを過ぎてらして、それで、将来車椅子でも入れるようにと、段差がほとんど無いんです。いいでしょう。パーキンソンになってからは、こういう造りがうらやましかったものですわ。足を上げるのが大変でしたもの)

「先にマックを洗ってあっちに入れてくるわ」

「うん、ティファールで沸かすけど、あなた何飲む」

「紅茶」

「じゃぁ、ポットにするわ。アールグレーでいい」

「ダージリンかセイロンがいい」

「じゃぁ、ダージリンね」

(えーと、potは急須です。ティファールは我輩にはわかりませぬ。あとのは紅茶の種類ですな。おおおっ、我輩はマック君と共に去ります)

(ロバートさん、望に移れば、こちらに戻って来られますわ)

(了解)

(こちらはお台所なのですね。ため息青年の所でも、あの、わたくしとお話できた琴音ちゃんのお宅でも、お泊まりしたびわちゃんのお宅でも、こんなにお台所広くなかったですわ。わたくしの住んでいた所も。あらっ、でも、わたくしの両親の家の台所はここより広かったですわ。料理人が二人おりましたし)

(カテリーヌさんは良いお暮らしでしたのね)

(いえ、たいして)

(ユリの家もたいしたことなかったけど、でも女中さんも婆やもいて、でも、こんなにお台所広くなかったです。それに、お台所ってもっと暗くて、板の間なのは一緒でも、半分土間でしたし。お花屋さんの、ほら、え〜と彩香ちゃん家も狭かったし、こちらほんと、広いんですね)

(でも愛が結婚した時ですから、もう三十年近く経ってますわ。途中で替えたのは、冷蔵庫とガス台ぐらいかしら、あ、レンジもね。レンジは替えたというよりも、愛が結婚した頃はまだレンジは高くて、ガスオーブンを使っていたのじゃなかったかしら。愛が使い始めて、やっぱり便利だからと、私の所でも買ったんですよ。あら、レンジってお判りかしら、あそこにあるのがレンジ、電子レンジなんです)

(あのぉ、おやぶんっておっしゃったのもユリ判らないです)

(おやぶん...おほほ、オーブンです。火力で焼くんですよ)

(火力って、七輪も竃もガス台も同じではないかしら、あっ、ユリ、ガス台も、あちらの世にいた時には知りませんでしたし)

(オーブンって、もしかして、箱の中で暖めるものかしら。でしたら、仏蘭西にはございましたわ。薪でした)

(電子レンジはもっとすごいんですよ。あっという間に暖まるんです。理屈はよくわからないんですが、世の中どんどん便利になって。オーブンも火は見えないのに火力らしくて、レンジなど、何も見えないのに、暖まるんですもの。魔法の機械みたいです)

(こちらは、あら、冷蔵庫の脇、ここは判ります。うわぁ、ユリ嬉しい。お野菜はほとんど判ります。人参、じゃがいも、玉葱。ここの棚にあるのは何でしょう)

(あっ、それ、ストックです)

(すとっくって何でしょう。こういうものをすとっくって呼ぶのでしょうか)

(え〜と、ストックって、あら、ロバートさんやご隠居さんがいらっしゃらないと、困りましたわ。どう申しましょう。余分に買っておくんです。足りなくなった時に買いに行かなくてもすぐ使えるように)

(保存しておくんですか。お漬け物や切り干し大根みたいな)

(一寸、いえ、かなり違うかしら。予備、え〜と、買い置きって言うのかしら)

(へぇ〜。こういうのが無いと困るんですか。他のものじゃ代用できないんですか)

(そうですねぇ、一寸最初から作るのは難しいかしら。マヨネーズは作れても、ケチャップやツナ缶やお砂糖やお塩やお醤油はねぇ)

(何だかわからないものばっかりです。ユリが判ったのはお砂糖とお塩とお醤油だけ。あっ、これも判ります。味噌って書いてあります。あら、缶詰も結構わかります。秋刀魚、鯖、大豆まである。大豆なんてそのまま置いといても大丈夫なのに。お米の缶詰めもあるのかしら)

(お米は、缶詰めではないのですが、ほら、その上の段にございますわ)

(ええっ、これって、お米じゃなくてご飯みたいです)

(ユリさん、それさっきのお店でも売ってましたわ)

(それね、案外美味しいんですよ。レンジでちょっと暖めると炊きたての味になるんです)

(へぇ〜)

(どうしてこちら、こんなに両壁の間が広いのかしら。あっ、卓袱台を置けばいいんですね)

(卓袱台、便利でしたわね。でもこのお宅にはたしか無かったと思います)

(まぁ、それではどこでお食事なさるのでしょう)


お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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