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第七話 セミテリオから犬にも乗って その二十三


(うわぁ、ユリちゃん何その格好)

(虎ちゃんには言われたくないですっ。さっきは時間が無かったから何も言わなかったけど、虎ちゃんの格好って、すっごく貧乏人)

(あああっ、貧乏人って、それ、見下してるの)

(だって、貧乏じゃ可哀想じゃない。可哀想だと恵みたくなるじゃない。恵むってことは見下してるってことでしょ)

(そんなことはないと思うけれど。貧乏であるということは、何らかの事情、状況であって、貧乏している人に全責任があるわけでもないし)

(そんなことどうでもいいの。ともかく、虎ちゃんの格好は、とっても貧乏人なの。どんな格好になるかこちらの世界だったら自分で決められるんだから、何もそんな穴の開いたおズボンや薄汚れた上着じゃなくったっていいじゃない。やっぱり虎ちゃん、昔の高校生って汚い格好が好きなんだわ。嫌ぁね)

(え〜と、その汚い格好の高校生というのは、僕の頃にはもうあまりいなくて。そりゃぁ風呂に入れないとか着替える服がないとかってのはあったけれど、汚い格好だと配属将校に睨まれましたし。それにね、この格好、さっき電車に乗っていた時にいた青年の格好で、汚くみえるかもしれないけれど、あの青年風呂上がりみたいないい臭いしてたし)

(そうそう、ここのお店、男性化粧品って棚もあったの。ユリ驚いちゃった。歌舞伎役者さんもいらっしゃるのかしら)

(あっ、それ、普通の男の方が使うんですよ)

(へぇ〜っ)

(うっす。俺、中学だったから、汗止めも使ってなかったっすけど、ちょっと不良っぽいのとか、使ってたっす)

(えええっ、中学生でもお化粧するのぉ)

(うっす。女子なんか、小学校からしてる子もいたっす。学校じゃ叱られるから、放課後とか土日とか)

(えええっ。夢さん、もしかして、望さんもそうなんでしょうか)

(いえ、望は、ほら、動物のお医者さんですから、お化粧もほとんどしないで)

(それよりさぁ、ユリちゃん、その格好なんとかならないかい)

(だからぁ、虎ちゃんには言われたくないって言ったでしょ)

(だから、僕のは、さっきの電車の青年のだって)

(ユリのだって、お店の中の大きなご本の表紙のですっ。カテリーヌさんのもそうなのに、どうしてユリばっかり言われるの。わかったぁ、虎ちゃん、カテリーヌさんには何も言えないんでしょ)

(そんなことないよ。ただ、カテリーヌさんのはなんていうか、品がある)

(ユリのは品が無いってこと)

(うん、まぁ、何て言うか、そのぉ、ご隠居さん、ロバートさん、武蔵君、何とか言ってくださいよぉ)

(俺は、虎之介お兄ちゃんのはかっこいいと思うっすよ。カテリーヌおばさんのもかっこいいし、ユリおばさんのもかっこいいっす。けど、ユリおばさんのは、ちょっと何て言ったらいいっすか。おばさんがするかっこじゃないと思うっす。もっとどっちかって言うと、高校生っていうか)

(武蔵君、つまり、ユリの格好は若作りし過ぎってことなの)

(うっす)

(ご隠居さん、そうなんですか)

(いや、僕は若い子の服装には詳しくなくて。ただ、どうも目のやりばに困るお姿ですねぇ)

(我輩も同様。特にマック君の背中から見上げると、いやはやあたふたおたおたものですな)

(それに、ユリおばさんけばいっす)

(けばいって、もしかしてお化けってこと)

(じゃなくて、え〜と、派手ってのか)

(だって、これ、全部さっきのお店の大きな本のなのに)

(ユリさん、たぶん別の本になさればよかったのですわ)

(今更、じゃぁ、う〜んと...これならいいかしら)

(それ、どこかで見たような)

(ユリさん、それはそれで困ります。見た目でカテリーヌさんと区別がつきません)

(あら、ユリさん、わたくしの真似ですか)

(だって、今更、どなたをお手本にしたらよいのかわかりません。じゃぁ、これは)

(おほほ、おやめになって。今度は私が困りますわ。あちらの世の望なのかこちらの世のユリさんか、一瞬わけがわからなくなりそうです)

(んもうっ。ユリ、やっぱりお着物の方がいいですっ、着物に戻りますっ)

(うん、そうだね)

(で、虎ちゃんは、なんとかならないの)

(僕のは恰好いいらしいし、ねっ、武蔵君)

(うっす)

(お二人とも、家に着けば望の雑誌がありますし、それに、テレビでご覧になった方をお手本になされば。もしかしたら、家までの間で同じお年頃の方にお目にかかるかもしれませんし)

(えっ、ってことは、夢さんには僕の恰好もだめですか)

(いえ、そういう恰好の方、最近多いですものねぇ。でも、はい、ええ、何と申しましょうか。ちょっと。でも、私が口を出すことでもないですわね、ごめんなさいね)

(ユリ、口出しますっ。その穴だらけのズボンの裾ぐらいなんとかならないかしら)

(あっ、これ、ズボンと離れているから、ズボンの裾じゃないらしいんだ。なんだか、細巻きのゲートルがぼろぼろになってゆるんだみたいで、一寸気持ち悪い)

(じゃぁ気力で外せばいいじゃない)

(それ、ミサンガっしょ)

(みたいですわね。願掛けして、願いがかなったら切れるんですって。その間、お風呂に入る時にも寝る時にも付けっぱなしで。汚らしいでしょう。サッカーが流行出した頃からブラジルの風習が日本でも広まったらしくて、望が小学生の頃から高校生ぐらいまでつけてましたわ。手首にでしたけれど)

(えっ、それじゃぁ外すのはよくないですね)

(虎ちゃん何か願掛けしたわけじゃないでしょ。真似た人がそうしてただけでしょ)

(でも、なんとなく、僕が外すと、僕が真似した青年の願掛けがだめになるような)

(ははは、かもしれませんな。我輩には奴隷の脚輪を想起させますが)

(奴隷っすか。怖っ)

(ユリ、もっと口出します。その虎ちゃんの髪の毛、それも何とかならないのっ。そんな異人さんみたいなってより、ほとんど老人みたいなの、嫌ですっ)

(だってさっきの青年、こんなだったし。僕も、本当のことを言うと、最初はね、お年寄りの乞食だと思ったわけ。でも、顔見たら若いし、こういうのが今風なんだと。それに、ユリちゃんだって、その髪の毛カテリーヌさんと同じだし)

(このくらいならいいでしょ。それにカテリーヌさんと同じじゃ変だってなら、カテリーヌさんに悪いじゃないですか)

(だって普通じゃないもの。虎ちゃんの元の毛は黒でしょ、黒とその銀色じゃ違い過ぎる。ユリの元の黒と今の茶色だったら近いし、それにユリ、さっきの大きな本の真似しただけだもん、いいでしょ、服は元に戻したんだからっ)

(それなら、僕だって真似しただけです)

(まぁまぁ)

(あら、夢さん、ごめんなさい。でももう一つユリ、虎ちゃんに言いたい事あるの)

(まだあるのかい)

(はい、まだあります。足首のは願掛けの紐なんですよね。けど、その両耳から下がった白っぽい紐、それ何ですか、汚らしい)

(えっ、これ、実は僕もわからなくて、でもあの青年がこうだったから)

(あっ、それ、もしかしてアイポッド、うらやましいっす。胸ポケットに本体が入ってるっしょ)

(えっ、何も入ってないよ)

(なんだ、かっこだけっすか、かっこ悪っ)

(えっ、だって僕、外見を真似ただけだから、それにアイポッドって何)

(あれ、俺、この前説明したっしょ)

(我輩も訳した覚えがござる。我の壷でしたか、目の壷でしたか)

(それはMDを聴く為のものではないでしょうか。僕がこちらに来た頃に流行っていて、僕は最初皆が聴診器をあてていると思ったもののようですが)

(MDとは、Medical Doctor、医学博士のことですな。おう、偏屈爺さんのような、おっと夢さん、失敬)

(いえ、ロバートさん、MDとは、あれ、何の略だったか、医学博士ではなく、音楽を採れるこのくらいの正方形の薄い)

(あっ、ございましたわね。テープより薄くて小さくてもっと入るとか。一度愛が持って来て聞かせてくれたことございますわ)

(MDって、それって俺が小学生になった頃までのことっす。今はアイポッド、つまり、音楽をいれておけるんだけど。だから虎お兄ちゃんが持ってると思ったのに。MDよりもっと小ちゃくてもっとたくさん入るっす)

(服の中までは真似できないですからねぇ、武蔵君)

(じゃぁその紐、外しなさいよ。ついでに髪の毛の色も変えてよ)

(なんだかユリちゃん、最近厳しくなったね。セミテリオで話し始めた頃は、もっとおしとやかに見えたのに)

(今のあちらの世の女の人見ていると好きな仕事できるんだなって、うううん、違う、セミテリオでみなさまとお話していると、もっと何でも話していいんだって、きっと今のユリが本当のユリなのよ。あちらの世にいた時のユリはまだ世界を知らなかったんですもの)

(虎さんとユリさん、お似合いに見えますわ)

(えええっ、いやだわ。こんな襤褸来た銀色頭なんて)

(僕だってそんな茶色い頭、気味悪い)

(お墓も近いことですし、いっそのことお式をあげては)

(お式って、結婚式っすか、無理っしょ、葬式っすか、二度目の)

(仏式でよろしければ、僕、一応寺で育ちましたし、何でしたら弟や父を無理矢理起こしましょうか)

(ご隠居さん、冗談はよしてください)

(いやぁ、冗談でもないんですよ。世界のあちらこちらに、死者同士を結婚させるという風習があるんですよ。独身のままこちらの世に来た者が可哀想だからとね)

(じゃぁ、俺も相手探さなきゃ行けないっすか)

(あら、では家のロビンにも)

(我輩もですかな)

(セミテリオで集団お見合い、集団結婚式ですか)

(たぶん、セミテリオの中には、僕の父や兄の僧侶もですが、他にも、神主や神父や牧師、他の宗教の方もいらっしゃるかもしれませんよ)




お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。

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