第七話 セミテリオから犬にも乗って その二十
(やっぱり賭博なんですね)
(まぁ、賭博といえば賭博なんでしょうね。僕も、実は入ったことなくて)
(え〜と、私もなんですよ。ここにいらっしゃる方、どなたも入った事もないし、ご存知ないってことかしら。息子は学生時代一時夢中になってましたが今はもうやめましたし。でも、私、どういうものかは存じておりますわ)
(僕も、まぁそれなりに)
(ご隠居さま、夢さま、教えてくださいな)
(コリントゲームはご存知かしら)
(あぁ、なるほど、夢さん似てますね)
(あっ、僕、従兄弟の家で遊んだことありますよ。そうそう、こどものパチンコだって従兄が言ってました)
(あのぉ、わたくし、それも存じませんわ。どこの言葉かしら)
(ゲームとは遊技のことでござるが、そのコリントというものは存じませぬな)
(俺も知らないっす)
(コリントゲームは、こう、ちょっと斜めに置いた平らな板に釘を打って、小さな球を小さな棒でつついて、どこの穴に入ったかで点が決まって、その得点を争うゲーム、遊技なのですけれど)
(それって、もしかしてbillardのことかしら。でも、あれは、球に数字が書いてありますわ)
(おっ、もしやbagatelleのことですかな)
(ほうっ、コリントとは似ても似つかぬ名前ですねぇ、フランス語でも英語でもなさそうですねぇ。すると、コリントとは何語なのでしょうか)
(聖書の中にコリントって出てきたような記憶がございますわ)
(まぁ、夢さま聖書をお読みになるってことはカトリックですの、それともプロテスタントですか)
(いえどちらでもなくて、ただ、女学校で読まされてましたので)
(聖書に出て来るコリント、それは、たぶんCorinthiansのことですな)
(コリンチャンズってどっかで聞いたことあっすよ。サッカーチームの名前っしょ)
(僕思うんですが、だんだんコリントゲームの話では無くなってきてますよ)
(そもそもパチンコ屋とは何かということでしたしね。けれど、いつものことですし、それに気の僕達、時間はいくらでもありますしね)
(いえ、今日は、コンビニが近づいておりますし)
(では元に戻して、bagatelleでしたら我輩も一応理解できますな)
(ユリさん、お分かりになりますかしら)
(全然わかりません。でもユリ、食べ物の方が興味あります)
(え〜と、それじゃぁ、もっと簡単に。要するに、コリントゲームもパチンコも、そのフランスのともアメリカのとも似ておりまして、つまり、平らな板を横に寝かすのがコリントゲーム、縦に置くのがパチンコでして、釘が打ってあって、球がまっすぐには転がらないようになってまして、それで入った穴で得点が決まるというものなんですよ)
(そうそう、そうです。で、コリントゲームはご家庭でも遊べますし、駄菓子屋さんみたいな所にも置いてありましたわね。ですからこども向け。で、パチンコ屋さんってのは、大人がお金を出して遊んで、駄菓子屋さんでもパチンコ屋さんでも、出た得点で景品が違っていて、というものなんですよ。息子が夢中になっていた時には主人がしょっちゅう怒ってましたわ。馬鹿なことに金使ってって)
(馬鹿なことってことだけ、ユリ分かりました)
(ゲームなんてそんなもんっしょっ)
(武蔵君、そこまで冷めてるのかい)
(冷めてるってか、だって、ゲームってみんなそんなもんっしょっ。プレステでもゲームボーイでも。ちょっと夢中になっても、なんだか後で、何してたんだ、あんな小さな画面の中のことで馬鹿みたいって)
(おほほ、武蔵さん、たぶんどなたもお分かりになりませんわよ)
(僕は名前ぐらいは耳にした事ありますよ。ゲームボーイはたしか瑞樹が小学生の頃に遊んでましたな)
(瑞樹さんて、え〜と、ご隠居さまのお孫さんでしたっけ)
(いえ、孫は女の子で瑞穂、女の子と言っても、もう六十過ぎてます。で、瑞樹は曾孫です)
(ユリは、コリントもパチンコも武蔵君の言ったのも、ぜ〜んぶ分かりません。なんだかつまんない)
(おほほ、ほら、もうあそこにコンビニが見えてます。ユリさん、食べ物の方がお好きでございましょ。どなたも入ったことのないパチンコ屋さんの方ではなくて、コンビニにご一緒いたしましょう)
(はい、夢さま、ありがとうございます。ユリ、とっても楽しみです。食べられなくても、どんなお菓子があるのか、たぁくさん見たいです)
(あっ、頂いてもね、昔のほど甘くないんですよ。昔のお菓子は色も鮮やかでとっても甘かったでしょう)
(はい。真っ赤だったり鮮やかな緑だったり、真っ青だったり。駄菓子は、母がいい顔しないものですから、時々婆やがこっそり渡してくれたぐらいでしたけれど)
(ユリおばさん家、婆ちゃんと一緒だったんだ。やっぱり昔はそうだったっすね。俺ん家、爺ちゃんも婆ちゃんも一緒だったから、珍しいって言われてたっす。ダチんところ、どこもほとんど一緒に住んでないから)
(婆やって、お婆さまではないのよ。もう婆やていないのかしら)
(えっ、年とってなくても、フツー婆ちゃんっているっしょ。父ちゃんの方と母ちゃんの方と二人)
(あらっ、あのぉ、そういう意味じゃなくて、え〜と、血のつながった、お父様あお母様のお母様ってのではなくて、血がつながっていなくて、若くはないんだけれどえ〜と、女中さんってのとも違って)
(ふ〜ん、血のつながってない若くはない人っすか。あっ、女の従業員さんっすか。俺ん家のうどん屋を昼だけ手伝いに来てたパートのおばさんみたいなのっすか)
(パートとは一部という意味でござる。おっ、たしか以前この話しはいたしましたな)
(うっす。パートって、ずっと毎日働くってんじゃなくって。だから、家のうどん屋だと、昼の忙しい時だけ来る人っす)
(武蔵君、それとも違うの。だって婆やはユリのお家に住んでいたもの)
(ふ〜ん、血のつながっていないお婆さんで女中でもないのにおばさん家に住んでたっすか。下宿っすか。なんかよくわかんないっす。家族でないのに一緒に住むって、なんか気持ち悪いっす)
(ほら、もうコンビニ。さぁ、みなさまよろしゅうございますかしら。え〜と、私と一緒に愛に乗るのは、ユリさん、カテリーヌさん、虎さんですわね)
(あら虎ちゃん、まだマック君に乗ってる。早く移らないと、望さんコンビニに入っちゃうわよ)
(あせらさないでください。僕、犬から人間に乗り移るのは初めてなんですから)
(ほら、がんばって、気力使って、集中して)
(精神一到何事かならざらん、ですか、なんだか授業中みたいな)
(何っすかそのまじないみたいなの)
(まじないじゃなくて、何でも念じて集中してれば出来るって意味だよ、武蔵君、いや、今はちょっと僕の邪魔しないでよ)
(うっす)
(何やってんのよ、虎ちゃん、早く移りなさいよ)
(あせってはだめ、あ、あ...あれっ)
(あらっ、虎ちゃん...)
(虎ちゃん、着替えている場合じゃないでしょ)
(いや、そんなつもりはなかったのだけど、つい、先ほど電車でみかけた人の服が気になってたので)
(うわっ、お兄ちゃん、かっこいいっす)
(えっ、そうかな、武蔵君ありがとう)
(そんなこと言っている場合じゃないでしょ、虎ちゃん、ほら、ちゃんと集中して、ほらっ)
(わかってますよ。ユリちゃんも武蔵君もちょっと黙ってて)
(だってお兄ちゃんホントキマッてっす)
(えっ、何が決まってるって。気張ってはいるけれど)
(武蔵君、お静かに)
(ユリちゃんも)
「望、私ここで待っているから、先に入って」
「えっ、あっそうか、煙草ね」
「そう。だってセミテリオ出てからずっと吸ってないんだもの」
「わかった」
「マック、静かに待っててよ」
「ワン、ワン、ワン」<行っちゃだめっ>
(おっと、僕は愛さんに乗り換えなきゃ、よいしょっ)
(まぁ、さすがご隠居さま、慣れてらっしゃる)
(ほんと。虎ちゃんに比べて素早い)
(そりゃぁね、煙草の臭いが嗅げると思えば)
(本当に素早い。さっきの虎ちゃん遅いんだもん。ユリ気が気じゃなかった)
(気の存在の私達が、気が気でなくなると、消えてしまうのかしら)
(夢さま、恐ろしいことおっしゃいます)
(心配のあまり正気でなくなるという意味でござるな)
(いやぁ、面白い観点ですね。正気でないのは、昔は脳ではなく神経に原因があるとされてましたからね。おっと、これは夢さんのご主人、あの偏屈、いや一徹爺さんの専門でしたね)
(ユリが気が気でなくなると正気でなくなる、ってことは、気のユリは、いえ、こちらの世界のみなさまは、いつも正気、正しい気のありかた、ってことかしら、嬉しい)
(マック君と一緒の我輩は、このまま外。おっと、愛さんが中に入る時外におられる望さんもお吸いになれば、我輩は得ですな)
(その時には僕はまた望さんに戻りましょう)
(あら、残念ですわ。望は吸わないのですよ)
(そりゃ残念。望さんの方がお若いから吸いそうなものですが)
(ですわねぇ。私も愛が吸い始めた頃は驚きましたわ。大学行くようになって吸い始めて。主人など女が吸うなんてはしたないと怒ってましたが、愛が無視しておりましたしね。家は私以外みんな吸うんですよ。家の中がもくもく)
「ワン、ワン、ワン」<早く戻ってきてっ>
(お医者さんなのに今時珍しい。いや、僕も医者で吸います、吸いましたが)
(人の愚痴を聞いてばかりで、吸わずにやってられるか、でした。最近医療機関が禁煙にうるさくなりましたでしょ。もう退職しておりましたからよかったものの、でも、それもあって自分が病気でも医者にもかからず)
(医者の不養生と言いますしね)
(ええ、煙草が吸えないということ以上に、他のお医者さまを信用しない人でしたから)
お読み頂きありがとうございました。
霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来年来週水曜日に再会いたしませう。
末尾ながら、よいお年をお迎えくださいませ。