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第七話 セミテリオから犬にも乗って その十八

(なんだか、それってあんまりじゃないかしら。セミテリオから川口まで乗せて頂いたのに)

(いやぁ、ユリちゃん、きちんとお礼は申すつもりでおります)

(あらぁ、虎ちゃん、それってもしかして虎ちゃん、マック君とお話できるって思ってるってこと)

(いやぁ、そういう訳じゃなくて、ほら、犬にはお座りとかお預けとか命令出すのは普通ですよ。それくらいのことなら犬を飼っていれば話すというか通じていると思いますよ。芸を教えるっての)

(虎之介さんは、人間は犬より賢いと思ってらっしゃいますのね。忠犬ハチ公も賢かったでしょ)

(確かに賢い犬だったそうですね。けれど、人間は万物の霊長、ですから霊長類と呼ぶ訳で、ご隠居さん、そうですよね)

(う〜ん、些か引っかかるものを感じております。霊長類という言葉はあまりにも大げさなと言うか、寺に育った身としては、どことなく人間の驕り高ぶりを感じる言葉でしてね)

(私、小学校から帰る途中で忠犬ハチ公をよくみかけましたのよ。頭を撫でたことも何度か)

(あの頃有名でしたね。新聞にも紹介されて)

(僕も記事は読みましたよ。確かに賢いのかもしれませんが、それくらい飼い犬ですし、確か飼い主が帝大教授でしたね。主人が賢こきゃ飼い犬も)

(なんだか、虎之介さんに、主人と共通するものを感じてしまいますわ。一高、帝大コースですとそうなるのかしら)

(コースとは道程ということなり。歩む道と申しましょうか)

(へぇっ、コースってのも昔は使わなかったっすか)

(ええ、ロバートさんに教えて頂かなかったら、ユリわかりませんでした)

(へぇ〜)

(虎さん、若いと世間が狭いですからね、それに帝大目指した一高ですと、どうしても大日本帝国一の秀才集団という誇りもあったでしょうしね、けれど、自分の知らない世界がたくさんあると思った方が世間が広くなりますよ)

(主人は、自分の知らないことはこの世の中に無いと豪語しておりましたもの。私の病気でも、愛が新しい学説や発見を新聞やインターネットで調べて持ってきても、戯言と申しておりましたし、教え子から新しい治療法が書かれた専門誌を届けられても鼻も引っかけませんでしたのよ。自分の女房の治療ぐらい痩せても枯れても医者なのだからできるって。精神科の専門領域ではなかったのですが、長年連れ添った主人に言われますとね。ましてやもう自力で他のお医者さまのところには参れませんでしたし)

(インターネットとは、以前ご紹介いたしました、機械で世界中と繋がれる方法ですよ。ロバートさんも既にご存知でしょうけれど、さてこの日本語はあるのかどうか。みなさまお判りになりますか)

(はい、何となく。あのお花屋さんで彩香ちゃんのお父様がお使いになってらした機械でできること、ですわね)

(警察で僕が目にした機械だということは分かるのですが、あれをどう使えば世界中と繋がれるのかはまだ僕には理解できません)

(そうそう、そうやってまだ知らないことを知らないと認められることが、傲慢不遜にならない方法ですよ、虎さん)

(ネットのことっしょ。俺、学校でも家でも使ってたっす。でも、どうやって繋げるかは知ってるっすけど、どうして繋がるかは判んないっす。そんなのどうでもいいっす)

(インターネットがネットになるのですな。またしても日本語お得意の短縮化、あはは。ネットは網、うむ)

(それを使うと、仏蘭西のことも分かるのかしら。わたくし、ちょっと興味ございます)

(残念な事にね、カテリーヌさん、僕達、打てませんからね)

(打つってどういうことでしょう)

(使うには何を調べるかを機械に教えなければならず、その為には機械の文字盤に触れなければならず、気の我ら、触れることができませんからね)

(残念です)

「どうする。キュポ・ラ寄る」

「いいわ。またマックをケージに入れなきゃならないし」

(今、きゅぽらっておっしゃいましたわ。もしかして先ほどお話してらした川口のキューポラですかしら。バチカンの天井みたいな。見てみたいですわ)

(カテリーヌさん、キューポラではなくてキュポ・ラ。ほらそこの建物。商業施設の名前ですのよ)

(おっ。これはこれは。世間は広げるものですね、ご隠居さん。浦和にいた従兄弟を訪ねて何度か川口を通過したことはありましたが、あの頃の川口とはこれまた何という違い。これでは東京市、いや今は東京都と大して変わらないじゃないですか。あの小さな工場が立ち並ぶ錆び付いた色の街並だった川口が、これですか。いやはや)

(我輩は逆に昔の川口を存じませぬのでな、昨今、どなたに乗って何処に行こうと東京近辺は同じ様な街並ですからな、驚きもいたしませぬが。今回は夢さんに楽させてもらいました)

(まぁ、どうしてでしょう)

(僕、あちこちひょいひょい出歩きますが、子、孫、曾孫の所には気力で行かれても、他の所はね、そちら方面に行かれる方を探して地下鉄やJRを乗り継ぎますのでね、結構たいへんなんですよ。うっかり予想が外れて乗り移る方を間違えたりしたら、とんでもない遠回りになりますからね。今日は、一緒に乗せて頂けて、乗り換えの心配も無く)

(おほほ。私も、まだほとんど愛と望にしか乗れなくて)

(そうですか。まだ夢さんもマック君には乗られたことないんですね)

(ええ、まだ。でも乗りたくなって参りました。その内)

「ワン」<えっ>

(ロバートおじさん、俺の住んでた所来たら、こんなじゃないっす。もっと田舎。田んぼも畑もあるし、一番高いのは、五階建て。俺が生まれた頃に建ったって。町で初めて二階より高い建物だったから、消防自動車のはしごが届かないって慌てたんだって、消防団に入ってる父ちゃんが言ってたっす)

(英語のお教室のあった建物より大きいです。東京じゃないのに、こんなに大きくて高いなんて。どなたがお使いになるのかしら。そんなにたくさんお住まいになってらっしゃるのかしら)

(都心は最近ドーナツ化で人口減少してますからね。ほらドーナツ、真ん中に穴が開いている揚げ菓子ですよ。つまり、都心は人口が減って、埼玉千葉神奈川等周辺地域が住宅地になって人口が増えてといった。しかし、ドーナツをご存知ない方にはどう説明しましょう)

(たしか以前我輩も説明に苦労いたしましたが。同心円で中央の小さい円は何もなく)

(僕は理解できますが)

(ユリ判りません)

(わたくしも)

(ドーナツはご覧になればすぐにお判りになりますのに。愛か望が買えばいいのに。でもキュポ・ラの中にはミスタードーナツ無いし、一寸逆方向ですし)

(へぇ〜、ドーナツもみんな知らないっすか)

(我輩にもそのミスタードーナツが判らぬのだが)

(あら、ロバートさんでもご存知ないのでしょうか。マクドナルドがハンバーガー、ケンタッキーがフライドチキン、ミスタードーナツがドーナツ、ピザーラがピザ、ドトールがコーヒー、みんなファーストフードですわ)

(ファーストとは第一の、フードとは食物のことですな)

(あはは)

(英語が多数交じっていることは僕にも判りますが)

(仏蘭西語はほとんど無いようですわね、珈琲だけは判りましたわ)

(ユリもちんぷんかんぷん。でもいくつか、前に耳にした言葉のような、どれかしら)

(僕も)

(へぇ〜。マックもケンタもミスドも判んないっすか)

(え〜と、我輩、マクドナルドとケンタッキーは入ったことございますな。勿論、我輩が一人でというわけではなく、乗ってですがな。それと、マクドナルドの由来に関しましては、以前みなさまにお話いたした覚えがございますが。ピザに関しては、ユリさんが覚えてらっしゃらぬか。花屋の食事風景で語られていたように記憶いたしておりますが、いかがかな。そうそう、マクドナルドはカテリーヌさんが事故に遭われる時に行かれる途中だったと)

(あっ、わたくし思い出しました、マクドとかマックとかおっしゃっていて、そう、そこに向かう途中で。あら、事故に遭われたのはわたくしではなくて。ええ、でもあの時、あそこでユリさまとお別れしてしまいました。ユリさま、遅ればせながら、御免遊ばせ)

(カテリーヌさま、あの時にも謝って頂きましたもの。ユリこそ、あの時夢さまに助けられてセミテリオに帰って来られましたのよ。夢さまその折はありがとうございました)

(あらあら、そんな昔の事。ドトールも逆ね。マックもケンタッキーも逆方向ですし、ピザーラは遠いし。せっかくですのに。みなさまにお店をご覧になっていただければ、百聞は一見に如かずですのに、残念ですわ。要するに、さっと作られさっと頂けるお食事を売っているお店ですのよ)

(おっ、さっと作られる、ファーストとはfirstではなくfastとういことですな、ふむふむ。ちなみにカテリーヌさん、さっと、はオノマトペですな)

「さてと、歩くか。せっかくマックをケージから出したんだし。雨も止んだみたいだからのんびり歩いて」

「えっ、歩くの。バス乗ろうよぉ。もうセミテリオで歩いたのに」

「私より若いくせに。何言ってるの。大した距離じゃないでしょ。どうせマックを半分洗わなきゃならないくらい脚もお腹の方の毛も汚れているしね。ケージも結構泥付いちゃったし。ついでだからコンビニ寄って裏道通ろう」



お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。

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