第七話 セミテリオから犬にも乗って その十七
(あっ、それだったら俺知ってっす。あの頃から高校生のスカートが短くなってたっしょ。で、中学でも、女子がウエストの所をくるくる巻いて短くしてって。姉ちゃんもちょっと真似してたっす。行きと帰りは短くして、学校にいる間だけ、先生の目が厳しいから膝までの長さにするっしょ。逆に俺たち男子は、腰ばき。行きと帰りは制服のズボンをずりおろして、校内だけきちっとウエストにあわせてっての)
(ウエストとは腰回りのことですな、西もウエストではござるが)
(ロバートさん、ありがとうございます)
(あっ、あれ、私、一度ああいう恰好している中高生に訊いて見たかったのですよ。あんなにズボンをおろしてはいて脱げちゃわないのかしら、引きずって歩いてズボンの裾が汚れないのかしら、すり切れないのかしらって)
(あはっ、そんなの気にしてないっす。ああいうはき方してる奴らは、そんなこと気にしてなかったと思うっす。あっ、俺はほとんどしなかったから。だって、俺この体型だから、腰履きするとほんと脱げそうで落ち着かなくて)
(落ち着かないって方が、私には理解できましてよ)
(流行は繰り返すのですわねぇ。その度に服を買う訳ですわね。やはり、ユリさまのように、いえ、ユリさまの頃、そして私が日本に参りました頃のように、日本のお召し物の方が、便利ですわね)
(高いものなんですよ)
(そう、高いの。でも、代々引き継いでいけます。あらっ、ユリの母のとユリのお着物、どうしたのかしら)
(私のはね、母のも、戦後、食糧に換えましたわ。悔しくて、でも、着るものより食べるものでしたもの)
(皆さんそうでしたよ。あの頃の東京に住んでいた者はね。ハナなど嬉々として売ってましたね。昨日は馬鈴薯、今日はお米、明後日はどれを持っていって、何に替わるかしら、なんてね。あの頃のハナは生き生きとしてましたっけ)
(ユリと母のお着物もお野菜になっちゃったのかしら)
(かもね。でもユリちゃん、こちらの世に来ても気になるのかい)
(えっ、普段は、忘れてました。でも、今、この電車の中でみなさんのお洋服を見ていると思い出してしまって。あんな柄もあったわ、そういえばこういう色使いのも、なんて。なんかほろり)
(そういうお着物を思い出して、気力でお着替えなさってはいかがかしら)
(でも、今のあちらの世の方、お着物の方ほとんどいらっしゃらないんですもの)
(そういう欲があるから天国にまだ行けないいのでしょうね、わたくし達)
(ははは、まだ当分行きたくないですな。こうやってあちらの世を見ているのは興味深いですからな)
(あらもう埼玉に入りますわ。もう直降りますよ)
(埼玉、なんか俺嬉しいっす。一応県民だったし)
(武蔵さん、分かりましてよ。私、多摩川渡る時、どちらに渡る時もほっとしてましたもの。前住んでいた東京、今住んでいる横浜、でしたわ)
(これ、これって橋かしら)
(ええ、鉄橋。東京と埼玉の境になっている荒川の上を渡ってます)
(ちょっと怖いです)
(ユリちゃん、このマックの檻の中からだと見えないから分からないけれど、鉄でできている橋だから大丈夫だよ。あれっ、鉄橋って、鉄で出来ているからでしょうか、それとも鉄道の橋だから鉄橋と呼ぶのでしょうか)
(そういえばそうですね。震災復興で永代橋や聖橋は鉄の入った石橋になりましたが、どちらも鉄橋とか石橋とは呼びませんしね)
(えっ、どっちでもいいです。どっちでも、何か怖いです)
(大丈夫だって、ユリちゃん。もう僕達、これ以上死なないんだから)
(死ぬから、死にそうになるから怖いってわけじゃないでしょ。死にそうになくたって怖いものは怖いんですっ)
(ふ〜ん)
(今日はまだ怖くない方ですわ。上流で雨が降った翌日水嵩が増すと、鉄橋の下すぐに水面がある時は、怖いものですよ)
(えっ、俺だったら、その方が水面が近くなって、怖くなくなるっす)
(まぁ)
(うわっ、この話やめるっす。俺、馬鹿なこと思い出したっす)
(えっ)
(だから、俺がこっちに来ちゃった元っす)
(えっ)
(もういいっす、まだ恥ずかしくて話せないっすから)
「マック、もう着くからね、駅出たら出してあげるね」
「ワン」
「マック、もしかして誰か乗ってる」
「ワン」<うっうっうんうん>
(あら、今何か聞こえませんでした)
(えっ、ワンってお返事してましたよね)
(ああ、マックはね、結構分かってます。それに、望は色んな動物とかなり心で会話できるみたいで。愛もそうなのですが、望の方がすごくてね。私も自分で少しはそうかもしれないと思っておりましたのよ。子、孫と段々それが強くなっているみたいです。自分が気の立場になってからは、あちらの世にいた時よりも動物の言葉がより分かっているように感じております)
(ほんとっすか。それって、やっぱドリトル先生じゃないっすか)
(でも、さっきドリトル先生って物語だっておっしゃってましたわねぇ)
(絵空事だと思われますかしら)
(信じられないですね)
(虎之介さんは、ご自分で目にしたものしか信じられないでしょうか)
(そんなこともない、とは思うのですが)
(いやぁ、虎さんを分からないでもないですよ。何しろ僕の場合は、文科の虎さん以上にしっかり理科の医者でしたからね、あちらの世にいた時には死後などあるわけないと思ってましたが、実際自分が気の存在になってから驚き桃の木山椒の木、びっくり仰天、動転境地、驚天動地。でも今じゃぁ気の存在を受け入れて充分楽しんでますから、わからないものです、というわけでわからないでもないですよ)
(ご隠居さまは柔軟ですもの。それに比べて家の主人は、気の存在になってもう一年、こんなことはあり得ないと、まだ認められないようです。私があちらの世にいた頃も、ニーニャやマックや他の犬、その辺りにいた他の動物や昆虫と話しができると申しても、お前は馬鹿か、そんな夢のような戯言、惚けているのか、幻覚か、でしたものね)
(ユリ、動物さんたちとお話できたら楽しそうって思います)
(わたくし、ほら、あの時幼子とお話できましたでしょ。ですから、もしかしたらお話できるかもしれないって思っております)
(我輩は、日本に参って早、え〜と何年かな、こちらの世に参って早え〜と、こちらの世の方が長いのですが、うむ、貴殿方、ご淑女方々とこうして話していられるということを鑑みますと、動物との会話が不可能とまでは申しませぬが、些か納得致しかねますな。同じ人間同士ですら、流暢に会話しても相手の思考感性を理解するのは困難。ましてや互いに言葉が異なるとかなり困難でありますしな。その部分が外交の妙味と申しましょうか、以心伝心という日本語の表わしているところですな)
「さぁ、ほら、マック、出てらっしゃいよ。何ぶるぶるしてるの」
「なんか、見つめてる。目がうるうるしてる。何か訴えているみたい」
「きっとお婆ちゃんがたくさん連れてきてるんじゃないかな」
「後でしっかり聞いておいて」
「マック、ここじゃお話できないから、家に付いたらお話しようね」
「ワン」
「あら、いつもならケージから出したらもっと笑うのに」
(やっと檻から解放されましたな)
(ふぅ。この手足が伸ばせる感覚、いいですねぇ。おっと、手足を伸ばすと振り落とされかねません)
(ねぇ、今、マック君が笑うっておっしゃってましたよね)
(はい、笑いますわ)
(うっそぉ。犬が笑うっすか)
(ええ、武蔵さん、ご覧になったことないですか)
(そんなの信じられないっす。犬が笑うっすか)
(犬だけじゃなくて、どんな動物でも笑いますよ)
(いやぁ、それは僕も一寸。笑いを理解するのは人間だけではないかと)
(ご隠居さん、ご覧になればご理解いただけますわ。虎さんもご覧になれば信じられると思いますよ)
(犬が笑ったらどんな顔になるのかしら。ユリ、楽しみです)
(犬が笑うともっと可愛くなりますわよ)
「まさか、爺が付いてきてたりして。マックは爺苦手だもんね」
「まさか、あの出不精が」
(付いて来てないのに。愛も望も鈍いわねぇ)
「だって、マック、変だもの」
「もしかして、私達に悪霊が付いていたりして」
「でも、お婆ちゃん一緒だって感じるでしょ」
「うん、お婆ちゃんは私に乗っている感じしている」
「お婆ちゃんが悪霊と付き合いあると思うわけ」
「そりゃそうねぇ」
「お婆ちゃん、悪霊追い払ってくれると思わない」
「そりゃそうだわ」
(私、悪霊などとお付き合いしておりませんのに。あら、もしかしてみなさまの気が悪霊と思われているのかしら。マックに)
(えっ、おれ悪霊なんかじゃないっす)
(僕は善良な高校生だと自覚いたしてます)
(我輩、悪意は持っておりませぬ)
(わたくしも善良、善き霊のつもりでおりますわ)
(ユリだって悪霊なんてひどい、夢さま、マック君にお伝えくださいな。私達、悪霊なんかじゃありませんって)
(もしや、我輩と虎之介殿が乗っておるのがマック君の気に障るのではなかろうか)
(それじゃぁ、僕とロバートさんが悪霊みたいじゃないですか)
(虎之介殿と我輩がマック君から愛さんか望さんに乗り移れば試せますな)
(もっとお二人がマック君に近づいた時にでも乗り移りましょう。そもそも、やはり馬ではなし籠でもなし、添うても乗り心地悪いですしね)
お読み頂きありがとうございました。
霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。