第七話 セミテリオから犬にも乗って その十六
(ほらほら、そうやって物を大切にしないという癖がつく)
(お爺ちゃん、なんだか家の爺ちゃんみたいっす)
(僕はしっかり年はとってますからね。なんせ百歳)
(ひょえっ、家の爺ちゃんより年上だろうって思ってたっすけど、そんなに年上っすか)
(でもお元気でしょ)
(そりゃ僕はこうやってひょいひょい、飄々と生きて、いや死んでるんですが、こちらの世に来ても楽しんでますからね、はっは)
(お鞄もみなさん色々お持ちですのね。殿方もご婦人方も手持ちに肩掛けに、背嚢もですわね。でも風呂敷の方はいらっしゃいません。それこそお折り畳めますのに)
(背嚢って何っすか)
(リュックサックと申せば、武蔵君にはわかりますかな)
(ああ、ナップのことっすか。デイパックとかデイバッグとかあれがパなのかバなのかクなのかグなのか両方あるみたいっすけど)
(なぁるほど、興味深いですな。ベッドかベットか同様、packかbagか、ということですな。相変わらず日本人は濁音で混乱しているのですな)
(bedはドイツ語ではbettですから、ベットも間違いとは言い切れないのかもしれませんよ。もしかして、戦中に敵性語の英語をドイツ語に変えていたのかもしれません)
(あのぉ、背嚢でしたら背中に背負うのではないでしょうか。前に背負ってますわ。胸嚢、腹嚢かしら)
(背負うと後ろの方に御迷惑だとかで、前に背負う方もいらして。変ですわねぇ、でもマナーだそうですわ)
(マナーとは作法のことでござる)
(ロバートさん、ありがとうございます)
(へぇ〜、マナーって言葉もユリお姉さんの頃はなかったっすか)
(ええ)
(それにしても、殿方の少ないこと)
(この時間ですもの。別に女性専用車両でなくとも)
(えっ、何ですか、その女性専用車両って)
(あら、昔も一時ございましたでしょ。男女七歳にして席を同じうすべかざる、でしたもの。私、小学校の三年からは男女で学級が別れましたし)
(ユリ達もそうでした)
(今の女性専用列車は、そういうのと違って、痴漢被害を避ける為らしいですわ、あら、やっぱり同じかしら)
(痴漢とは何ぞや。破廉恥な悪漢のことですかな)
(そうです。混んだ電車の中で破廉恥な行為をなさる方、あら、方なんて変ですわね)
(えっ、それじゃぁ、僕もロバートさんも、武蔵君も、ご隠居さんも、ここに乗っているわけにはいかない)
(虎之介さん、ご心配なく。この車両は女性専用ではございませんし、この時間帯には女性専用はございませんし、それに、私達、他の方々から普通は見えない筈ですし)
(あっ、そうですね。ましてや僕もロバートさんも檻の中。おっ、マック君も雄ですね)
(お着物の方がいらっしゃらなくて。何か、ユリ、嫌です。ユリのお家の商いは、着物の方がいらっしゃってのものでしたし。今でもお店があるのかしら)
(ユリさんお洋服でないのでお気になさってらっしゃるのかしら。普通の方からは見えませんし)
(夢さまは、みなさまと同じような服装ですもの。お気にならないでしょ)
(私、こちらの世に来てまだ短いですし。あら、でも、この服、棺に入った時の服ではございませんのよ)
(まぁ、そうなんですか)
(ええ、棺に入る時にはこれこれを着せてくれって、ちゃんと何度も主人にもこども達にも伝えておきましたのにね、たいへんだからって着替えさせてくれなくて。ですから気の思いで毎回着替えておりますのよ。気に入っていた服を思い出して、季節毎に、いえ、外出毎に。ユリさまも、気力でお着替えなされば)
(えっ、でもどう、何に着替えたらいいのか、わからなくて。一度、幼稚園のお制服は着たことございます。あの時は、カテリーヌさまもご一緒に)
(そうでしたわねぇ、うふふ)
(カテリーヌおばさんはそのままでもいいっすよ)
(まぁ、武蔵君、どうして)
(だって、そういう服、結構流行ってっす。この時間じゃいないっすけど、夕方になったらきっと)
(夕方ですか)
(そう、夕方、学校終わったらコスプレして街に行くっての)
(コスプレって何かしら)
(我輩にも分かりませぬな。虎之介殿はいかがかな)
(いや、僕にも)
(えええっ、あれって、英語じゃないっすか)
(どういう意味なのですかな)
(ええとぉ、アニメとかぁゲームとかぁ。そういうのの真似して、なりきって、ほら、秋葉原で流行ってるメイドカフェとかもそれっす)
(ゲームは試合ですかな、メイドは女中ですかな)
(カフェは分かります。珈琲店のことですわね。アニメも前どなたかがおっしゃってましたわね。テレヴィジョンで見られる動く漫画のことですわね)
(ってことは、女中が珈琲店で試合をする、いえ、テレヴィジョンで動く漫画を見るのですかな)
(分かりました。女中さんが奉公の無い休日にお休み処で、漫画の試合を見るんでしょ。でも何の試合なのかしら。お相撲さんかしら)
(なんだか、俺、どう言っていいかわからないっす。でも全然違うっす。女中なんて今ほとんどいないし、お手伝いさんって呼ぶっしょ。それに、俺、学校終わってからって言ったっすよ。俺、説明できないっす。夢お婆ちゃんお願いします)
(あら、私もあまり存知ませんのよ。漫画みたいな格好して、遊び歩くことかしら。その人になりきったつもりで。それと、メイドカフェは、喫茶店の店員がメイド、え〜と、西洋の女中さんの、昔のではなくて、まだ現代のかしら、お金持ちのご家庭の女中さんの格好で、いらしたお客さんをご主人に見立てて、お品をお出しする喫茶店なのかしら)
(あら、珈琲店では、店員がお品をお出しするのは普通でしょ)
(いえ、ですから、なんと申しましょうか、もっと丁寧に。自分のご主人様に仕えるような)
(僕、話しには聞いたことありますよ)
(ご隠居さん、いらしたことあるんですか)
(いえ、僕の頃にはなかったですからねぇ。でも、ほら、僕はあちこちほっつき歩いていますから、いろいろ情報は入りますからね。何かいかがわしい印象でね。あっ、そのぉ、奉仕とか、仕えるとか、ご主人様とか、人類の歴史の過程でこりゃ変だ、不自然だと無くしていったものに、失われた男のあり方、階級差を形だけ求めるような、歴史に逆行するような印象にいかがわしさを感じる次第でして)
(なるほど)
(えっ、ユリ、そういうお話、分かりません)
(俺もわからないっす)
(ほら、ユリちゃん、いつも今のあちらの世界の女の人って、いろいろなものになれて羨ましいって言ってますよね)
(うん、そう、羨ましい)
(でも、今のご隠居さんの説明だと、たぶんですが、女の人が男の人と同じように生きている今のあちらの世界に、今のあちらの世界の男の人は馴染めない。昔みたいに女より男の方が偉い、男だけは何でも許されるというのが懐かしい、そういうことじゃないかな)
(そうそう、まぁ、そんなようなものです。僕が言いたかったのは、時代を逆行するような、と申しましょうか。女性を平等に扱えない男と申しましょうか。けれど、それを口に出せば反論続出ですからね、その反論に立ち向かうことはできず、これはあくまでも遊びなのだから、空想の世界で遊ぶのだからと、言い訳の逃げ道を作っておく、つまり二重に三重にいかがわしいわけですよ)
(ユリ、やっぱりあまりわかりません。でもユリ、いいなぁって思います。女の子でも色んな仕事選べるのって)
(ユリおばさんが女の子っすか)
(武蔵君っ)
(ユリさん、私達、気の者ですもの。何にでもなれますわ。どんなお服でも着られますわ)
(でも、やっぱりどういう服を着たらいいのかわかりません)
(電車に乗っている間に、ユリちゃんがなりたい服の人を選べば、それで真似すればいいだろう)
(はい。でも、みんな色々なお服で)
(昔とは違いますねぇ。でも、いつの世も、男性より女性の方が様々な服装で羨ましい限りですね)
(おっ、ユリちゃん変化自在、変貌自在)
(えっ、だから困るんです。おズボンの方もスカートの方も、上下違う方も同じ方も、スカートもおズボンもお袖も長さがまちまちでしょ。どれをどう選べばいいのか)
(ちょうど間の季節ですものね。あら、それだけ選ぶ範囲が広いでしょう)
(はい、だから困るんです。それに色や柄も入れたら、もう)
(少し前までは、流行り廃りでもっと画一的でしたのにね)
(そうなんですか。あっ、そういえば、わたくしの襟の長さも、髪型も、時代によって流行り廃りがございました)
(もう、カテリーヌさん、髪型もですか。ユリ困っちゃう)
(いつ頃でしたかしら。え〜と、あれは愛が高校の頃でしたかしら。ミニスカートが流行って)
(そうそう、そういう時代がありましたね。フランスかイギリス、おやアメリカだったかな。どこかのモデルがはいて日本に来たのでしたっけ。一気にスカート丈が短くなって。瑞穂が大学の頃でしたね。もう、四十年ぐらい前でしょうか)
(でその後しばらくしましたら今度はくるぶしくらいまでの長さになりませんでしたっけ)
(そうそう、そうでしたね。スカート丈は景気が悪いと短くなる、服の色は景気が悪いと黒くなっていく、とか言われてましたね)
(で、また、望がいくつぐらいだったかしら。割と最近、また短くなりましたでしょ)
お読み頂きありがとうございました。
霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。