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第七話 セミテリオから犬にも乗って その十三


(うわっ、電車、そういえば、地下鉄道、いえ、地下鉄に乗っているのに、うわっ、初めて乗ってるのに、ユリったらおしゃべりが楽しくて、地下鉄を楽しんでませんでした。あらっ、なのに、もう降りられるなんて、そんな、ユリ、地下鉄初乗り、実感ないです。ひどい)

(ユリさん、大丈夫ですわ。地下鉄も、今から乗る京浜東北線も中はあんまり変わらないですから。違うのは、地下鉄でしたら外が暗いから車窓に鏡みたいに人が映りますが、電車は外の景色が見えるくらい。それに私たち、こちらの世の者は、鏡には映りませんもの。ほら、ユリさん、今買っているのがマックの切符です。いえ、有料手回り品ですわね。二百七十円ですわね)

(まぁ、このことですのね、前ご隠居さんがお話なさってらした、人間は西瓜で立っち。でも、犬は西瓜じゃなくて切符なんですね。それも、人間が売ってくださるのですね。あっ、マック君は籠の中で立っちしてませんね。虎ちゃんとロバートさんも犬にお座りかしら。へぇ〜。あら、でもお高い)

(その日の内なら日本全国、国鉄、いえJRにはどこまでも乗れますのよ。人間は長距離や特急に乗れば高くなるのに。犬は赤ちゃんでも大人になっても料金一緒ですし)

(あらっ、じゃぁ人間よりお得。ところで、愛さんと望さんはどちらにお住まいなのでしょう)

(川口ですわ、埼玉の)

(荒川の向こうのですか)

(鋳物で有名な所ですね)

(キューポラの映画がありましたね)

(キューポラって何でしょう。もしかして、丸い天井のことかしら)

(バチカンや教会の建物によくあるあれですかな)

(いえ、キューポラって、鋳物の工場の屋上にある、あら、あれ何かしら、煙突かしら。あれの名前ですのよ)

(それでは、キューポラの映画とは、鋳物の工場の映画でしょう)

(いえ、あら、もうあまり覚えておりませんわ。吉永小百合が出ていたことと、愛が小学校の一年生だったかしら、夏休み中に校庭で映画会があって、その時に見せて頂いたのですが、でもこども達に見せたくらいですから、恋愛ものではなかったのかしら。団扇で扇いで蚊を追いやるのが大変だったことは覚えておりますのに)

(校庭ででっすか、体育館じゃなくて)

(武蔵さん、あの頃はまだ体育館がある小学校なんて少なくて。ゴザを持ち寄ってみんなで)

(ゴザっすか。ビニールシートじゃなくて。ゴザって聞いたことはあるっすけど、見たことないっす。どこで売ってたっすか)

(へぇ〜、ゴザってもうないの。ユリ、信じられない)

(畳も減ってきてますしね、お米屋さんはあっても農家から出す時から紙袋ですからね。昔は米屋さんの空になった俵をほどけば簡単なゴザもできましたね)

(へぇ〜。僕も信じられません。米を紙の袋で運ぶなんて、紙が破けそうで、ちょっと怖いですよ)

(ビニールだと、武蔵君、お高いのでしょう)

(うううん、百円ぐらいじゃないっすか。あちこちでもらったりすっから、家に何枚もあるっす)

(百円って高いです。それが何枚もあるって、武蔵君のところ、お金持ち)

(なことないっす。家、貧乏だとは言わないっすけど、絶対に金持ちじゃないっす。父ちゃんも母ちゃんも、いつも、きついきつい、って。仕入れが上がっても、うどんの値段そんなに簡単に上げられないって)

(あら、初めて聞きました。武蔵さんの所、うどん屋さんなのですか)

(うっす。夢お婆ちゃん。俺のいた辺りってうどんが名物っす。川口知ってるなら、もっと上の方、利根川に近い方、知らないっすか)

(利根川。あまり。荒川ですら、愛が結婚するまではほとんど存じませんでしたのよ。川と言えば多摩川でしたもの。あとは神田上水と、そう、隅田川ぐらいかしら)

(利根川知らないっすか。俺が生まれるずっと前に来た名前のある台風で決壊して大洪水になってっての。俺の中学の美術のおじいちゃん先生のお父さんがそのころ青年団にいて、流木が土手にあたると決壊するからって、大雨の中、対岸の青年団と流木を押し合ったって話してくれたっす)

(もしかして、それ、カスリン台風のことでしょうか。多摩川も大変でしたわね。あの時は)

(あら、それって、わたくしの名前と同じ台風のことですわね)

(そうそう、そうでしたね)

(おう、我輩が乗った青年と行った先で聞いたのでしたな)

(へぇ〜そうっすか。おばさんは台風の名前っすか)

(違いましてよ。わたくしの方が台風より先ですもの)

(ところで、隅田川は荒川と同じではなかったでしょうか)

(まぁそうですの)

(百円ってやっぱり、ユリ、高いと思います)

(いや、ユリさん、ほら、今の物価はユリさんの頃とは違いますから。百円で買えるものは、例えばライターとか、おっ、煙草が吸いたい)

(我輩も。吸えなくともよいから煙と香りだけでも)

(ライターが百円もするのですか。やっぱり高いです)

(いえ、ですから、ユリさん、使い捨てのライターで安くて)

(えええっ、使い捨てで百円なんて、いえ、百円もするものを使い捨てなんて)

(ユリお姉さん、今の百円って安いっす。俺のこの前までの小遣い、月三千円だったっす。それに、百均行けば、お菓子や定規や皿や雑巾や、石鹸や何でもかんでも百円っす。あっ、消費税がつくけど)

(消費税って何でしょう)

(百円のものを買うと、五円の消費税を取られる仕組みでしてね。もうかれこれ四半世紀前でしょうかね。百円につき三円を取るとして、時の総理が将来割合を上げることはないと明言したのに、十年もたたずに百円につき五円になりましてね。まったく、政府も官僚も、あちこちにいい顔したくて歳出を減らす工夫ができないものだから安易に歳入を増やすことばかり考える。お手盛りで増やした自分達の歳費や議員定数を減らすことから始めるならばまだしも。おやおや、また愚痴ってしまいました)

(あっ、だめだめ。ユリはお話しに参加しちゃいけないの。じっくり見せて頂くんだから。みなさん、ユリには話しかけないでください)

(ユリちゃん、別にユリちゃんに話しかけてるわけじゃなくて、ユリちゃんが話に加わって来るんだろう)

(虎ちゃん意地悪。ほら、そうやってまた話しかけてる。ユリは井戸端会議が好きなんですっ。あらっ、でもユリがお尋ねしたんでした。川口にいらっしゃるのですね、というか、ユリは今、川口に向かっているんですね)

(ええ、そうですわ)

(然し乍ら、この犬の檻からは他人様の脚ばかりでつまらないものですな)

(ロバートさま、こちらに上がってらっしゃればよろしいのに)

(カテリーヌさん、なかなかそれが。我輩、人から人に乗り移る術は習得いたしましたが、どうもこの檻の編み目が、そちらに乗り移る前にちぎれそうで)

(そう、なんだかここから出たら心太になりそうで)

(おほほ。では、マック君がそこから出されるまで我慢なさいませ)

(なんだか、カテリーヌさんも意地悪になられたような)

(あらまぁ、いえ、わたくし、そんな)

(おっ、ここの駅ではエスカレーターは走らないようですな)

(ご隠居さま、何をおっしゃってらっしゃるのでしょう)

(そうだよお爺ちゃん。エスカレーターが走るわけないっす)

(いやいや、夢さん、武蔵君、エスカレーターが走るかの如く注意書きする駅長さんもいらっしゃるのでして)

(そんな)

(あるのですよ。時折、駅に貼られています。エスカレーターは走らないで下さいってね。でが抜けてる)

(ふ〜ん、そんなの、俺、気にしないっす。小学校の廊下に書いてあったっすよ。廊下は走らないって。あれって、廊下に走るなって言ってるのと違うっしょ)

(ほうっ。学校でね。すると、で抜きは今では正しいことになっているのでしょうか。それとも学校の先生の世代がもう間違っているというか、なんともはや)

(気にしないと、日本語がどんどん乱れて行きますわ)

(まぁ、それも時代の流れかもしれませんが。抵抗したくなりますね)

「今日はマック落ち着かないわね」

「たぶん、いっぱい連れてきちゃったんじゃないかなぁ」

「おばあちゃんが、それともあなたが」

「両方」

(おほほ。当ってます)

「まさか、マックにも乗っていたりして」

「まさかぁ。マックがいやがるでしょ。それに、あそこは人間の墓地でしょ。今日はドッグカフェの前通らなかったし。あそこならペットのをマックが乗せてくるかもしれないけど」

(すみませんねぇ。僕乗ってしまったんですよ。人間ながら)

(まこと、かたじけない)

(ほらぁ、虎ちゃん、やっぱり犬には乗らないものなのよ)

(えっ、でもそんなこと決まっているわけじゃなし。それよりユリちゃん、僕たちの話に乗って来ちゃだめなんじゃなかったっけ、ほら電車が入ってきた)

(あっ、あれは違うっす。山手線っす)

(えっ、どうしてわかるの)

(お母ちゃんが時々歌ってたっす。ユリお姉ちゃんより後で生まれたのにユリお姉ちゃんより老けてる母ちゃんっす。♪丸い緑は山の手線、真ん中通るは中央線、新宿西口駅の前♪って。あっ、でもここ新宿じゃないっすね。あれっ、山の手線っすか、それとも山手線っすか)

(そういえば、どちらが今の言い方なんでしょうね。どちらでもいいんじゃないでしょうか。E電ってのもありましたし。JRの考えることはわかりませんよ。国電の赤字を解消するのに煙草値上げして、なのに駅から喫煙所を無くしたくらいですからね)

(JRって、あら、あの文字ですか。あらっ、日本語じゃないのも書いてあります。何語かしら。ABCは、ほら、前、少し英語のお教室で見ましたし、ロバートさんやカテリーヌさまのお墓にも書いてありますでしょ)

(僕がこちらの世に来る前とは大違いですね。外国語が街中にあふれているのは段々分かってきていましたが、駅の表示がこんなに色々な言葉で。漢字にひらがな、ローマ字、それに英語と、中国語ですか、あともう一つは、朝鮮の文字ですか。敵性言語どころか属国の文字まで表記するなど、僕の頃でしたらもうたいへんな騒ぎになったでしょうね、ましてやあの頃は省電で国の管理下でしたしね。戦争に負けたからあちこちの言語で表記しているのでしょうか)

(省電が国電になってJRになるくらいですもの)

(あら、それでしたら、仏蘭西語でも書いて頂きたいですわ。たしか、その戦争ではわたくしの国は勝った側でしたわね、ご隠居さん)

(そうですねぇ。でも、たぶん、英語はともかくも、中国語とハングルは、あっ、ハングルって朝鮮の文字ですよ。朝鮮というと二つに分かれている北の方を言いますし、日本とまぁ仲のよいのは南の韓国の方ですしね。北の方はスパイがいるとか、日本人も拉致されてますしね。で、中国語とハングルが書かれているのは、たぶん、戦争とは関係無くて、いや、戦前に中国や朝鮮から来た人や軍や企業に強制労働者として連れて来られた人やその子孫も多いのかもしれませんが、その人たちは日本語読めますからね。今は、中国人や韓国人が多いからじゃないでしょうか。留学生や今なら観光客や)

(拉致って、日本人が拉致されているんですか)

(そう。最近、いえ、僕がこちらに来る前に分かってきたのですが、北朝鮮のスパイにたくさん拉致されているそうです)

(怖いっす。父ちゃんなんか、お前だって拉致されるかもしれないんだから、暗くなったら男だからって平気でうろつくなって言われてたっす)

(へぇ〜)

(何故拉致するのですかな。かつて南北亜米利加用に奴隷にしようと阿弗利加から安く黒人を買ったのと同じですかな)

(ロバートさん、たぶん違いますよ。たぶん、日本の文化を学ぶためじゃないでしょうか。日本人に化けたスパイを作る為の)

(我輩が外交官だった時代とは随分アジア情勢が異なってますな。いやはや)



お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。

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