第七話 セミテリオから犬にも乗って その十
(他にも知ってっす。所ジョージとか、タモリとか、タケシとか)
(その方々はどんな運動の選手かしら、どこの奥にの方なのでしょう)
(カテリーヌさま、みな日本人ですよ。芸人)
(僕も知ってます。芸が達者で、テレビによく出て来る方々ばかりですね)
(主人が嫌いな方々ばかりですわ。何で球を打って年間億単位で稼げるんだ、なんでテレビに出て馬鹿話して億も稼ぐんだ。何で医者より稼ぎがいいんだ。人の命を預かる医者と人を笑わせる奴らとどちらが偉いのか。こんな社会は間違っている、許せないって始終申しておりました)
(あはは、医者より稼げるものは許せない、ですか。ご主人にとっては医者が偉いわけですからね、スポーツ選手も芸人も、それぞれの能力を活かして仕事をしているわけですがね。努力の方向が違うだけで。人を楽しませるのはなかなか難しいことだと思いますよ)
(でも国民なんとか賞ってのあるっす。ほら、野球の王とか、爺ちゃんぐらいの人が好きなおばさんの歌手、あっ、爺ちゃんいないから、あれっ、何ていったっけ)
(武蔵さん、もしかして、美空ひばりのことかしら)
(うっす。え〜と、夢お婆ちゃん、ありがとうございます)
(あのぉ、野球の王って、王様なのでしょうか)
(それだったら俺でも説明できるっす。人の名前っす。日本人じゃなかったのに巨人の選手して、今は別の所で監督してるっす)
(そうそう、それで国民栄誉賞を頂いたので、主人がね。棒で球を打って、台湾人だったくせに金は稼ぐは賞はもらうわ、と。そういえば、先ほどの患者様って言葉が使われ初めた頃も主人が怒ってましたわ)
(何も怒る必要ななかろうに。本当に怒りっぽい方なのですねぇ。なぁるほど、感情的な方なんですね。だから声高になる)
(患者と医者が対等なんて許せない、でした)
(色々と差別の多い方なのですねぇ。国籍、職業、性別、たいへんですねぇ。生き辛かったでしょうねぇ。偏屈爺さんも、おっと失礼、夢さんのご主人もこだわる方向を変えれば良かったのにねぇ。自分の究める、究めた部分にこだわって満足していれば楽だったでしょうねぇ。他人と比べることで自信を確固たるものにしていると、他人より優れていると思う反面、他人より劣っていると思う部分も出て来てしまいますからねぇ。自身に自信を持てば心を平穏に保てたでしょうに。おっと、精神科医の奥様にいまさらながらの発言、お許しください)
(紺屋の白袴ですな)
(猿も木から落ちるっしょ)
(うわっ、武蔵君、偉い)
(へへへ)
(弘法も筆の誤りというのもありますな)
(俺、やっぱ、猿が木から落ちるってのが一番分かり易いっす。あとのは、俺知らない言葉いっぱいで)
(医者の不養生の類。精神科医が自分はなんともできない、ということですねぇ。辛いものですね。ご主人に限らず、最近のあちらの方々、どうもこだわる方向が金儲けに傾いている様で、もっと自分の選んだ職業を究めればよいものを、なんて僕は思うんですよ。もっとも、金稼げなきゃ生きていけませんし、昨今、昔と違って、職業は選べても、終身雇用でなくなった分、会社は使い捨ての人材を派遣業者に送ってもらえばいいですし、安上がりの使い捨てにされている身には究めるなんて無用ですしね。プロが少なくなりましたねぇ。プロになっても別の会社に派遣されるやもしれずですから、仕方ないのかもしれませんが。昔は、官僚も政治も、noblesse obligeありましたからねぇ。社会的地位を得たら、余った金は公の為、民の為に使っていましたが、政治資金規制法や寄付禁止などでがんじがらめにされているのをいいことに、自分の為だけの蓄財してますからね。こちらに金は持ってこられるわけでもなし。まぁ、こちらの世に来るまで何年生き続けることになるのか分かりませんからね、周囲を信用できなきゃ蓄財してしまうのでしょうね。情けない世の中で。おやおや、また老人の死人の繰り言申してしまいました。こちらの世でも、あまりこだわらない方が楽ですよ。雲散霧消できるやもしれない。こだわると化石になってしまいますからねぇ。化石は砕けるのに時間がかかるから辛い)
(主人は化石になりたくなくて四六時中ぶつぶつなのかしら、いえ、でも、こちらの世があることにも文句を申しておりますし。こんな筈じゃなかった、こんな世界がある筈はない、とも)
(化石って石みたいなものでしょ。ユリ、そんなの嫌です。肩が凝りそう)
(ユリちゃん、こっちの世じゃ、たぶん肩が凝るって、感じないと思うけど。それに、ユリちゃんおしゃべりだから、当分化石にはなりそうないよ)
(虎ちゃん、分からないじゃないの。化石になって試してみてくれるかしら)
(ユリちゃん、ほんと最近口が悪くなったね)
(はい、おかげさまで)
(もう)
(肩に力の入った生き方をすると肩こりする、なんてね、ははは)
(もう、ご隠居さんまで僕をからかわないでくださいよ。同窓生のよしみでもう一寸かばって下さってもよいのではないでしょうか)
(まぁ、虎之介君も、一番肩のこる生き方をしていた頃にこちらの世に来ましたからねぇ)
(もう)
(あのぉ、目の見えない方のためのぶつぶつと、夢様のご主人様のぶつぶつと、同じなのでしょうか)
(おう、カテリーヌさん、なぁるほど。面白いことに気付きましたね。両方ともカテリーヌさんが気になさってるオノマトペですな)
(ほんとっす。俺、今気付いたっす。文句はぶつぶつ聞こえて、でこぼこもぶつぶつで)
(凸凹は、ぼつぼつとも申しませんでしたっけ)
(そういえば、そうですねぇ)
(つぶやくのつとぶを入れ替えればぶつぶつになりますね)
(ぼつぼつをなまってぶつぶつなのかしら)
(これからは主人がぶつぶつ申す度に、黄色いぶつぶつを思い出して気が紛れそうですわ。カテリーヌさん、ありがとうございます。主人も、昔はあんなではなかったのですけどねぇ。どうも、医局のトップになった頃から威張り散らす様になって。丁度その頃、同居しておりました義母が亡くなりましたし、今から思うと、男性の更年期だったのでしょうか。私も更年期でしたけれど、子供達がどんどん大きくなってきてましたし、娘時代みたいに女中がいるわけでもないですから炊事掃除洗濯で忙しくて、おまけにニーニャも飼い始めましたし、こどもたちは最初だけで、勉強が忙しいやら学校からの帰宅が遅かったりで、結局私が朝晩散歩に連れ出してましたしね。子馬ほどの大きさになったニーニャの散歩は、今思うと、いい運動だったのかしら。野毛山の辺りはその名の通りお山で坂が多うございますから、いい運動でした。ラジオ塔の辺りまでお散歩することもありましたっけ。昔が懐かしくてね、ラジオ体操をしていた頃はこういう人生を歩んでいる自分を想像もしておりませんでしたし。戦争になることも、負けることも、みんな過ぎてみればあっという間だったのですわね。義父が亡くなってから建て替えた家でバラを育てたり、そんなこんなで主人の小言いえ大言で振り回されてうんざりの更年期を紛らわしておりましたわ)
(僕は、国籍や職業が違っても、女だろうが男だろうが人間として、対等だと思うんですよね、野球だろうが医術だろうが、台湾人だろうが日本人だろうが、患者だろうが医者だろうが、どれだけ稼ごうが勲章もらおうが、こちらの世に来りゃ同じ。それに、仕事はまぁ選べるけれど、生まれる場所や親は選べるわけじゃなし。そりゃ、ただで病気を治療するとでも言うなら、立派な人でしょうけれど、患者は金払うわけですからね)
(金払わないのに何かしてくれる人が偉いってことっすか。う〜ん、金払わないでも何かしてくれる人、いるっすか)
(お金を払わなくても、道を教えて下さるでしょう)
(それは親切、でしょ。ユリだってお金頂かなくても、道を訊かれればお教えいたしました)
(偉い人より、親切な人の方が素敵ですわね)
(何だか、判ってきたような気がします。お金を払うことで相手の知識を利用できる場合は対等ってことでしょうか。つまり、知識は売り物。その売り物を買うのだから、商店で買い手をお客様と呼ぶように、患者様)
(う〜ん、でも、お金を払う払わないじゃなくて、偉い人っているもん)
(さっきからユリちゃんが言ってる仕事の人でしょ)
(お仕事なのかしら。でも、お仕事しなくなっても、偉いお仕事してた方ってあちらの世にいる間、ずっと偉いでしょ。こちらの世にきても、偉いってことでしょ)
(そんなことはないと思いますが、でも偉い人ってこちらの世にきても、あちらの世の人がお墓参りしてくれますね)
(ずっと、いつまでも身内でもないのにお墓参りしてくれる人がいる人が本当に偉かった人なのかも)
(でも、やっぱり、偉いって、俺、判んないっす)
(例えば、勉強する雀の福沢諭吉さんは偉い人になると思うよ)
(そうっすか。お墓に知らない人も来るからっすか。でも、俺には雀の福沢さんも別に偉い人でもないっす)
(もしかすると、偉いというのは皆に勝手に思わせるようにする、そこが変だから元に戻そうとする、だから、患者に様をつけるってことなのかもしれません。昔の医者は、以前も話しましたが、特に偉いというわけでもなかったですし、弁護士もね、代弁者でしかなかったわけですよ。便利な人でしたけれどね。明治以降、偉いという印象を自分たちで作っていったのかもしれませんね。金を貰っても、助けてやってる、治してやってる、という風な)
(でも、みんなが対等だと、神が頂点にいる耶蘇教を禁止したのと同じ理屈で、偉い人から見たら危険な発想)
(う〜ん、偉い人になりたい人は、何かでみんなより上、できたら一番上になりたいってことなのでしょうか)
(人間は歴史から学ばないようですねぇ。奈良平安の後、武士が出て来て、力で、武士が貴族より上に立った。武士の中でも下克上で、力の差で、武士の中の序列が変わった。江戸時代には、士農工商として、一番下にしたい百姓を武士の次にもってきて、不満を押さえた。武士の中で、夷敵が表れた時にこれじゃいかんという考え方で、士農工商とは別格にしていた皇族を立てて、徳川家を追い払い、大戦後は今度は皇室を神から民に下げた。低く見られていた労働者の権利を認めたものの日本が共産主義国家になるのを恐れて労働運動を取り締まった。今のあちらの世は一応皆平等に見えて、実態は世襲になってしまった感のある議員や官僚が偉くなってきたから、増税で不満のたまってきた市民をどう懐柔するかってとこですかね。古今東西、虐げられている者の鬱憤晴らし、ガス抜きには、祭り、酒、煙草、賭け事を取り締まらないというのが定説なのですが、酒税もさることながら煙草税など無茶苦茶で、それも、煙草は身体に悪いと悪者にして世論を作り上げて一見上手に操作しているが、その内、反乱が起きるやも。下にあるものをうまく懐柔できなくなると、入れ替わるってのが歴史なんですけどねぇ。イギリスの宗教や政治に居辛くなって新大陸アメリカを求めた人たち、カトリックへの不満から新教を作った人たち、王の贅沢に不満で起きたフランス革命やロシア革命、イギリス人の圧政と差別に立ち上がったインドの人々、中国の文化大革命の前と最中と後、人間の歴史を見て行くと、偉い人と偉くない人は入れ替わるものなんですね。どれだけ穏やかに入れ替わるかどうかの差はあっても。入れ替わった直後は偉いという存在を作らない様にしていても、権威、権力を手中にして時が経つと、腐敗するというのか、おだてておだてられて偉い存在になってしまうから、また下になった者の不満がたまる)
お読み頂きありがとうございました。
霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。