第四話 セミテリオのこども達 その四
その三の続きです。ここからでもお読みになれますが、第四話、その一からの方が、ストーリーは判りやすいと思います。
(ここが学校みたいですね)
(はい、桜山区立桜山中央小学校って書いてあります。ユリの頃と全然違います。尋常って付いておりませんし。ユリのころは全部木造でした。こういう、なんていうのかしら、石みたいなのではなくて、木で、茶色くて、窓の枠も木でした。ここ、窓枠が金属みたいです。それに建物が四階建てなんて。ユリの頃は全部一階だけでした)
(幼稚園と違って、制服じゃないんですね。みんな違う服着てます。みんな靴なんですね。靴の色も色々。隼人君の灰色と青の制服、すてきですのにね。みなさん鞄を背負うんですね)
(ユリの頃は、ああいうのなかったです。いえ、あったんですけれど、ユリの後から流行ったんです。ユリは風呂敷に包んでいました。みんな黄色い帽子かぶってますね。幼稚園のお帽子の方が可愛いです。 お着物のお子も裸足のお子もいませんわ。男の子と女の子が、話してる。ユリの頃は、男の子と女の子とお話しちゃいけなかったの。兄弟でも家の中だけで、外では誤解されるからだめだって)
(そうだったんですか。わたくし学校には行ったことございませんもの)
(女の子は男の子を乱暴だと言ってましたし、男の子は女の子を馬鹿にしてました)
「お姉ちゃんだ」
(また、隼人君というか私たちの方をびわさんがじっと見ていますわ。気づいているのかしら)
「びわ、お帰りなさい」
「ただいま。ほんとは、放課後ジミニちゃんや彩香ちゃんと遊びたかったのに。隼人さぁ、なんかぼんやりしていない」
「僕、ぼんやりなんかしてないもん」
「体操服、今日しか買える日無いから、仕方ないでしょ、あなたは明日英語だし、隼人は明日スイミングだし、金曜日はお母さんお約束あるし、土曜日はあなたお誕生日会にお招ばれでしょ。日曜日はお店が閉まっているし、体操服きついまままた来週になっちゃったらいやでしょ」
(スイミングって、水泳のことですわ)
(何語なんでしょう)
(英語です、少しは覚えております。ロバートとは英語と仏蘭西語と混ぜて、後には日本語も混ぜて話しておりましたの)
「うん、動きにくい。鉄棒するとお腹見えちゃうし」
(なんだか毎日みなさんお忙しいようですわね)
(ユリも忙しかったです。お茶にお華にお琴に踊りにそれぞれおさらいして準備して、ユリは学校のお勉強どころじゃなかったです)
(日本の方っていつもお忙しくしてらっしゃる)
(そんなことないと思います。ぼんやりしていることもありましたし。カテリーヌさまは毎日お忙しくなかったのですか)
(お勉強はさほど。国語、ラテン語、算術、科学、刺繍、昼間しかできませんでしょ、先生は家にいらしたのでわかるまで教えていただきましたし。ですからおさらいも一緒、早朝や夕方は一緒にお散歩していました)
(ユリもです。灯りがもったいなくて、おさらいも昼間の明るい時だけ)
(セミテリオは夜になると街灯だけになりますでしょ。あの街灯でも、わたくしがあちらにおりました頃より大層明るいですものね)
*
「こっちじゃちょっと大きすぎるかしら。すぐ大きくなっちゃう、というか体操服がすぐ小ちゃくなっちゃうし。ついでに半ズボンも。あぁ、帽子の黄色いゴムもついでに。他にここで買うものなかったかしら」
(ユリ、ちょっと驚いています。このお店、お着物、浴衣も置いてないんです。もう着る人いないのかしら)
(セミテリオに新しくいらっしゃるみなさまも、最近は日本の服の方減りましたわね。私の襟の高い服も全く。そろそろわたくしたち、今の流行を研究して、服を着替えましょうか。無理かしら。わたくしたちを思い出してくださる方々はわたくしたちに昔の服装でいてほしいのでしょうし、それに、先ほどの幼稚園の時の様に、せっかく着替えても気力が続かないと元に戻ってしまいますし)
(うわっ、お雑巾まで売ってますっ。それもまだ新しい布でっ)
(お洋服も柄がみな可愛くて。色鮮やかで、いろんな種類があって。出来上がりで売っているんですね。わたくしの頃は、作らせておりました。その度にあちこち計られて)
(ユリも着物ばかりでしたから、でも、計ると言っても、着物の時には背丈で大きさが変るくらいで、後はあまり関係ないんですけれど)
(日本の着物って、すばらしいと思います。まっすぐに切っているだけなんだそうですね。ほどいて洗って仕立て直して、ってできるそうですわね。何度も仕立て直して、最後は雑巾にするんだ、と聞いたことがあります)
(ええ、浴衣などは、お襁褓にしたり、お雑巾にしたり。こちらで売られている服って、服に人間が合わせるってことなのでしょうか)
(そういえば体操服でも色々な大きさのがあって)
(これで女の子が体操するなんて、ユリだったら恥ずかしいです。腕も脚も見せてですか)
(ユリさま、明日は隼人君ではなく、びわちゃんに乗りませんこと。小学校に行ってみましょうよ)
(えっ、ユリ、幼稚園も教会も色が色々、お花いっぱいで天国みたいな所で明日も楽しめるなんて思っておりました。でも、お招き頂きましたからご一緒いたします。後ほど、どこかで隼人君から降りてびわちゃんに一緒に乗り換えましょう)
「今日は本屋さん、行かないの」
「こどものとも年中とかがくのともは先週届いたでしょ、今日は荷物増やしたくないし、あなたたちと本屋さんに行ったら長くなるでしょ。のんびりしていたらおやつを食べる時間なくなっちゃう。まだこれから夕飯のお買い物なの」
「この前のかがくのともね、カブトムシのことだったでしょ。デーツーで幼虫売ってるよ」
「買ってもいいけど、ちゃんと世話できるかなぁ。たいへんよ。幼虫の内だって霧吹きしたり、それに幼虫ってほとんど動かないし。でもいい勉強ね。いいわよ、今日は逆方向だから、今度ね」
(カブトムシ、って虫ですか)
(ええ、このくらいの、黒くて、頭にかぶと、えぇと、一角獣みたいな角みたいなのがあって)
(虫をかうんですか)
(仏蘭西では虫をかわないのでしょうか)
(ファーブルという方がいらっしゃって、その方は色々な虫を調べている、いえ、もう亡くなったと思いますが、普通はどなたも。あっ、かうってそういう意味ではなくて、お金を出して買うのでしょうか)
(ユリの頃も、鈴虫は買っていました。カテリーヌさま、鈴虫、ご存知でしょ、売りに来ていたんですよ)
(鈴みたいな声で鳴くと言われましたが、私にはそうは聞こえませんでしたわ。黒くてちょっと気味悪い。蜚蠊と同じに見えます)
(カブトムシ、きっと今ではもうこの辺りにはいないんでしょうね。でも買うなんて、ユリにも不思議です)
(カブトムシ、どうしてこの辺りにいなくなったのでしょう)
(さぁ、ユリ、あんまり虫のこと知らなくてすみません、ファーブルさんに伺ってみませんこと)
(ファーブルさん、今はどちらにいらっしゃるのでしょう)
「昨日は洋食だったから、今日は和食か中華、どっちがいい、あなた達で決めていいわよ」
「僕、中華、こいのあんかけ姿煮がいい」
「うわっ、ぜいたくもの」
「私は和食、えぇと、豚の冷しゃぶ」
「じゃぁ、じゃんけんして、あんかけはだめよ、鯉はお母さん苦手、とても料理できそうにないわ」
(あんかけも冷しゃぶも、わたくし全くわかりません、日本語なのでしょうか)
(あんかけは、上にとろりとしたものをかけるものですけれど、れいしゃぶはユリにもわかりません。昨日のお夕食もそうでしたけれど、今の料理は全く違っていて)
「じゃんけんぽん」
「あいこでしょ」
「私の勝ち。和食ね」
「じゃぁ、和食で、豚の冷しゃぶね」
「ちょっと待って、じゃんけんで負けたから和食。でも豚か魚かは、今度は僕に選ばせて」
「なんか、ずるいっ」
「いいじゃない、じゃ、明日は豚で中華ってことで、今日は和食で魚、両方今日買っていくわ」
「じゃぁ、チェリーでまとめて買うの」
(チェリーって何でしょう)
(さくらんぼ、のことですわ)
「う〜ん、せっかく商店街に来ているんだから、今日はこっちで買うわ。商店街で買わないと、商店街なくなっちゃうから」
「えっ、そうなの」
(そうなんですか、どうしてでしょう。ユリも両親は商いしておりましたから、なんだか怖いお話です)
「あのね、お金をたくさん持っていると大きなお店ができるでしょ、たくさん支店作れるでしょ。商店街のお店は小さなお店で種類がたくさんあって、でもお金はたくさんはもうからないでしょ、だからこどもが後継ぎしたくないでしょ、年とってくるとお店やめちゃうらしいの。ほら、お米屋さんも靴屋さんもなくなっちゃったでしょ。両方ともチェリーで買えるから。いつもチェリーで買えるから、みんなは困らないかもしれないけれど。チェリーは大きいスーパーだからなんでも売っているし、お休みも少ないし、でも元々の商店街じゃないから。ほら、チェリーができてから、金物屋さんも鞄屋さんもなくなっちゃったし」
(チェリーって、大きいスーパーだそうです)
(スーパーって、すばらしい、という意味ですが、何でしょう。大きいすばらしい、って、大きいさくらんぼ、もしかして今朝のお皿に乗っていたあの、ゆすらうめみたいな、あれかしら)
(ゆすらうめは、わたくしわかりませんが、あの赤いのですね、なんだったんでしょうね)
(なんでも売っている、ということは、勧工場というのがわたくしの頃都内の方々にありましたが、あれみたいなものでしょうか)
(勧工場って、新橋辺りにもあったあれかしら。色々と売っている。デパートとは違うのかしら)
(デパートって、出発するって意味なんです。あれもよくわからないままでした。ロバートが色々な部門のあるお店のことを言う英語の半分を取った日本語だと申してはおりましたが)
「ふ〜ん、そうなんだ。ここの瀬戸物屋さんは、同じクラスの明雄君ちだし、表通りのお花屋さんは彩香ちゃんちでしょ。そういえば、明雄君ちはおじいちゃんとおばあちゃんがお店やってるって。お父さんは会社に行ってるって言ってた」
「僕、わからない。けど、ここは裕樹君のお家で、ずっと前からここにあるって、それと翼ちゃんのパン屋さんは、翼ちゃんが生まれてからここに引っ越してきたんだよ」
(クラスって、ユリにはわかりません、これも英語なのかしら)
(仏蘭西語でも同じです、お教室のことですわ、今の日本語には随分たくさん他所の国の言葉が使われてますのね。大戦後の占領時代に増えたのでしょうか。商店街がなくなったら、みなさんお買い物困りますわね。わたくし達は何も買えないですし困りませんけれど)
(ユリの両親のお店も、誰かが継いでいるのかしら)
(なんのお店でしたの)
(最初はお着物の小間物を扱っておりました。呉服でも帯でもなく、帯〆や半襟、髪飾り、色々とこまごまとしたものでした。その後、お財布やレースのハンケチなど洋装の小間物も扱い始めて、でもユリは洋装したことないんです。もしかしたら先ほどみたいなお店をしているのかしら)
(ユリさま、ご兄弟は)
(お墓、ユリが最初なんです。父は後継ぎではなかったので、越後から上京して丁稚奉公して、もう暖簾分けの時代でもないと、頂いたお給金を貯めてお店を開いて。ユリの次にセミテリオに入って来たのが弟。弟はお店の後継ぎでしたから招集されないと思っておりましたの。招集されそうだってわかって、慌ててお見合い、すぐ結婚して、身ごもった若妻を置いて、弟は戦地からセミテリオに直接戻って参りました。無口になって。戦地のことどころか、弟は何も語りません。気の私たちですから、気力がないと語れませんわね。ユリや弟より後にセミテリオに参りました両親によれば、終戦直後に生まれた子を連れてというか、義妹は再婚して、ユリの両親のお店を手伝っていたそうですが、その両親がセミテリオに参ったのが三十年以上前です。両親の三回忌までは義妹は弟の子を連れて墓参りに来てくださいましたが。その後は全く。その義妹もそろそろセミテリオに来る年齢だとは思いますが、再婚で名字が異なってますでしょ。弟の妻は再婚相手の方のお墓に入ることになるでしょうから、ユリの甥がユリ達のお墓を継ぐのかしら。甥が入ってくる頃まであんなに無口な弟の気力が続くでしょうか。あちらの世で一緒に過ごせなかった弟と甥が、セミテリオでも行き違いにならなければよいのですが。どちらにしても、お店のことは何がどうなっているのか、さっぱりです)
(いつもは快活なユリさまですのに、しんみりとしたお話をさせてしまってごめんなさいね)
(いえ、あちらの世でも、どうしようもないことたくさんでした。こちらの世では、心配しても始まらない、いえ終わりもないですし。こうしてみなさん人生をあちらでもこちらでも過ごして行くのでしょうね)
(セラヴィ)
(カテリーヌさま、そのお言葉よくお使いになりますが、どういう意味なんでしょう)
(それが人生、とでも訳しましょうか。そんなものですわ、と申しましょうか。ただね、ヴィは、人生だけでなく、生命、生活、全部を意味しておりますの。日本語では人生と生命と生活って言葉が異なりますでしょ。ヴィは全部、全部一緒でも、あるいはバラバラでも、全部つながっておりますしね)
「へぇ〜らっしゃい。今日も生きのいいのが揃ってるよぉ」
「あらっ隼人君じゃない」
「裕樹君ママこんにちは」
「やめてよ。ママなんて柄じゃないわ、おばちゃんでいいわよ」
「今日は何にします」
「鯉」
「鯉は入っていないなぁ。あれは注文しといてくれないと」
「こいのあんかけがいいなんて言うんですよ。無理無理。だいたい、お高いでしょ」
「おがつくような上品な値段じゃないね、ただの高い。それにお宅四人でしょ、食べきれないって」
「ただの高いって何、ただは高いの」
(ユリさん、私もわかりません。ただは高いのでしょうか)
(あはは、ただより高いものはない、って言葉もありますけれど)
(余計にわかりません)
(いえ、つまり、お高いのおはいらないってことです)
「そうそう、賢いねぇ。ただは高いんだよぉ。おまけなんてついてくるともっと高くなる。危ないんだよおまけにつられるとね」
「ふ〜ん、そうなんだぁ」
「あれっ、お嬢ちゃん納得してるね」
「お嬢ちゃんなんて柄ではないです」
「いやぁ、お客さんだもん、大事にしなくちゃ。ほら花嫁修業なんての始めたらお客さんになるかもしれない」
「まだまだ先ですわ。それに、今は男性の方が婿修行に料理習うそうですよ」
「そんなこと言っちゃぁ世の中おしまいだ、って先々代も先代も言ったろうねぇ。でもその先々代も先代も、俺みたいに男伊達らに魚さばいてたってわけだ。先見の明ありだね、あはは。んで、今日は何をさばく、切り身どっちかな」
(世の中おしまいって、どうなるんでしょう)
(人間だけがいなくなる、ってことかもしれませんわ。でもユリたちの世界は気でいっぱいになったりして)
「う〜ん、そこの鰤、四切れちょうだい」
「はい、五百八十円、他には、しらすなんてどう。朝ご飯にさ」
「家、朝はパンなの」
「じゃぁ、ひじきは、今日煮て、残りは明日のお弁当」
「ひじきっておさかななの、知らなかった」
「いやぁ、海草。海で取れるから一緒に売ってんだ」
「僕、お弁当にひじきがいいな」
「いいなぁ、今日たくさん食べなきゃ。給食じゃ持ってけないし」
「お宅のお嬢ちゃんもお坊ちゃんもひじき好きなんだ、偉いねぇ、裕樹は苦手だよ」
「じゃぁひじき百三十円足して七百十円、おまけして七百円ね」
「えっ、おまけって危ないんでしょ」
「おまけしないとチェリーさんに負けちゃうからね。坊ちゃんも婿修行の時にはここで買ってね、その頃は裕樹が店主だ、といいなぁ、継いでほしいね」
(楽しそうですねぇ。女中達もこういうお話を楽しんでいたのかしら)
(カテリーヌさまは、お買い物なさったことございませんか)
(えぇ、仏蘭西でも日本でも、お金に触るのは下々のすることだと。それに、こういう会話もできませんわ。いたしたことございませんもの)
(ユリね、小さい頃は、お魚屋さんに嫁ぐって言ってたんです。毎日おさしみ食べられるからって)
(おさしみ、生のお魚ですわね、わたくしはどうも)
(ユリさま、ほらあそこご覧になって。今朝の赤い大きい実。名前が書いてあるのですが、崩れていて私には読めません)
(あら、へぇ、トマトって書いてあります。プチトマトって。トマトでしたのね。あんなに小さいトマトを採っちゃうんですか、可哀想)
(プチって仏蘭西語なんです。小さいって意味ですわ。確かに小さいトマト。いつの間に日本でこんなにトマトを売るようになったのでしょう。トマトは日本人のお口には合わないって思っておりました。日本人も召し上がるようになって、収穫が間に合わないから、あんなに小さい内から採ってしまうのでしょうか)
「ひじき買ったから、え〜と、油揚は冷凍してあるし、人参はまだあるし、八百屋さんで買うものあったかしら」
「あっ、大根おろし、あら、冷や奴もいいわね。大根重いから、先におとうふやさん。やっぱりついでに油揚も。びわ、買って来てくれる。きぬごし,二丁じゃ多いかしら、やっぱり二丁ね、それと油揚二枚、三百円で足りるわね、はい」
(油揚、おきつねさんを思い出しました)
「大根一本、甘夏と苺とどっちがいいかしら。あらっ、枇杷があるわ。びわ、高いなぁ」
「奥さん、今年は枇杷高いんだよ。これお買い得。次いつ入るかわかんないし」
「じゃあ、大根一本とこれちょうだい。娘の名前だもんね。旬の内にいただかないと」
「びわって名前いいですね」
「びわって可愛い感じでしょ。でも変な名前って言われるらしくて文句言われます」
「言いたい奴には言わせときゃいいんだ。すてきな名前だから妬いてんだよ。しめて六百円、はいおつり四百円ね」
「はい、お母さん、お豆腐と油揚、おつり百円」
「あら、九十円じゃなくて」
「うん、おまけしてくれた。小学生なのにお手伝い偉いねって。スーパーと違っておまけしてくれるんだね」
「うん、そのかわり、スーパーより高いこともあるけどね。えーと、あとはお肉屋さんだけね」
(ここ面白いですね。色々なお店が並んでいて)
(ユリのいた所も似ていました。でも、こういうお店はなかったです。ほら、あちらの)
(パンっ。まぁ、嬉しいです、懐かしいです、口に入れられないのが残念です。でもこの香り。焼きたてパンの。すてきです。あらっ、入ってくださらないのね)
(こういうのもパンなんですか。ユリの知っているのは、あんパンぐらいです。銀座の木村屋さんの、上に桜が乗っているの。美味しかったです。パンってお菓子だと思っていました)
(ユリはあちらのお店に入りたいです。ここも隼人君素通り。お煎餅やさん。海苔、さとう、ごま、お口に入れてぱりぱりできないのが残念です)
(こういうお店はなかったです。この前、亀歩き青年が持っていたような小さな電話ばかり売っていますわ。電話屋さんって言うのかしら)
(百均、って書いてあるここは何かしら。斤ってのは重さですけれど)
「さてと、買うもの買ったし、おやつにしようか」
「どこがいい」
「ジョナサンか、ケンタかマックか」
(全部日本語ではないみたいです)
(食堂の名前なのでしょうね。健太は人の名前かしら)
「僕マクドがいい」
「私もマック」
「あんまり食べ過ぎはだめよ。遅めのおやつなんだから。食べ過ぎたら夕飯入らなくなるでしょ」
「うん、わかった、先に行って何にするか考えるね」
「あっ、そこ信号ないから」
「横断歩道あるもん」
「隼人、ちゃんと右見て左見てから渡ってね」
「右見て左見て右見て、って言うんだよ」
「そうなの、へぇ〜、お母さんの頃は、右見て左見てだったわ」
「右見て左見てだとね、左見ている間に右から来ていることがあるからだって」
「なぁるほど」
「ただね、右見て左見て右見て、その最後の右見ての間に左から来るってのはないのかなぁって、私思うのよ」
「でも、そんなことしてたら、いつまでも渡れないじゃない」
「うん、私ばかかなぁ」
(ユリ、知りませんでした。ユリの頃、まだ車そんなに多くなかったですし)
(わたくしの幼い頃にも、日本に参りました頃にも少のうございました。でも、馬車でも怖いですよ。大きなお馬さんでしょ。ただ、馬車は音がはっきりしてました。自転車は音もなく、急に現れますから、怖かったです。車は、乗り合いでも速いですものね、今は昔以上に。昔でも充分怖かったですのに)
(隼人君、ちゃんと右見てます。左見てます、もう一度右を見てますね)
キィッィィィィィッーーー
(うわっ)
「わっ」
(アアァァァ)
「...」
「隼人っ」
「...」
「大丈夫ですか」
「う...」
「お母さんっ」
(カテリーヌさま、カテリーヌさま...)
「お母さんっ,隼人っ」
「...」
(カテリーヌさま...)
*
その五に続く
お読み頂きありがとうございました。お楽しみ頂けましたなら、幸いです。
8月11日までにはその五をアップいたします。再見、安寧




