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第七話 セミテリオから犬にも乗って その九

(もしや、ご隠居さん、その高齢者というのも、言い換えですかな)

(うん、ユリも変な感じしてました。老人、ご老人じゃいけないのかしら)

(うふふ、ユリさん、今じゃ、病院では患者様って呼ぶんですよ)

(えっ、そうなんですか)

(うっす。俺みたいなガキでも、さまって呼ばれっす)

(へぇ〜)

(それって、お医者様が偉くなくなったのかしら)

(う〜ん、偉いとか偉くないとか、どうなんでしょうね)

(主人は、いつも、俺は偉いんだぞと自慢ばかりしていました)

(僕も医者でしたが、自分で自分を偉いと思ったことはありませんでした)

(ご隠居さまは、お坊さんになりかけたそうですし、お医者さまですし、お金もお持ちでしたでしょうし、お偉い方なのではないかしら)

(勉強をいっぱいなさったから偉いのかしら)

(僕、たしかに勉強はしましたが)

(職業次第なんじゃないですか、医者に弁護士、社長に先生)

(勲章を頂く方が偉いのかしら)

(でも、それだと、勲章をあげる方は貰う方より偉いってことになるし)

(あら、主人でも勲章頂きましたわ)

(長年医者をやっていれば勲章は頂くでしょうね。僕もでした。でもねぇ、頂いたからって、う〜ん、周囲は皆、喜んでいましたが。長く一つのことしてれば、貰える仕組みらしいですしね。新聞に毎春、毎秋と紙面にずらっと並んでましたよね。消防、司法、外交、教職、あと大して公費をもらえないただ働きに近い民生委員とか保護司など何か公の役に立つことを長くやっていれば、あるいは何かの団体や業界の長をやれば貰えるようでしたよ。おっ、あれだと、公務員はよい立場。年金だけでも良いのに、金に名誉、なぁるほど、お手盛りってわけだ)

(ご隠居さん、やっぱり偉いんですね)

(いやぁ、僕は一介の町医者に過ぎませんよ)

(ほらぁ、そうやってご謙遜なさるかたは、本当に偉い方なんですよ)

(そう言われてしまっては、僕はどうしたらいいのでしょう。何も言えなくなってしまいます)

(ほらほら)

(ですから、貰えて当たり前みたいなもので)

(でも、頂かない方のほうがよっぽど多いですもの)

(先ほど申しました様に、ある程度公務みたいなことを長年していれば、お国に尽くしたことになって、貰えるんですよ。おっ、そういえば、職業によって、貰う勲章の等級が違う、これは、国による職業差別なのだろうか)

(そうなんですか。へぇ〜)

(そういえば、わたくしたちのセミテリオにも、正何位とか従何位とか書いてある墓石をおみかけしますが。あれも勲章ですかしら)

(あぁ、あれですね。戦前、え〜と、この場合の戦は太平洋戦争のことですが、それ以前は、ほら、士農工商はなくなっても華族があったから、あれが、公侯伯子男に分かれてましたからね、それとの関係で。江戸時代には動物にも位を授けたそうですよ。象や馬や)

(えっ、江戸時代に日本に象がいたっすか。もっと昔になんとか象ってのがいたってのは図鑑で見た事あるっす。けど江戸時代にもいたっすか。象って暑い所の動物っしょ)

(ナウマン象ですね、武蔵君)

(うっす、なんとかじゃなくてナウマンっすね)

(いや、その昔の象ではなく、江戸時代に献上されたかどこからか買ってきたのかなんですよ。その象に位を授けたそうです)

(あっ、そういえば彦衛門さんのお墓にも書いてありませんでしたっけ)

(象に位の後に、彦衛門さんの位じゃ、なんだか彦衛門さんお気の毒)

(ここにいないっしょ)

(いらっしゃらないからって、ユリ、やっぱりお気の毒に感じてしまいます)

(人間は象より偉いからですか)

(普通そうでしょう)

(象はそうは思っていないかもしれませんよ)

(えっ)

(で、あのお爺ちゃんは、偉い人だったっすか、象と同じくらい)

(本人がこちらの世に来る前に作られた墓なら、偉ぶりたい人だったのかもしれませんね。でも、あのセミテリオに、位が書いてある墓石は多いですからねぇ、そういう時代だったのかもしれませんね。天皇陛下に頂いた位を書かざるは失礼なりとか)

(でも、彦衛門さまって、偉ぶったこと、ございましたっけ)

(う〜ん、ない、と思います)

(じゃぁ、本当に偉い人なのかしら、ご隠居さんみたいに)

(いやぁ、僕はそんな)

(ほらほら、またまた)

(偉いのは、キリストさま、聖母マリアさま、王様、皇帝も)

(天皇陛下)

(戦前と戦後では天皇のあり方も違いますしね。たぶん、最初の頃は民をまとめていた。武士の時代には案外今と同じ。明治以降戦前は神にされてましたからね。今の天皇は、敬愛される存在)

(けいあいって何っすか)

(敬われ愛されるってことだよ、武蔵君)

(それって、アイドルみたいなもんっすか)

(アイドルって、ユリ分かりません)

(idolですな。まさか怠ける方のidleじゃぁなかろうし。いやぁ、日本語の意味と英語の意味は同じなのでしょうか。英語でidolは、見えるものであり、必要以上に愛される存在、つまり、中身以上に盲目的に崇拝される存在をidolと言うのですが)

(それ、仏蘭西では偶像のことですわね。特にカトリックではない宗教の)

(え〜っ、ロバートおじさん、カテリーヌおばさん、そうっすか。えええっ、じゃぁ、アイドルってみんなそうっすか。っていうか日本語が変なんっすか)

(いや、武蔵君、英語だと思っていたら和製英語、本来のとは異なることがままありますからね。日本語のアイドルは英語のidol、idleのどちらともたぶん違うのでしょう。さもないとあんもないと、日本でアイドルと言われる人は中身が伴わないのにちやほやもてるとんでもない人ってことになってしまいますからね)

(うわぁ、出たぁ、ご隠居さんのさもないとあんもないと)

(ふふ。もしかしたら、そのアイドルというのが偉いを作るのかと、ふと思いました。自分はなりたいけれどなれない、その自分はなれない人にあこがれ、崇拝し、夢中になる。アイドルはもっともっとすばらしくなってほしい、という。だから、もっと偉い人になってほしいのかもしれませんね)

(僕たちの間では、偉いのはアリストテレスにアルキメデス。デカルト、カント、ショーペンハウエルでしたね。僕たちだって勉強すればそうなれるかもしれないと思ってましたから、そのアイドルというのとは違うかもしれません)

(学者ってことかしら。何かがおできになる方)

(ベートーベン、ショパン、モーツァルト、ゴヤ、ミケランジェロ、ダヴィンチ、シェークスピア、フォンテーヌ、セルバンテス)

(音楽や絵画や小説で有名な方ですわね。でも、有名と偉いは同じことなのかしら)

(地位が高い方、知識が多い方、お金をたくさんお持ちの方、何かが特別お上手な方ってことかしら)

(軍人さんも偉いでしょ。江戸時代ならお侍さん)

(神主さんやお坊さんも)

(それって、あんまりいない人ばっかりみたいっす。俺、テストでいい点取ると、偉いねって褒められたことあったっす。滅多になかったけど。あっ、つまり、滅多にない仕事や滅多にいない人なら偉いっすか。すごい人なら俺もいっぱい知ってるっす。イチローや藍ちゃんや愛ちゃんジョーダンやボルトや)

(ユリ、誰も知らないです。どんなすごい事なさったの)

(この中で、知っているのは、武蔵さんと私ぐらいでしょう。皆、スポーツ選手ですよね、武蔵さん)

(僕もイチローは知っていますよ。夢さんスポーツお好きですか)

(いえたいして。ですが、退職した後、主人が一日中テレビを点けっぱなしにいたしてましたので。そうそう、棒で球を打って何が面白いと申しておりましたのに、横浜ベイスターズの試合を見るようになりましたのよ。あなた野球は馬鹿になさってらしたのに、と申しましたら、見てやっているんだ、でした)

(スポーツとは運動のことなり。ベイは湾、なるほど横浜港のことですな。スターズは数多くの星と申しましょうかな。がそれにしても籠というか檻の中は窮屈至極)

(うっす。野球とゴルフと卓球とバスケと短距離)

(えっ、ユリ、野球ぐらいしか判りません)

(ユリさん、野球やゴルフや卓球は球を打つ競技で、バスケは)

(あっ、バスケットですね、以前ロバートさんが話されてました。球を籠に入れる球技)

(短距離は走る競技です)

(あっ徒競走と同じ、ユリ、走りたい)

(徒競走って何でしょう)

(かけっこですよ、みんなで走って競争する)

(そうそう、かけっこ。懐かしい言葉ですわ。それね、東京弁だそうです)

(そうでしたか)

(はい、愛が学生の頃には、地方から上京してくる学生さん、女の子も増えてきてましてね、愛がかけっこと申したら通じなかったそうですわ。東京にも方言があるのだと思わされました)

(つまり、武蔵君にとっては、すごい人とは、運動能力のある人ですね)




お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。

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