第七話 セミテリオから犬にも乗って その五
「じゃぁ、家まで直行、あっ、駅前で、やめた、バス停の近くの方のコンビニでお弁当ね」
(さきほどもおっしゃってましたが、コンビニって何でしょう)
(えっ、知らないっすか。どこにでもあるっす。何でも売ってる店っす)
(雑貨屋さんみたいなのかしら。でも雑貨屋さんってお弁当は売ってないですねぇ)
(あらっ、武蔵君、いらしたの。お爺さまは)
(えへへ、俺、逃げて来たっす。ほら、お爺ちゃん、生きている時と違うから、俺のこと捕まえてられないっすから)
(まぁ)
(はじめなきゃ慣れないし)
(そうですわね)
(折角の雀の勉強だし)
(おほほ)
(実は僕もつい乗ってしまいました。丁度で先から帰ってきたばかりで、何やら面白そうなので)
(まぁご隠居さんまで。ハナさまは)
(ハナはいつものことで、僕のことには無関心ですから、何も申さず)
(え〜と、我輩も)
(えっ、ロバートさま、どちらに)
(もっと下の方です。実は、虎之介殿の言葉に惹かれましてな、我輩も、犬が合うかどうか試してみようと)
(まぁ、マック君可哀想に、虎ちゃんとロバートさんと、いくら重さがないからって)
「なんか、マックいつもと違う」
「誰かに憑かれたんだったりして」
「犬には憑かないでしょ。犬は敏感だから。私はなんか前と同じ人が乗っているみたい」
「おばあちゃんのお友達だったりして、おばあちゃんはまたいるみたいだけど、っていうか、おばあちゃん、ほとんどいつも一緒にいるみたい」
「やっぱり爺とは一緒にいたくないのかなぁ」
「そりゃね」
「うわっ、その話いいわ。暗くなる。せっかくお墓から離れたのに」
「何よ、自分で始めたくせに」
「うん、ごめん」
(このお二人、母子ですよね。なんだかお友達みたい)
(ユリ、お友達になれそうです。あら、でもあちらの世とこちらの世ではお友達になれないですね)
(まぁ、ユリさん、ありがとうございます。愛はね、私にもこんなでしたのよ。ですからお前の教育は間違っている、と主人がしょっちゅう。まぁ、確かに、私が娘の頃は、親に対しても敬語でしたものね。愛も、小学校の頃は、まだ作文にもお母様がおっしゃっいました、なんて書いておりましたが、高校の頃から私を呼ぶのに、夢さん、でしたもの。もう私はあきらめてます)
(へっ、そうだったっすか、母ちゃんなんて言っちゃいけなかったっすか)
(でしたのよ。国語の教科書にも、お父様がおっしゃいました、でしたもの)
(へっ、俺が小学校の頃の作文の始まりって、先生あのね、だったっすよ)
(望もそうでした。先生にあのね、など、私の頃には考えられないことでしたのに。あらっ、武蔵さんは何時頃こちらにいらしたのかしら。望とあまり変わらないお生まれかしら)
(俺、まだこっち来て二年経ってないっす。今っていうか、来た時は中学二年)
(ってことは十四歳で、生きてらしたら十六で、望は今年二十五になりますの。十も違わないのですね)
(はっ、三歳上だともうおばさんっす)
(紫陽花が近くで見られてよかったです)
(たしかに、かたつむり、いませんわね)
「マック、ちょっと、止まらないで」
「マック、どうしたの」
(うわっ、振り落とされる)
(犬が合わないのですかな)
(僕たちのこと、気付かれたのでしょうか)
(ロバートさん、しがみつきましょう)
(いや、この際、もちっと中に入るに限りますな、耳の中などいかがかな)
「マック、どうしたの」
「ノミでも付いたかなぁ。こんなとこでぶるぶるなんて珍しいもの」
「そりゃここ犬の散歩多いけど」
「マック、どうしたの。今度からフロントライン付けてこなきゃね」
「マック、大丈夫よ、ノミ、いないみたいよ、帰ったらシャンプーね。痒いの嫌でしょ」
「いやだ、耳まで掻いている」
「ノミじゃなくて、まさか外耳炎。でもこんな急に。マック、汚い手で耳掻いちゃだめ、化膿しちゃうから、ほら、やめなさいってば」
(うわっ、耳の中でも振り落とされそう。ロバートさん、ここもあまり居心地良くない)
(やはり犬が合わないのですかな)
「愛ちゃん、抱っこした方がいい。抱っこして手を抑えた方が」
「マック、ここは歩きたいんでしょ。滅多に無い地面だから」
<ワン>
「じゃあ、掻くのやめなさい。そうそう、いい子ね」
「紫陽花がきれい」
(あれっ、ユリちゃんと同じこと言ってる)
(虎ちゃん、女の人は、お花が好きなもんなんですっ)
(だって、僕の所からは花は見にくい)
(ここの墓地はいいのよね。四季折々の花が咲いて。土もちゃんと残しているし)
(そう言えば最近地面は少なくなりましたね)
(ここも通路はアスファルトか砂利)
(道路もタイルや煉瓦や)
(地球が覆われているのですね)
(お花や草や木や虫が可哀想)
(ですわね)
(あっ、だから武蔵君、土竜を動物園でしか見た事ないんですね)
(これじゃぁ、地面の中で生きていられませんわね)
(気付いたら地面の中に閉じ込められている、うわっ、ぞっとします。よかった、ユリもう死んでいて)
(うっ、僕、毛の中に閉じ込められている気分です)
(虎ちゃん、それ、自業自得でしょ。土竜さんとは違いますっ)
(ほんと、最近、ユリちゃん口も悪くなってきたね)
(はい、虎ちゃんに教わりました)
(まったく)
(はい)
(愛が中学生の頃から、どんどん舗装されてきて。ニーニャの散歩の度に、土の地面を探すのが大変でしたわ。それ以前は今程舗装されていなかったのに)
(夢さまはどちらにお住まいでしたの)
(私、その頃はもう横浜におりました)
(まぁ横浜。懐かしゅうございます)
(まぁ、カテリーヌさんは横浜にいらしたのですか)
(いえ、わたくしは築地でした。でも横浜には何度か夫と。横浜も変わったのでしょうね。もう馬車など走っておりませんわよね)
(はい、たぶん、観光客用のを走らせることもたまにはあるらしいのですが。あら、カテリーヌさん、私も馬車は戦後の一時期に荷馬車を目にしたことがあるくらいですわ。後は観光用のに乗ったこともありました)
(まぁ、夢さまユリよりお若いのかしら)
(私、昭和元年生まれです)
(まぁ、私がこちらの世に参ってからお生まれになったのですね、まぁ)
(よろしいじゃございません。お見かけは私の方がずっと老けております。主人など、そんなに塗りたくったって婆さんは大して変わりゃしないのに何をぐずぐずしているんだ、でしたもの。カテリーヌさんは、女の花盛りでございましょ。私もその頃は幸せでしたわ。まだ民男と愛が中学生、久が小学生で、女の花盛りどころか子育て真っ盛り。それまでの板塀も取っ払って、金網沿いに薔薇を咲かせて。愛は小学生の頃から犬を飼いたいと申してましたが、義理の父母が嫌いで飼えなかったんですよ。近くの動物園がただでしたから、それで我慢させておりました。で、義父母が先ほどの墓に入りましてから、それまでの平屋を、二階建てに立て直してからプードルを買ったんですよ。小さい犬なら家の中でも飼えますでしょ。それがね、ふふふ、プードルですからてっきり小型だと思い込んでおりましたのに、原種で大型でしたの。どんどん大きくなって、子馬ぐらい。でも家の中で飼い始めましたから今更外にも出せず、あら、ニーニャでしたら、ロバートさんも虎之介さんもご苦労なさらずに乗れましたのにね。あら、でもニーニャでしたらこちらには連れて来られませんでしたわ)
(もうお亡くなりになったから、でしょうか)
(いえ、あっ、もちろんもう他界いたしましたが、ニーニャは大き過ぎて地下鉄や電車には乗れませんもの)
お読み頂きありがとうございました。
霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。