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第七話 セミテリオから犬にも乗って その一


(今日は烏も鳴きませんわねぇ)

(こう雨が降っておったのではのっ)

(でも、豪雨ではないですし。しとしとと、いいお湿り)

(そのしとしともオノマトペですわね。こういうのがしとしとなんですね)

(そう、ざぁざぁ降られちゃたまんない。夕立じゃあるまいし)

(♪ぴっちぴっちちゃっぷちゃっぷらんらんらん♪)

(マサ、その歌も私は知らないのですのっ)

(ユリも知らないです)

(あっ、僕知ってます。作詞は北原白秋なんですよ)

(まぁ、読んではいけませんって言われてました)

(えっ、北原白秋ってユリちゃんの頃、ふ〜ん、いけなかったの。いい詩が多いのに)

(その、ぴっちなんとからんらんもオノマトペなのかしら)

(そうでしょうな。我輩、雨音としては初めて耳にいたしましたが、雨の音のように聞こえますな)

(俺もその歌は知ってっす。けど、じゃのめがわからなくて、蛇の目って書くっしょ。なんか恐ろしいっす)

(蛇の目傘、とんと目にしなくなりましたな。あの日本情緒)

(最近の傘は華やかですものね。殿方でも模様の入った傘をさしてらっしゃることございますし)

(ユリ、もっと近くで紫陽花見たいです)

(紫陽花、一寸遠いですわねぇ)

(ここからじゃ、白いのと水色のと青いのと紫のと丸い固まりでしか見られないでしょ)

(ですわねぇ。近くで見せて頂きたいですわねぇ)

(日本の紫陽花ではないようですな)

(えっ、日本のじゃないっすか)

(日本の紫陽花はもっと背か高いものですな)

(でも、日本で咲いてるっしょ。それに、保育園の時、かたつむりが乗っている紫陽花ってあれだったし。紫陽花にかたつむりは付き物っしょ)

(憑き物とはまるで私達のことみたいですのっ)

(けど、かたつむりあんまり見ないっす)

(えええっ、かたつむり、いないんですか)

(うっす。あんまり見ないっす)

(見えなくとも私達憑き者はおりますのっ。かたつむりとて同じではなかろうかのっ)

(戦後、殺虫剤を随分使用しましたからねぇ。虫は減りました。おっと、かたつむりは虫じゃないですね)

(あら、でも、でんでんむしってユリ言ってました)

(♪でんでんむしむしかたつむり♪)

(そう、マサさま、その歌です)

(哀しいのっ、その歌も私は知らぬのっ)

(いずれにせよ、かたつむりも殺虫剤に弱いのでしょうね)

(最近、雀もあまり見かけなくなりましたね)

(虫を殺せば、虫を食べる鳥も減りましょう。雀は虫を食べるのかどうかは存知ませんが)

(雀が食べるのは米ではなかろうかのっ)

(でしたら昔に比べて田んぼが減った東京には雀は住めませんわね)

(いやぁ、都内に田畑が減ってからも、雀は米屋の前によくおりました)

(お爺ちゃん、お米はスーパーで売っているから)

(でも、雀って、お米しか食べないなら、秋しか生きていられませんもの。他の物も食べるのじゃないかしら)

(なのに雀さんがあんまりいないってのは、やっぱり虫が減ったからかしら。可哀想。雀のお宿の昔話はほんとうに昔話になっちゃいます。なんか、ユリ、そんなの嫌です)

(もしかして、雀が減ったのは、勉強し過ぎたからだったりして)

(えっ、どうして)

(だってたくさん勉強するとこどもたくさん作らないっしょ。ほら、慎之介は父ちゃんも母ちゃんも大学出ているから一人っ子で、あれっ、でも、家の父ちゃんもそうか。でも、母ちゃんは短大だし、だから俺と姉ちゃんで二人。美羽ちゃんとこは高卒と中卒だからこども四人もいるっしょ)

(えっ、そうなんですか、お勉強たくさんすると、こどもはたくさん作らないんですか。じゃぁユリだったらどうだったのかしら。でもあの頃、高等小学校行く子は少なかったし。でもユリ、三人はこども欲しかったし)

(確かに、高学歴は多産ではないと言われているが、雀が勉強ねぇ)

(だって、俺が小学生の時に図書館でお爺ちゃんにきいたっす、学問ってなぁにって、そしたらお爺ちゃん、勉強のことって教えてくれたっす)

(確かに、学問は勉強だが)

(大きな本の中にいろんな昔の人の事が書いてあって、その中に古そうな本が出ていて、探そうかなって思って、でも勉強する雀なんて、舌切り雀よりつまらない話しだと思って読まなかったっす)

(舌切り雀は判るが、勉強する雀の出て来る昔話ってありましたかね)

(さぁ〜)

(学問の雀って本っす)

(学問のすすめじゃないでしょうか。福沢諭吉先生の書かれた)

(それでしたら我輩も読みましたな)

(福沢翁のですのっ。自由民権運動の活動家がよく引き合いに出してましたからのっ、私も読みました。いいことが書いてあるのですがのっ、明治の、あれはいつだったか、大隈殿が追い出された時の、つまり、明治政府とは相容れない部分があってのっ、立場上あまり声を大にしては、あの書物は良いとは言い辛くてのっ)

(それかなぁ、違うみたいっす。福沢って人で、慶応大学作った人のっす)

(そうです福沢諭吉。早稲田を作ったのは大隈重信)

(だから、その慶応大学作った福沢って人が書いたのが、学問の雀っす)

(それ、やっぱり学問のすゝめ、学問のすすめのことじゃないでしょうか)

(すの後につが斜めになった字があって、だからすっめって読んだけど変だから、すずめのことかって思ってるっす。あれ、すすめって読むっすか。えええええ、雀じゃないっすか。そんな、今まで勉強する雀の昔話だと思ってたっす。そんな、そんな、いまさら。あっ、でも、やっぱりつまんない昔話っしょ。読まなくてよかったっす)

お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。


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