セミテリオの仲間たち 番外編葉 書簡
拝啓
春風若葉に香る候、皆々様には遥々東京からお越頂き、田植のお手伝ひ頂き、感激至極でござゐます。帝國の未来を担ふ末は博士か大臣かの皆々様の若き力を泥まみれの作業に就かせましたこと、恐縮至極。夏休みには再度御助力頂けるとのこと、有難き幸せ、お待ち申し上げます。皆々様の今後共の益々の御発展と僭越ながら御勉學に励まれますやうお祈り申し上げます。
敬具
紀元二千六百三年皐月末日
阿部清一郎
姪、西沙織代筆
高山弘毅様皆々様机下
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拝啓
青葉若葉のみぎり、益々御清栄のことと御喜び申し上げます。先日は微力ながら我らの力を発揮できたと自己満足、貴殿に御礼状を認めることを皆ひも揃って失念致してをりましたこと、誠に恥ずかしき次第。早速の礼状を頂き、僕達の未熟さを思ひ知らされました。座學と教練では學べぬ帝國國民食糧生産の厳しさと共に、自然の懐、泥の暖かさ、水の冷たさを久しぶりに感じられた素晴らしき体験をさせて頂き感謝致します。夏休みには一同揃って押しかけますので、よろしく御願ひ申し上げます。
敬具
紀元弐千六百参年水無月吉日
東寮理乙壱班代表 高山弘毅
阿部清一郎様
追伸壱、田植えの時期に水無月とはこれ如何に。
追伸弐、代筆の姪御様、西沙織様にもよろしく御伝へ下さ ゐ。
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拝啓
残暑厳しき中、皆様には益々御清栄のことと御喜び申し上げます。先日は、田の草むしりを御指導頂き誠にありがたうござゐました。四つん這ひで汗水たらした後の、井戸水で冷やされた西瓜は格別美味でした。虫送りも初めての体験でした。誠にありがたうござゐました。次は稲刈りの御手伝ひに参らせて頂きます。先づは御礼まで。稲穂の撓はな稔りを祈りつゝ
敬具
紀元弐千六百参年文月吉日
東寮理乙壱班代表 高山弘毅
阿部清一郎様御家族皆々様
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拝啓
まだまだ残暑厳しき折、皆様ゐかが御過ごしでせうか。折角の夏休みを、草むしりにゐらして頂き、誠にありがたうござゐます。こちらから御礼状を認めるべきところ、先にお葉書頂き、誠に申し訳ござゐません。西瓜や虫送りを楽しまれたこと、嬉しき限りです。大したおもてなしもできませんでしたこと、御無礼お許し下さゐ。稲刈りの御手伝ひに来られるとのこと、期待致してをります。
敬具
紀元二千六百参年葉月吉日
阿部清一郎 西沙織代筆
高山弘毅様皆々様机下
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拝啓
新涼のみぎり、皆様には相変はらず御多忙のことと推察 致します。黄金色に実った一面の稲穂、蝗が飛び雀が舞ひ赤蜻蛉が浮く下での稲刈り初体験、國民の食糧を生産することの喜びと厳しさを体験させて頂きました。田植時の小さな苗がここまで育った過程で僕達も僅かばかりでも貢献ができたのではと自負しても構はなひのでせうか。これからは僕達も勉學の秋に突入です。弥生にまた皆で押し掛けます。ではまた来春。
敬具
紀元弐阡六百三年長月吉日
東寮理乙壱班代表 高山弘毅
阿部清一郎様御家族皆々様
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拝啓
秋冷の候、高山様並びに東寮乙壱班の皆々様には大変御世話になりました。お陰様で稲は乾燥、脱穀まで終了致しました。玄米をお送りできず残念です。再来週日曜日には國民學校秋期運動会が催されます。採れたての薩摩芋や里芋しめじや椎茸と共に新米でおもてな致したく、皆様御揃ゐのお越しをお待ち致します。
敬具
紀元二千六百三年神無月朔日
阿部清一郎
西沙織代筆
高山弘毅様皆々様机下
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拝啓
澄み渡る秋。玄米まで無事終了との事、お喜び申し上げます。また、収穫量も昨年に比べて微増とのこと、ほっとしてをります。僕達の所為で収穫量が減りでもしたらと心配してをりました。秋季運動会及び御馳走御招待誠に有難うござゐます。僕達、来週日曜日の前日より強歩訓練にて、残念乍らそちらに参れません。来春田起こしではまたご指導宜しく御願ゐ申し上げます。
敬具
紀元二千六百三年神無月四日
東寮理乙壱班代表 高山弘毅
阿部清一郎様御家族皆々様
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拝啓
早春の候、益々御清栄のこととお喜び申し上げます。先日の田起こしに参った僕達、昨年よりは力も技量も上達したと自負してをりますが、相変わらずの御迷惑をおかけしたことになったやもと悔やまれも致してをります。卒業が早められるとの噂があり、進路先の決定等予定が不明ですので、田植には参れずとも夏の草刈りには一同揃って参る所存でをります。
敬具
紀元二千六百四年弥生中日
東寮理乙壱班代表 高山弘毅
阿部清一郎様御家族皆々様
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拝啓
桜の花も満開間近。東寮理乙壱班の皆様益々御健勝のこととお喜び申し上げます。先日は田起こし御手伝ひ頂き誠に有り難うござゐました。昨年に増し若き力に助けられた次第です。田植に来 られなゐとの事、残念ですが、近くの中學校學生一學級勤労奉仕頂けるとの事ですので、御心配なく御勉學に御励み下さひますやう。夏の草むしりにての再会を御待ち申し上げます。
敬具
紀元二千六百四年弥生末日
阿部清一郎
西沙織代筆
高山弘毅様皆々様机下
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拝啓
炎熱の候、益々ご健勝のほど御喜び申し上げます。流石二年目ともなると、四つん這ひの草むしりにも少しは慣れた様に感じられましたが僅か二度目で斯様な発言、お笑ひ下さひ。空気よりはひんやりした田の土が心地よく、また田に接してをりますと、地球の広大さを実感致しました。
やはり、卒業が早まることになり、本来ならば夏休みですが、寮生活最後に一層真剣に勉學交遊に身が入ってをります。退寮後、理乙班員は各々の道を進み勉學を続けることになりましたので、実家住所を別紙に記しました。なほ、進路ですが、久保と清水は工、佐藤と水野は医、藤本は薬、私、高山も薬の予定でしたが、思ふところありて農に変更致しました。
紀元二千六百四年度東寮理乙班として書状を差し上げるのも今回最後となりました。僅か一年半、計五回、計一月余の勤労奉仕でしたが、阿部清一郎様御家族皆々様には、御家族同様に可愛がって頂き、 喰ゐ盛りの僕達一同食事も腹一杯頂き、春の桜と雲雀、夏の星空と蛙の大合唱、秋津島とはこのことかと言はんばかりの蜻蛉の大群、秋の薄と虫の声、青春の一頁、貴重な体験をさせて頂きましたこと、誠に感謝に耐へませぬ。
田植え時には御手伝ひできず、また稲刈りにも揃っては参上できず、心苦しいばかりです。
阿部清一郎様、御奥様キミさま、御長男御奥様里子様、よっちゃん、稔ちゃん、西沙織様、健人君、沙喜ちゃん大変有り難うござゐました。
時節柄、皆々様の今後共益々の御健康と國民食糧生産増加、戦勝を切に御祈り申し上げます。
敬具
紀元二千六百四年葉月中日
東寮理乙壱班代表 高山弘毅
阿部清一郎様御家族皆々様
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澄みわたる秋、藤本さまゐくゎがおすごしでらっしゃるでせう。
伯父に最後にお便りを頂いてから一年以上経ちました。たいへんご無沙汰致してをります。その間の周囲の変はりやうに驚いてをります。
八月の二十日には、健人、沙喜と共に、私、飛鳥山の焼け残った実家に戻りました。稲刈りの手伝ひに再び伯父の所に戻り、その帰路、先月二十四日、王子で降りました折に、下りの電車の中に藤本さまをお見かけしたやうに思ひます。夕方の四時前頃でしたが、國民服の方々で混雑した中に目立ちました學生帽の方数名の内、お一方が藤本さまでした。いえ、たぶん藤本さまだったと思ふのですが、丸い黒縁眼鏡のやや横を向いてらしたお顔が藤本さまそっくりでした。あっと思ったのですが、お声をかけるのを躊躇っております内に発車して。その時刻、藤本さま、王子を通られましたでせうか。周囲の他の學生さんの中には、伯父の所に勤労奉仕にゐらした方々のお顔はなかったやうに存じます。
突然、斯様なお便りを差し上げます事、申し訳ござゐません。懐かしさのあまり。高山さま初め、久保さま、佐藤さま、清水さま、水野さま、理乙壱班の皆さまゐかがお過ごしてらっしゃるのでせう。皆さま揃ってご進學なされて、その後ご無事でしたでせうか。
健人も沙喜も、こちらの中學、小學校に通い始めました。教科書を墨で塗ったそうです。私の従兄になります清が戦地から無事帰還するよう、叔父も叔母も里子さんもよっちゃんも稔君も待っております。よっちゃんは、来春から國民學校です。そして私、間があきましたが、女子大に通えたらと、受験勉強を始めてみました。勉學の喜びを感じる日々です。
兼好法師さまではございませんが、よしなしごとを書き連ねてしまいました。
お返事、頂けましたら幸ひです。 かしこ
西沙織
一九四五年十月一日
藤本浩二さま
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天高く馬肥ゆる秋、
懐かしく水茎麗しいお便り大層驚きました。阿部清一郎様御家族、西様姉妹弟様御元気の様子、何よりです。本当に驚きました。高山にではなく小生に、しかも封書、しかも開封跡が無いどころか検閲印すら押されていない。
そして、確かに小生その頃王子を通りました。敵機も我が帝國の機も飛ばず天高い秋は本物でも、馬は草食めば肥ゆるとも人は腹空かす昨今、講義は無く、荒川の上流で釣りでもして魚を喰おうと、揃って釣りに出かける途中でした。実際、秋鮎で少しは腹が満たされました。
一年前までの勤労奉仕の頃が懐かしく思出されます。阿部様の所ではたらふく食べられたことや、満天の星、菜の花、沙喜ちゃん、よっちゃんと作った蓮花の髪飾りや草笛鳴らし、縁側で沙織さんや皆と皇學の将来を語った事、健人君に化學を教えた事、里子さんに抱かれた稔君、阿部様御夫婦との炉辺での作業、全て、懐かしく思出されます。
農の高山、工の久保と清水、医の佐藤と水野、皆元気です。理乙壱班の仲間とは、學内で時折出会います。 東久邇宮内閣が総辞職しましたし、まだまだ先行きの見えない日々ですが、その内、一同会してみたいものだと。その折には沙織さんも飛鳥山からなら近いですから是非ゐらっしゃい。
ところで、沙織さんからお手紙頂いた事、皆には内緒にした方が良いのでせうか。それとも、皆に連絡しても構はないでせうか。念の為。
藤本浩二
昭和二十年十月五日
西沙織様
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謹啓
涼風の候
皆様には益々ご清栄のことと心よりお喜び申し上げます
このたび
哲也 次男 浩二
由峰 長女 沙織
柿下重徳博士夫妻ご媒酌により
桜山区公会堂第二会議室にて
十月十五日午後十五時より
結婚式を挙げることになりました
心ばかりの祝宴をご用意いたしました
ご多用中誠に恐縮ではございますが
ぜひご出席くださいますよう お願い申し上げます
敬具
昭和二十五年九月吉日
藤本哲也
西 由峰
第五話登場の瑞鏡の後輩達の戦前から戦後の文通の一部でした。
お読み頂きありがとうございました。
霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。