第六話 セミテリオに里帰り その二十
(もぐら...動物だってことは知ってっすけど、動物園でも見た事ないっす)
(まぁ、武蔵君、もぐらを知らないのっ。武蔵君、埼玉にお住まいでしたでしょ。ユリの頃は東京にもいたのに。もぐらさん、ちょっとふにゃふにゃしていて、でもかわいい、あら、かわいいってユリが言ったら、百姓には邪魔者なんですよって婆やに言われました)
(これこれ武蔵、他所様のお話に割って入るものではない)
(えええっ、だって、みんな割って入ってばかりじゃないっすか)
(構いませんのよ、義男さま。こちらではいつもこんな調子ですもの)
(然様ですな。皆、それぞれの思い出を、思いを述べる)
(さもないとアンモナイト、こちらの永遠の様な時を過ごすには暇を持て余し過ぎますのっ)
(おかげさまで、わたくしも日本語が上手になったように思います)
(ほらお爺ちゃん)
(いやぁ、でも、武蔵、お前は一番年下だからね)
(あのぉ、この中では、わたくしのロビンが一番若いです)
(おっと失敬。しかしロビン君は聞いているだけですね。お行儀よろしい。武蔵とは違いますね)
(ロビンちゃんはねぇ、話せるわけないですものね。まだ赤ちゃん)
(あんまりお年のこと、おっしゃらないで。ユリ、若いつもりでしたのに、何だかお婆さんみたいに感じてしまいます)
(ユリさん、私よりお若いですわ。お生まれでもお見かけでも)
(ふふっ、ユリちゃん、お生まれでもお見かけでも、僕より老けてる)
(ほらぁ、虎ちゃんやっぱり意地悪)
(ねっ、ですから、義男さま、やっぱりお年は関係無く)
(ほらお爺ちゃん)
(はいはい)
(それで、大きなもぐらにドンドン突かれているようでまんじりともせず、でも、運転してらしたピーターさんもその右横に座っていた克子もピョンピョン跳ねながら楽しそうに話し続けておりまして、時折キャッ、ワーオなどと、子守唄にはほど遠いにぎやかさでしたのよ。そしたら突然ギャッと外で声がしまして、キィィィッと車が止まりましてね、私座席から転げ落ちかけまして、後ろの窓から外を見ましたら百姓が一人悲鳴を上げて飛び跳ねているじゃありませんか)
(そういえば、綾子の自動車の前にも、他の自動車の前にも人払いはおらなかったのっ)
(だんなさ〜、馬車鉄道の頃ではありませぬ。自動車の前にいちいち人払いがいては、いくら人口が倍になっても、人が足りませんでしょ)
(そういえば、そうでしたわね)
(汽車の前にも人が乗っておったのだのっ)
(へぇ〜。そうだったっすか。よく落ちなかったっすね)
(汽車や自動車って鉄でできているのでしょう。鉄がぶつかったら、ユリなら痛いです)
(ユリちゃんじゃなくたって痛いさ、それに重い)
(ぶつかったのかしら、はねてしまったのかしら、まぁ大変と私おろおろしてましたのよ。飛び跳ねてるくらいでしたから生命に別状ないことは判りましたが、痛そうで。そうしましたらね、克子が、お母ちゃまは気にしなくていいからと言って、外に出て行って百姓に話しかけてからピーターさんの所に戻って来て何か話して、するとピーターさんがお財布から出した紙幣を克子が百姓に渡して、百姓はぺこぺこしてましたから、納得したのでしょうね。お母ちゃま、気にしなくていいのよ、と克子はもう一度私に申しまして、占領軍の車だし足の上をタイヤが通ったくらいだから無視してもいいんだけれど、ピーターさんは悪いからってお金をお渡しになったの、と。何て申しましょうか。仕方ないのかしら、占領軍がお百姓をひいたのだから仕方ないのかしら、でも何か喉に小骨が刺さったような、ですから今でも覚えておりますが)
(殿の行列を邪魔して英吉利人や亜米利加人を斬ったら戦になったのっ)
(あっ、それ知ってっす。生なんとか事件っしょ)
(然様)
(百姓は軍人には弱いですわねぇ、昔からどこでも)
(そうっすか。今もそうなのかなぁ。男女平等でもっすか)
(ましてや占領軍ではねぇ)
(絵都さまもオノマトペをたくさんお使いになりますのね。日本語のオノマトペ、本当に面白いですわ)
(オノマトペとは、カテリーヌさん、なんでしょう)
(俺もわからないっす)
(ユリ、覚えました。外国語にはほとんどないんですよね。ロバートさま)
(武蔵君、擬音語擬態語のことだよ)
(勉強になりますわ)
(でしょう。絵都、勉強はこちらの世でもできますのよ)
(だのっ、絵都。故に、あの時には私の按摩の為に女学校をやめても構わなかったのですのっ。勉強はこちらでもできる。然し乍ら、按摩は身体がなければ出来ぬものだからのっ、こちらでは無理だのっ)
(お父上...)
(うむ、ユリさん、擬音語は少しは英語にも仏蘭西語にもありますがな。擬態語は無いに等しいですな、とは申せ、我輩の存じておる外国語はそう多くはないのでして、世界のあらゆる言語の中にはオノマトペの豊富な言語もあるのではないかとは思っております)
(擬音語と擬態語って、そういえば国語の時間に習ったっす、でも、あんまり覚えてないっす。虎之介お兄ちゃん、何のことですか)
(うわっ、またお兄ちゃんだって、嬉しい言葉。武蔵君、擬音語とは音に似せた言葉、先ほどのドンドンとかがたんがたんとか。で、擬態語とは、様子を表す、例えば先ほどのぺこぺこがそう)
(お兄ちゃんありがとうございます)
(おっ、武蔵君がちゃんとございますって言えましたね)
(あ〜、思い出したっす。そういえば、俺のダチがチャリに乗ってておかまほられかけて、チャリごと倒れて、ちょっと怪我して、チャリがちょっとゆがんで)
(チャリって何でしょう、オノマトペかしら)
(チャリチャリ、何か玩具の銭を手の中で揉む様な)
(チャリって自転車のことっすよ)
(チャリ、Charlieでしたら人の名ですが、自転車の意味では英語ではないですな)
(仏蘭西語でもないですわ)
(日本語っす)
(日本語に斯様な言葉はあったかのっ)
(わたくしは存じませんわ)
(私も)
(僕も)
(私も聞いたことないですね)
(日本語だと思うっす。よく使うっす、ママチャリとか)
(ママは母のことですかな)
(そう、ママチャリってのは、お母さんが乗ってる自転車のことっす。前や後ろにかごが付いていて、サドルが低くて)
(サドルとは乗馬の折の鞍のことですな。なるほど、自転車の座席が低い、女子供にも乗り易いということですな)
(あっ、ママチャリは男の人でも乗ってっす)
(ふむ、ややこしい)
(で、おかまほられたとは)
(お釜って、お台所で使うお釜でしょ)
(♪おかまかぶってどこ行くの、お釜壊れていかれません♪)
(お母上、それ、克子や朝子が幼い頃歌っておりましたわ)
(あら、絵都、あなたも、それに私もですよ)
(マサさま、その唄、懐かしゅうございます)
(まぁカテリーヌさままで。まさかお国の唄ってこと、ございませんわねぇ)
(露地で日本のお子がお手をつないで遊んでましたでしょ)
(はい、ユリも遊びました。♪勝って嬉しい花一匁、負けて悔しい花一匁♪)
(お釜は掘れませんわねぇ、彫るのかしら)
(あのぉ、おかまほるってのは、後ろからぶつけるってことでぇ、ともかく、 俺のダチがチャリに乗ってておかまほられかけて、チャリごと倒れて、ちょっと怪我して、チャリがちょっとゆがんで)
(武蔵の友人が自転車に乗っていて、後ろから追突されて、自転車ごと倒れて、怪我をして、自転車も壊れた、ということだね)
お読み頂きありがとうございました。
霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。
お読みになられたあなたと、書き手の私が共に生きておりましたら、来週水曜日に再会いたしませう。




