第四話 セミテリオのこども達 その二
第一話から、あるいは第四話その一から読んでいただいた方が流れがつかめると思いますが、ここからでもどのお話から読んでいただいてもOK.
「お父さん、梅雨っていつから」
「もうすぐだよ、どうして」
「雨が降ったらね、長靴はいていったら、水たまり探検ができるの」
「あっ、そうだったね。でも、お父さんは雨嫌いだよ」
「雨が降らないとお百姓さんが困るんだって、蒲原先生が言ってたよ。それにシスターも、雨は神様が降らせるんだから、人間の自由には降らせられないって」
(シスターってどなたでしょう)
(先生がおっしゃった、と最近のお子様はおっしゃらないんですね)
「今、雨を降らせる実験している国もいくつかあるらしいけどね、隼人には難しいかな」
「お父さん、もっと速く歩いてよ」
「信号まだ赤だから」
「でも青になったらすぐ渡りたいんだから。昨日は大和君と琴音ちゃんに負けちゃったでしょ。今日は一番になりたいんだから」
「はいはい」
(あら、セミテリオへの矢印がございますわ。ここから五百メートルですって)
(メートルって、ユリにはわからないのですが、遠いのでしょうか)
(それほどでもないですわ。この桜並木、葉がおいしげって、鮮やかな色ですわね)
(ユリ、苦手です。毛虫が落ちてきたら、悲鳴あげちゃいます)
(ユリさまが悲鳴上げられたら、わたくしたちきっとセミテリオに戻ってしまいますわね)
(悲鳴あげないようにがんばります。折角カテリーヌさまとこうしておでかけして楽しんでおりますもの)
(紫陽花もうつくしいですわね)
(ユリには、この紫陽花は珍しいんです。いつ頃からこちらばかりになったのでしょう。ユリが生きておりました頃には、日本の紫陽花の方が多かったんですよ。背が高くて、花が大きくてまばらなのが)
(こちらの紫陽花は、ユリさまのおっしゃる紫陽花を西洋で作り替えて、また日本に戻されたそうです。こちらの方が強いのかしら、たくさん咲いていますわ。幼稚園にはお父様がご一緒なさるのですね)
(幼稚園ってどのような場所なんでしょう。ユリは行ったことないから、楽しみです)
(わたくしも、存じませんわ。隼人君は怖がっていないようですから、お優しい先生方なのでしょう)
(あれかしら)
(あら、あれは耶蘇教の教会ですわ。ほら、屋根の上に十字架がご覧になれますでしょ)
(ほんと、カテリーヌさまのお家のと同じ。西洋の物語の挿絵みたいです)
(教会の前を通り過ぎてしまいましたわ。久しぶりに中に入りたかったのですが)
「隼人、危ない、待ちなさい」
「シスターおはようございます」
「隼人君、おはようございます。一番ですよ」
「よかった、じゃぁね」
「隼人君、お待ちなさい。お父様にちゃんとご挨拶なさい」
「お父さん、ありがとうございました。行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃいませ」
「やったね、僕一番」
「隼人君、ちゃんとお鞄とお帽子とお弁当を掛けてからですよ」
(教会のお庭が幼稚園みたいですね)
(マリアさまがいらっしゃいます)
(えっ、どちらに。あっ、あのお子様を抱かれたご仏像ですか)
(いえ、ご仏像ではなくて、はい、イエス様をお抱きになってらっしゃいます。ほら、昨日、えぇと、琴音ちゃんがお話していた)
(マリアさまって美しい方なんですね。あら、お砂のプリンがあります)
(あれは、うふふ。頂けませんわ)
(うわぁ、みんな小さくて、おもちゃのお家みたいです。お机やお椅子が赤、橙、黄、緑、青、紫、きれいですわ。天国みたい)
(天国ってどんなところなんでしょう。今わたしたちのいる世界は天国なんでしょうか。でも違うみたいですし)
(かわいくて、うきうきしてしまいますわ。ロビンを連れてくれば良かったかしら)
(ユリもこどもになって遊びたいです)
(なってみましょうよ)
(ユリちゃん、可愛いです。でも髪型もお変えになった方がよろしいですわ)
(カテリーヌさま、いえ、カテリーヌちゃんもお人形さんみたい)
「琴音ちゃんおはよう、大和君おはよう」
「隼人君、おはよう。あぁあ、今日は負けちゃった。パパがおトイレ長かったんだもん」
「隼人お兄ちゃま、おはようございます。私、シスターのところに行く。あっ、カテリーヌさんおはようございます。お友達にも」
(琴音ちゃん、おはようございます。こちらはユリさんですよ)
「カテリーヌおばさんっ。昨日より小さくなっちゃったの。どうして幼稚園の制服着てるの」
(おほほ)
(琴音ちゃん、初めまして。おはようございます)
「ユリお姉様、初めまして。ユリお姉様も小さくなってる」
(うふふ、ユリちゃんの制服、似合ってるでしょ)
「う〜ん、なんか、ちょっと、でも、うん」
「琴音、朝から夢みてる」
「夢じゃないもん。隼人お兄ちゃまの横にいるんだもん、ほら」
(あちらの女の子、マリア様に百合のお花をさしあげてますわ)
(マリア様は、百合がお好きなんですよ)
「交代でね、しらゆりさんたちが、お花を持ってくるの」
(私のこともマリア様はお好きかしら)
(マリアさまはお心のお広い方でらっしゃいますもの。まぁ、お花がきれい)
(美しい色ですこと。先ほどの建物の中のお机やお椅子の色と同じですね。でも、ユリの知らない花ばかりです。セミテリオにはこういう花はないですし。ユリがあちらの世界にいた頃にはこういうお花はなかったです)
(仏蘭西にはございました。日本で西洋のお花をたくさん見られて、懐かしくて、わたくし幸せですわ。でも日本語ではなんというんでしょう)
(こんなきれいなお花がいっぱい咲いている仏蘭西は天国みたいな所なんでしょうか。あっ、こちらはユリの頃にもありました。鉄棒でしょ、ブランコでしょ、滑り台でしょ、自転車も。自転車、ユリ乗りたかったんですよ。でも、女子の乗るものではないと言われてました。あら、ユリの頃には空き地には大人が作ってくれた、なんていうんだったかしら、大きな丸太がぶら下がっているのがないです、あれみんなで乗れて揺れて面白かったのに)
(わたくしも自転車には乗ったことございませんわ。殿方が颯爽と走るのがうらやましかったものです。まぁ、琴音ちゃん上手に乗ってますこと)
(あら、後ろに小さい車輪が両側についていて、転ばないようになっているんですね)
(次から次へとお子が入って来ますね)
(お父様よりお母様が多いようですわ。シスターもご挨拶たいへんですわね)
(でもにこにこしてらっしゃる)
(シスターってお名前、どういう漢字を書くのかしら)
「さぁみなさん、こちらに集まって、ばらさんは小山先生のところに集まりましょうね。さくらさんは蒲原先生、しらゆりさんは中山先生の所。朝のご挨拶をいたしましょう」
(ばら、さくら、しらゆり、ってお花の名前だけじゃなかったんですね)
「小山先生、蒲原先生、中山先生、シスター、神様、マリア様、おはようございます。♪たのしいようちえん、ばら、さくら、しらゆり〜♪ てんにましますわれらのちちよ、ねがわくはみなのとおとまれんことを、みくにのきたらんことを、みむねのてんにおこなわるるごとくちにもおこなわれんことを〜 アーメン)
(アーメン、あら、わたくしもつい一緒にあわせてしまいました)
(これはなにかしら。幼稚園のお歌にしては難しそう)
(日本のお寺や神社ではみなさまでお声を併せてお祈りいたしませんか)
(あっ、お経なんですね。それで、アーメンって)
(ユリさま、申し訳ございません。いえ、恥ずかしいです。わたくし、今まで意味を考えたことございませんでした。どうしましょう。あちらの世界におりました時には日に二度は唱えておりましたのに)
(うふふ、ユリも、お経の意味、知りません。今度ご隠居さまにお尋ねいたしましょうね。シスターには先生って敬称がつかないんですね。どうしてかしら)
(シスターって、英語でご姉妹のことですけれど、あっ、日本語では修道女さま、尼さんと同じかしら)
(あぁ、だから、頭に尼さんみたいにかぶってらっしゃる)
(面白いですわね。信心が異なっても、女性は頭に布をかぶるのですね。不思議ですわ)
(あら、隼人君と大和君と琴音ちゃんと、みんな違う所に入っていきます)
(隼人君とは翔君がご一緒ですわね。あら、こちらから大和君のいるお部屋も、琴音ちゃんのいるお部屋も見えますわ)
(芸術の時間みたいですね。隼人君の絵は何かしら)
(芸術...お絵描きっていうんです。あっ、大和君のところは粘度遊びかしら)
(隼人君の絵は、たぶん、え〜と、これ、蛙の赤ちゃん、ですわ)
(おたまじゃくしっていうんですよ。でも、おたまじゃくしに眉毛はないのに)
(人間みたいに描いてしまうんですね、でも、かわいらしい、おたまじゃくしが笑ってます)
(琴音ちゃんが、私たちを見ながら描いてます。ユリ、手を振っちゃいます)
(あら、神父様がいらっしゃいました)
(お寺でしたらお坊さんと同じ、ですか)
(えっ、はい。あら、日本人ではないみたい)
(あら、髪の毛の色がカテリーヌさまと同じで、目はロバートさまと同じ。色々な組み合わせがあるんですね。どこのお国の方かしら。西洋人だとは思いますが。何語でお話なさるのかしら)
「ゲオルク神父様、おはようございます」
(シスターが日本語でお話になってますわ。よかった。ユリにも分かって)
(ゲオルク...独逸のお名前だと思います。仏蘭西のお隣の国ですわ)
「園長先生、おはようございます」
(神父様が園長先生なんですね)
「皆さん、今日は水曜日です。一緒に教会で神様とお話しをする日なのですが、今日は明日の結婚式の準備をしていますから、神様とお話するのは金曜日になります」
(明日はこちらで結婚式があるんですね。参列したいですわ。でも無理かしら。幼稚園のお子達は入れないんでしょうね)
(ユリも教会の結婚式って見てみたいです。お餅を配るのかしら。ところで、神様ってお話できるんですか)
(う〜ん、どう申しましょう。ユリさま、お寺でお経を読まれた時、何か考えてませんでしたか。ご先祖様のこと思い出したり。仏さまにお話いたしませんでしたか。あの、日本の結婚式ではお餅を配るんですか)
(お国によって違うらしんですけれど、あっ、このお国ってのは、仏蘭西や英吉利ではなくて、日本の中のどこの出かという意味です。東京にはいろいろなお国の方がいらっしゃるので。ユリが小さかった時、結婚式やお家を建てる時や、おめでたい事があると、お餅を配るお家もございました。それと、お経は、大事だとは思っていても、意味がわからない言葉が多いですし、はい、ユリ、確かにぼんやりして、おじいさまやおばあさまのこと思い出したりしてもいました)
(そういう時に考えたこととか感じたことって、もしかしたら神様、いえ仏様のお言葉だとは思いませんでしたか。なんとなく心が安らぐような)
(あぁ、はい、なんとなく分かったような気がします)
「描けた人、粘度細工ができあがった人は、シスターか園長先生にご覧になっていただきましょう。何ができたか描けたか、ちゃんと説明できるかな」
(うわぁ、みんな違う。お花を描いたお子や、猫を作ったお子、時計の絵や、あらっ、数字ばかりのお子も、山の形の粘度や、お家、あらっ、これはセミテリオかしら。まぁ、蟻をこんなに大きく作ったり、お友達の鼻だけなんて、面白い。自転車の絵かしら、難しそう)
(このお子は、こちらで遊んでいるお友達を描いているのかしら)
(カテリーヌさま、でも、夜ですわ、お月様が出ています)
(えっ、あら、昼間ですわ、これ太陽ですもの)
(いえ、黄色いからお月様ですわ。幼稚園は夜も開いているのですね)
(ユリさま、これ、太陽です)
(でも、黄色いから、お月様ですわ)
(ユリさま、太陽は黄色ですわ、それにお星さまもないですし、昼です)
(お星様は、ほら、セミテリオでも最近は見えなくなってきてますし、お日さまは真っ赤じゃございませんこと)
(ユリさま、太陽をご覧になってくださいな、黄色ですわ)
(お日様をみたらいけないって、目に悪いそうです。でも夕日って真っ赤ですよぉ。お月様はご覧になるでしょ、黄色いお月様の中で、兎がお餅つきをしてるんです)
(えっ、そうなんですか)
(はい、ユリはそう聞かされてました。でも、もう四半世紀より前に旅しました時に、数日前に亜米利加人がお月さまから帰ってらしたたそうで、その時には兎はいなかったって、白黒のテレビでやっていました。たぶん、兎さんは怖かったから隠れていたのかもしれません)
(わたくしは、悪い人と女の人が住んでいると聞きました。月って、どのくらいの広さなのでしょう。小さく見えますが、兎さんと悪い人と女の人が隠れられるくらいなのでしょうね)
(でも、兎さんや悪い人や女の人が住んでいるってこと、どうしてみなさんご存知なのでしょう。亜米利加人より前にお月様に旅した方がいらしたのでしょうか)
「琴音ちゃんの絵は何かな。お友達かしら」
「うん」
「誰かな」
「隼人お兄ちゃまと、カテリーヌさんと、ユリさんなの」
「隼人君は、うん、上手ね。カテリーヌさんとユリさんってお友達なのかな」
「うん、昨日お友達になって、今日は隼人お兄ちゃんと一緒にいるの」
「そうね、絵の中で、隼人君とお友達になったのね。お人形さんみたいに可愛いお友達ですね」
「違うよ、今、隼人お兄ちゃまと一緒にいるの。昨日は大人だったけど、今日はこどもなの。隼人お兄ちゃま、今お友達と一緒にいるでしょ」
「えっ、うん、翔君と、翼ちゃんと、茉莉ちゃんと、まりなちゃんと、裕樹君と」
「カテリーヌさんとユリさんも」
「昨日のセミテリオのお友達のことでしょ、ふ〜ん」
「琴音ちゃんの新しいお友達なのね。仲良くしましょうね。茶色い髪も緑の目もすてきね。まりなちゃんみたいですね。あら、神父様、大丈夫ですか、どこかお加減悪いのではないですか」
「あっ、いえ大丈夫。この緑の目に、いや、ハンブルクの従妹に似て、いや、なんでもありません」
(やっぱり、琴音ちゃんにだけ私たちが見えるみたいですね)
(神父様にも見えないんですね。ちょっと残念です。神様にお仕えなさる神父様や修道女さまでしたら、もしかしたらわたくし達に気づいてくださるかもしれない、と思ったのですが)
*
その三に続く
お読み頂きありがとうございました。お楽しみ頂けましたなら、幸いです。
来週水曜日にはその三をアップいたします。再見、安寧