第六話 セミテリオに里帰り その八
(五族共和で、みんなで一つになって大きい国になろう、ってののどこが悪いのかのっ)
(みんなで仲良くって言ったって、仲良くしたくない人っているもの。ユリ、わかります。それにみんなの中に、仲良しになりたくない人もいるってこと、よくあるでしょ)
(仲良くしろって言われたって、押しつけられて仲良くできるわけないっしょ)
(確かに。学校の先生はよくおっしゃった。でも、嫌な奴っていますからね)
(すぐ乱暴したり、いばったり、人の物盗ったり隠したりする奴)
(そうそう、陰で悪口言いふらしている人とかね、ユリ、大嫌いでした。あっ、絵都お姉さまのなんでしたっけ、なんとかの君の話もそうかしら。先生は仲良くっておっしゃったって、嫌ですよねぇ。それに、先生がいない時に誰かが先生みたいにそんなこと言ったら、やっぱり嫌だわ、ユリ)
(俺、その先生みたいなだちっていたっす)
(だち、って何かしら)
(え〜と、カテリーヌおばさん、日本語っす、友達のことっす)
(我輩もそのだちというのは初耳ですな)
(私もだのっ。新しい日本語のようですのっ)
(俺のだち、友達の慎也ってのがそういう奴で。保育園の時から一緒で、とっても頭がよくて、性格もいいってのかなぁ。先生みたいなこと言ってったっす。葬式に来てくれてうれしかったのはあいつだけ。ほんとは、慎也なんて呼びたくなかったっす。保育園の頃、最初は慎ちゃんって呼んでたっす。けど、テレビの漫画で、幼稚園に通ってる、なんかちょっとエロっぽいしんちゃんって子がいて、それで俺のだちの慎也は、しんちゃんって呼ばれるの嫌がるっす)
(エロってなんでしょう)
(え〜と、外人のおばさん、エロ知らないっすか。うっそぉ。だって、エロって、英語だっしょっ)
(そのだっしょというのは英語のdashですかな)
(あ〜、外人のおじさん、だっしょっは日本語っす)
(僕分かりますよ。エログロナンセンス、なんか退廃の匂いがぷんぷんしますね。僕の頃、日支戦争の頃からは唾棄された言葉ですね)
(わたくしも、耳にしたことはございますわ。お下劣お下品で、女性は口にしてもいけない言葉だと思いました)
(私は聞いたことないのっ)
(ユリも知りません)
(ナンセンスは、わたくし、分かりましてよ。仏蘭西語ですもの)
(うわぁ、外人のおばさん、フランス語も知ってるの)
(わたくし、仏蘭西人ですの)
(フランス...外人ってみんな英語しゃべるんじゃないんだ。あれぇ、おばさん、昔の人でしょ。そんな昔にも日本にフランス人がいたっすか。へぇ〜)
(わたくし、傷ついて参りました。わたくし、そんなに昔の人なのでしょうか。外人ってみんな英語を話せると思われるのでしょうか。わたくしは夫と英語で話せることを少し誇らしく思っておりましたのに、英語はあたりまえなのでしょうか、いえ、英語より仏蘭西語の方が格式高いですのに)
(武蔵君、君、幕末の日本の歴史はまだ学校で習ってないのかな。フランスは江戸幕府の軍の近代化を助けたのだが。それと皆さん、エログロナンセンスは全部フランス語ですよ)
(まぁ、虎さま、わたくし存じませんわ)
(それは、いつもの日本語のお得意ので、短くしていますから。erotique、grotesque、nonsenseですよ)
(ou la la、まぁ)
(それは、んだもしたんと同じようですな)
(んだもしたんってフランス語っすか)
(わっはっはっ。薩摩言葉が仏蘭西語かのっ。驚いた時に使う言葉ですのっ、日本語ですのっ)
(日本語...あっ、方言っすね。俺がかんますとか水くれというとお爺ちゃんが分からなかったのと同じっす)
(そうそう、かんますはまだかき回すと似ていますし、動作があったのでわかりましたが、水くれと言われた時には、随分乱暴な言葉遣いだと思いながらコップに水を入れて渡そうとしたら、武蔵がきょとんとしてました)
(義男さんはこちら、あっ、セミテリオではなく、東京の方ですものね、お孫さんと言葉が通じないのはお辛いですわね)
(いやぁ、大半は問題なかったですよ。テレビの全国放送のおかげで、どこでも標準語は通じますから。でも、幼い子は、育った場所の言葉を覚えますからね。水くれと武蔵が言ったのは小学校の一年生の時ですよ。ですから余計に乱暴な言葉遣いだと思いましてね。注意しようとしたら、武蔵が、朝顔の鉢に水くれしないとと言うんですよ。で、私、それは、水やりと言うんだ、朝顔が水をくれって頼んでいるのかな、と言うと、武蔵が学校の夏休みの生活の紙を見せてくれましてね、そこに、水くれをわすれないように、って書いてあるんですよ。気持ち悪くてね。やるのは人間、くれと言うのは草花の立場の言葉だと、今でも私は思うんですがね)
(所変われば品、いえ、言葉が変わるですな)
(そう、ですから、所変われば言葉変わるで、私は仏蘭西人ですから仏蘭西語ですのよ、武蔵君)
「家の墓はたしかこの辺だったのになぁ」
(またいらっしゃいましたわ。先ほどの方)
(管理棟で訊いてくればいいのに)
(お恥ずかしいのではございませんか。ご自分のお家のお墓の場所を尋ねるなんて)
(武蔵君、仏蘭西語の方が英語より格上として扱われていることをご存知かな。外交官たる者、フランス語は必須)
(外交官ってなんすか、外交員なら慎也のお母さんがパートでやってたけど)
(外交員とは我輩も知らぬが)
(外国人さんだから知らないのかなぁ)
(武蔵君、こちらのロバート殿はややもすると私より日本語が達者ですのっ、いや、ややもしなくとも達者ですのっ)
(いえ、左様な事はございませんな。何しろ、そのややもすると、のややが分かりませぬ。意味は分かるのですが、なぜ動くという字をややもすと読めるのか不思議でなりません)
(日本語は漢字が特に難しいですものね。わたくし漢字はあきらめましたのよ)
(あっ、俺と同じっす)
(こら、武蔵、お前は日本人で中学生だろう、あきらめてどうする)
(お爺ちゃん、こっちの世界に来てまで言わないでよ。それにもう、あきらめて構わないっしょ。まさかこっちの世界にも学校があるなんてことないっしょ)
(武蔵君、学校はない。安心していい。けれど、学習意欲、向上心が無いと、こちらの世界から早く消えてしまうやもしれぬ)
(えええっ、そうなんっすか)
(いや、冗談。好奇心が無いと、消えるらしいのです)
(へえ〜)
(でも、漢字は別にいいっしょ。漢字は小一の時から嫌いっす。一年生の生って字、俺、ぶって読んだっす。だって、爺ちゃんの好きな将棋の羽生名人の名前だと生をぶって読むでしょ。で隣の市の名前は羽生って同じ字なのににゅうって読むし、小四だったかなぁ、埼玉県の地図見てたら読めない地名があって、それだと、生をせ、って読むし、こういうのは全部人や場所の名前だから特別だとしても、生まれるの時はうって読むし、家庭科だと生物はなまって読むのに、理科だと生物はいって読むっしょ。なのに最初に覚えさせられるのはせいって読むわけで。で、一生ってしょうって読むでしょ。いくつ言ったっけ。ぶ、にゅう、せ、う、なま、い、せい、しょう、ここまでで八つっしょ。他にもあるのかなぁ。たった一つの漢字なのに八つもあるっす。たまらないっすよ。それに書き順だとかはねるとか、送り仮名とか、うんざり。外国人さん、こんなに読み方あるの知ってっすか。それに外交員は知らないっしょ。方々にいるのに)
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次回は5月4日の予定です。