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第六話 セミテリオに里帰り その六

(はいはい、絵都、それにしても元気になりましたね。こちらに参った時には、もう消えんばかりでしたのに)

(はい、皆さまのご様子や皆さまとのおしゃべりで、何だか若返った様です。それに、女学校の頃のことを思い出しますと、怒りと申しましょうか、若かった時の感覚になりますもの。あの頃は、もう)

(絵都お姉さま、何があったんでしょう)

(ユリさん、戊辰戦争や上野のお山の戦争、萩の乱や西南の役、ご存知でしょう)

(はい、戦の話しはあまり好きではありませんけれど、そういうのが私の両親の生まれる前にあったということは、聞いておりますし、小学校の教科書にも載っていたのを少しは覚えております。私の産まれる三十年一寸前に、日本のあちらこちらで、国を治めるのは将軍さまがいいか天子さまがいいか、阿蘭陀や中国朝鮮の他の夷国に門を開くかどうかで戦があって、その後には、武士には刀がいるかいらないか、いえ、武士はいるかいらないか、というような考え方の違いで、どれも天子さまと天子さまのお考えに刃向かう逆賊を成敗したのだと教わりました)

(そういう話は、私も血が騒ぎますのっ)

(我輩は日本の内乱時代と認識しておりますな)

(なるほど、内乱ですか。ロバートおじさん、それ分かりやすいです)

(ということは、こちらにいらっしゃる皆さまは、戊辰戦争も上野戦争も萩の乱も西南の役も、あったことと思ってらっしゃるのですよね)

(あったことと思ってらっしゃるとは、まるで無かったことの様に聞こえますわ。絵都、やはりまだ疲れてますわね)

(お母上、そういうお考え、その様な戦は無かったというお考えの方もいらっしゃる、いえ、いらっしゃったのですもの)

(まさかっ。私は西南の役、まさにその場におったのっ。あれが無かったなど冗談にも程があるっ)

(だんなさ〜、あったに決まっております。兄が従軍いたしました折に、私の家では、つもり札を玄関にかけて兄が戻って来るのを待ちましたもの。だんなさ〜のお宅でもそうでしたでしょ。でも、それはあまりおっしゃらない方が)

(お母上、その、おっしゃらない方が、というのが元でした)

(えっ、絵都、どういうことなのでしょう)

(あのぉ、お姉さま、あったことと思ってらっしゃる、とおっしゃいましたが、なかったのでしょうか。確かにユリ、その時ま生まれておりませんでしたけれど)

(冗談じゃないのっ。私は全部あったと知っておるのっ)

(あったっす。戊辰戦争と西南の役は、教科書に載ってたっす)

(おっ、上野戦争と萩の乱は載ってないのかのっ)

(俺が覚えてないだけかも知れないっす)

(教科書に載っていたって、それがあったということにはならない、そういうお考えの方がいらっしゃるのです)

(んだもしたん)

(僕、理解できるような気がします。西南の役や日清日露戦争が無かったというのではなく、それはあったと父から聞いていますし、父を信じますが、生物学や地学は目で見える、物理や科学の実験は自分でやれば、教科書に書いてあることが事実だと認識できますが、それに比べて歴史は、その時代にその場で生きていた人にしかあったということはわからないですから、僕が、父の言ったことを信じられたように、教科書を信じられればいいのですが。教科書に限らず書物に書かれてあることが本当にあったかどうか。普通は教科書を信じますから。教科書はとても大事なわけですね)

(ふむ、なるほど。然し乍ら、戊辰戦争も西南の役もあったのだのっ)

(あったことを知っている人から見れば、あったことをなかったことにしてしまう人は、もう別世界の人間、互いに分かり合えない人になりますね)

(そうでしたのよ。先ほど、それはおっしゃらない方がとお母上がおっしゃったのは、お父上が西南の役で、薩摩の方々を成敗する側にいらしたからでしょ。天子さまのご命令でご成敗なさったのに、薩摩の出でありながら薩摩の同胞をご成敗なさったことは、薩摩の方々に対して申し訳ないと感じられるから、もしかしたら、薩摩の方々に恨まれるから、おっしゃらない方がよいとお思いなのでしょ。官軍側にいて、天子さまのご命令でご成敗なさったのに、何を恥じることがあるか、何を隠すことがあるか、それでも、薩摩の賊軍側からはうらまれる、からでございましょ)

(そうですよ。西南の役の後、だんなさ〜も私も、薩摩には二度と足を踏み入れられないと、覚悟いたしました。一昔前まではご近所だった方々、だんなさ〜の場合は藩校で机を武芸を共になさった方々が敵味方に別れて刀を銃を向け合ったのですもの。勝って官軍、勝った側とは申せ、とてもお顔を合わせられませんでした)

(今、お母上が、おっしゃらない方がとおっしゃいましたように、おっしゃらないくらいで済まされるのでしたらまだよいのですけれど、辛かったから、裏切ったから、後ろめたいから、そんなことはあったことにせず、無かったことにしてしまおうと、そう思ってらっしゃり、あったなど嘘八百、世迷い事血迷い事出鱈目だとおっしゃる方もいらっしゃったのです)

(どこに)

(女学校でのことですわ)

(まぁ)

(女学校の級友達のご両親さま、ご祖父母さまはほとんど 幕臣や薩長土肥のご士族、新政府に関わる方々や商家でしたから、大方は東京で生まれてましたから、東京言葉でしたけれど、それでも、ご祖父母さまやご両親さまのお国訛も一寸した時に表れましたし、ご先祖さまのご威光を傘になさる方もいらっしゃいましたし)

(お爺ちゃん、ごいこうをかさになさる、って何)

(ご先祖さまが偉いから自分も偉いんだっていうような)

(雨が降るから傘をさすってのとは違うんだ)

(え〜と、武蔵君、ご先祖さまの偉さを傘にして傘の下で雨に濡れないように、つまり、他人から自分を護るっていうような)

(なんとなくわかるっす。矩雄が、父ちゃんが町会議員だからえばってたのと同じかな)

(そうそう)

(薩長土肥や新政府や商家のお子がいらした事はわたくしも存知ておりましたよ。でも幕臣のお家の方は少なかったでしょうに。大方、駿府にお移りになられましたし。いづれにせよ、色々なご出身の方々と共に学ぶことはすばらしいことだと、わたくし思っておりましたわ)

(素晴らしい時もございました。おかっぱやお下げの無邪気な頃は。あら、お母上、幕臣のご子孫もいらっしゃいましたのよ。戦には加わらなかった方々や、新政府に登用された幕臣もいらっしゃいましたでしょ。あの千代さんも、お父さまは幕臣、お母さまは薩摩のお出でしたし)

(千代さん、そういえば、いつ頃からかしら、お遊びにいらっしゃらなくなりましたわね)

(そりゃそうです。私に合わせるお顔はなかったでしょう。お母上、よくお名前覚えてらっしゃいますね)

(薩摩恋唄の千代に八千代にの美しいお名前だと思っておりましたから。で、どうしてお顔を合わせられなくなったのでしょう)

(学級の中で、派閥に分かれてしまうものです。長州のお家の方々同士、幕臣の御子孫の方々同士、江戸以来のご商家の方々同士、どうしても、お話が合わせやすいですし似た様なご家庭ですものね。私も、薩摩の節さんや良子さんと仲良くしておりました)

(節さんは日向、良子さんは大隅のお出でしたっけ、確かに薩摩ですものね。でも、宮之城とはだいぶ離れてますのに)

(それでも、長州や江戸東京に比べれば近うございましたもの)

(節さんって、あなたの義息の奥さまも節さんでしたわね)

(そう。昔のお友達と同じお名前でしたから、気に入りましたし、それに開さんが戦地に行っている間さんは大切にいたしましたのに、戦後節さんには裏切られました)

(まぁ。ああ、そういえば、そういうお話しもここにいらしてなさってましたわねぇ)

(あの頃はもう辛くて辛くて、一刻も早く碧さんと会いたくて、でも辛いだけでは死ねなくて、お父上お母上がこちらに私を招んで下さらないかと思っておりました。それに比べれば、女学校の時のことなど大した事では無かったのでしょうが、私は他人を信じ、お国を信じ、裏切られてばかり。あれが最初だったのでしょう。二年生の秋に、京都から転校生が入ってらして、その方、元は東京の方だったそうですが、お父さまのお仕事の関係で数年間大阪で暮らした方で、戊辰戦争の大砲の痕が残るお寺の事をお話なさったんです。まぁ恐ろしい。女に生まれてよかったですわ、でしたのに、それを耳にされた幕臣御子孫の薫さんが、見てきたような嘘をおっしゃい、そんな戦などございませんでしたことよとおっしゃったものですから、教室の中が侃々諤々。たしかに、どなたも戦を目にしたわけではないですし。でも、あの頃、どなたでも、そういう戦があったことは、ご存知でしたでしょ。薫さんが、開幕以来二百六十余年徳川家は常に天子さまを上位に置いてましたのに、戊辰戦争など幕府を陥れる悪質な嘘ですわ、私達唖然。薩摩の方々は確かに西南の役で同胞に刃を向けましたが、江戸幕臣は天子さまに刃向かうなど、起こりえませんわ、と声高に。みなさん、呆然。わたくし、何か間違ったこと申しまして、と背筋を伸ばしておっしゃり、あまりの御発言にみなさま何も申せず、ただただ愕然。その後で、私、節さんや良子さん、千代さん達薩摩の方々と、それに長州の方々とおしゃべりしておりまして、薫さん凄いわねぇ、あれじゃぁ反論できなくなってしまいますわ、私たち、どなたも戦を目にしたわけではございませんもの。でもそれじゃぁ、歴史を学ぶなんて意味ないですわねぇ。書物を書かれた方はもしかしたらその時代に生きてらしたかもしれなくとも、書写している間に中身は変わってしまうかもしれませんし、歴史のことはみんな嘘ってことにもできますわねぇ。あら、それじゃぁ、歴史を学ぶのは歴史から学ぶ為ってのも成立しなくなりますわ。で、私が、自分の目で見た物事しかあったことにならないのでしたら、家康さまが江戸開幕をなさったのも、嘘なのかしら。家康さまが江戸開幕なさってないのでしたら、幕臣って何なのでしょう、魑魅魍魎とでもおっしゃるのかしら、いえ、魑魅魍魎も普通は見えませんわ。千代さんも、幕臣の方々の家系は呪われてるのかしら、嫌ですわ、私の血の半分は呪われてるのかしら。唖然呆然愕然とさせられた私達、それ以降、薫さんを然るの君と名付けました。それから数日後です。然るの君がお仲間を数名引き連れて、すさまじいお顔で、悦さん、私のことを魑魅魍魎とおっしゃったそうですわね。幕臣は魑魅魍魎だともおっしゃったそうですわね。私、一瞬訳がわからなくなりました。薩摩長州のお友達との間で交わした冗談でしたのに、どこから漏れたのか。もしかして、下級生に聞かれたのかしらと思っておりました。でも、私達、幕臣の方々が魑魅魍魎と申した訳ではなく、然るの君とお仲間がそう思ってらっしゃるのかしら、でしたし、口伝えで話しが変わってしまったのだと、大して気にもいたしておりませんでした。千代さんはお父さまが幕臣でいらしたから、然るの君ともお付き合いなさってらして、数日後、千代さんが、然るの君が、さつまっぽとは私達付合わないことにいたしておりますのよ、と、わたくしに言われたんですよぉ、ってご注進にいらして。さつまっぽ、ほとんど耳にいたしたことの無い言葉でしたけれど、薩摩藩士を馬鹿にした言葉らしいと知りました。自分の目で見た物事しか信じられない方、ましてや歴史、しかもそれを経験した方々が生きてらっしゃる時に起きたことすらも信じられない,無かったことにしてしまう方々とのお付き合いはこちらも願い下げですから、お付き合いしないという言葉そのものは大して気にもならなかったのですが、そのまた数日後、千代さんがおっしゃるには、さつまっぽ、つまり私達が、幕臣の家系は呪われているとおっしゃってることに大層腹をたててらっしゃる、と。あら、それ千代さんがおっしゃったことじゃないの。どうして私達の言葉になってるのかしら。それで気付きました。父方は幕臣、母方は薩摩の千代さん、どちらとも仲良くしたくて、でもお父さまの方の家系が天子さまに戦を挑むことなどなかったとする方がお気が楽になるのか、気のお強い然るの君のお仲間になってしまわれたようでした。ご自分のご発言すら無かったかのように。こちらのお仲間のお顔をなさって、あちらの方々の悪口を伝えにいらっしゃるなど、卑怯者のすることですわ。私、武蔵さんと同じです。意地悪。その時思ってました。千代さんを取り込んだ薫さん達、呪われていると思ってらっしゃる、ご発言なさったのは千代さんでしたから、身内に毒を抱えてらっしゃる、獅子身中の虫、いい気味ですわ、って。武蔵さんの意地悪な気持ち、よく分かりましてよ)

(んだもしたん。そんなことがあったのですか)

(お父上お母上にお話しできませんでした。それに戊辰戦争は無かったなど、あまりに馬鹿らしくて)

(あはは、身内の恥になることは、無かったことにしてしまいたいのだのっ)

(もしかしたら、無かったことにしてしまいたいと思ってらっしゃる方の方が、あったことをはっきり分かってらっしゃるのかもしれませんわ。それが辛い、ですから、千代さんはそちらのお仲間になりたかったのかもしれませんわね)

(あのぉ、しししんちゅうのむしって、早口言葉っすか。四文字熟語でもないみたいっす)

(早口言葉はいいのっ)

(獅子の体の中に虫がいるってことだのっ。役立つ様に見えて、実際は腹の中から獅子を喰う)

(獅子って)

(武蔵君、ライオンのことだ。ライオンの寄生虫)

(寄生虫、何かの授業で聞いた様な気がしまっす)

(僕も、分からない言葉があったんですが、さつまっぽとは、薩摩の人を馬鹿にした言葉なんでしょうか。僕の頃には使われてなかったように思いますが)

(幕末の頃から使われていたようだのっ。江戸の町人が、しきたりや言葉が違う薩摩の小柄な侍を小馬鹿にしてそう呼んでいたらしいのっ。悪口ということになるのだがのっ、ちと懐かしい言葉ですのっ)

(その後、どうなったんでしょう。ユリならやきもきしてしまいます)

(分け結びになって、つまり三年生になっても、そのまま、互いに無視しあって。いえ、無視すら私はしておりませんでした。無視するというのは、意識してのことでしょう。事実でも過去の事はあったことになさらない方々、声高にどこか間違ってらっしゃるかしら、などとおっしゃる方と同じ土俵に立つのは馬鹿らしくて。鬼の形相、蚤の心の方々と同じ土俵に立ってしまったら、同じ様に腹を立ててしまいましたら、こちらも鬼の形相,蚤の心になってしまいますもの。それこそ、魑魅魍魎の方々のお仲間にはなりとうございませんでしたし。それにそれどころじゃなくなってました。お父上が、看病に付合え、勉強などおいが死んでからでもいい。勉学より父の方が大事だろっ、とおっしゃってましたから、女学校を退学したくないのに、どうしましょうと悩んでおりましたし)


お読み頂きありがとうございました。

霊園セミテリオの気の世界を、お楽しみ頂けましたなら幸いです。

毎週水曜日に更新しております。

次回は4月20日の予定です。


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