第四話 セミテリオのこども達 その一
セミテリオにこども達がやってきました。
(今日は烏がないてませんわ)
(マサのおきまりの台詞が聞けないのう)
(烏でも少しは遠慮するのかしら。めずらしく、幼子がたくさん)
(幼子とは、イエスさまのこと、ではございませんわね)
(カテリーヌさま、幼子とは、こどもたち、ってことですわ。ユリにもああいう時代があったんですわね。でも、お墓では遊べませんでした。ユリ、怖かったです。今になってみると、あちらの世界の方がよっぽど怖い所だとわかりますけれど)
(生きている身には死は怖い。死んだ身は、もう死なないですし)
(人間、知らないものは怖いものだからの)
(知っていても怖いものもございますわ。おごじょにとりましては、おのこの力も強引さも怖いものです)
(でも、こちらに参ってしまいますと、ここはとても穏やかですものね。力が無いですから、みな安寧)
「もういいか〜い」
「まぁ〜だだよぉ〜」
「ちょっと待って」
「もういいか〜い」
「もういいよぉ〜」
「待って、待って、うん、もういいよぉ」
「大和君みぃつけたぁ」
「翔君みぃつけたぁ」
「あれっ、大和君、琴音ちゃんがまだ見つかっていないよ」
「琴音ちゃん、どこにいるのぉ」
「琴音、おやつの時間だから帰るよぉ」
「おやつでつるの」
「琴音は食べ物ならつれる。琴音〜、帰るよぉ〜」
「おさかなならみみず、だっけ。琴音ちゃんはどんな食べ物がいいのかなぁ」
「琴音ちゃ〜ん」
「琴音ちゃ〜ん、苺が待ってるよぉ、プリンも待ってるよぉ」
(プリンって何かしら)
「琴音は甘いもの好きじゃないんだ」
(甘いものが好きじゃない幼子って不思議ですわ)
(おやつのことらしいの、うらやましい限りだの)
(干し柿、さつまいも、砂糖黍の搾りかす、甘いものが美味でした。江戸、いえ、東京に参りましてからは、練りきり、こんなに美しいものを口に入れてしまってよいものかしらと、ご先祖さまにも味わっていただこうと仏壇にお供えして、わたくしは眺めるだけ。しばらくしたら硬くなってしまいました。ご先祖さまはご覧になるだけでしたのにね)
「琴音、お煎餅がたくさん待ってるぞぉ、白黒抹茶小豆珈琲柚桜、あっ、これは名古屋の従姉の口癖で、外郎のことだ、えっと、お煎餅だから、白海苔抹茶ごま醤油粗目カレーに青海苔山椒。お兄ちゃん先に帰っちゃうよぉ、先に帰ってお煎餅みんな食べちゃうよぉ」
(お煎餅、美味しいですわよね。でも苺の方が赤くて甘くて幼子に向いていると思いますわ)
「参ったなぁ、僕だっておやつはやく食べたいし」
「ママも何か持ってくるって言ってたし。でも、琴音ちゃんを置いて帰るわけにもいかないし」
「仕方ないからみんなで探そう」
「こんなに広いのに。ばらばらに探していたら僕たちがはぐれちゃうから、どうしよう」
「一列ずつ、あっちの道まで行って待てば」
「隼人君、あったまいい」
(隼人だと。おぉ、薩摩隼人。我が同郷。吾は熊襲なりし)
(あなたさま、熊襲なんですか。わたくしと同じ隼人の血筋と思っておりました)
(薩摩と熊襲、いずれにせよ、同郷だの。どちらもはるか昔のご先祖さまが海を超えて渡ってきた。隼人と熊襲、低黒太濃、高白細薄どちらがどちらだったか。うむ。その頃のご先祖さまは、もうこちらの世界でも消えてしまわれたかの。訪ねてみて尋ねてみたいものだの、貴方さま貴女さまはどちらからいらしたのですか、隼人ですか、熊襲ですかと、薩摩言葉なら通じるだろうかの)
「琴音」
「琴音ちゃん」
「琴音ちゃ〜ん」
「琴音ちゃん」
「琴音ちゃ〜ん」
「琴音、いいかげんに出てこいよ。もうかくれんぼは終わり」
「いなかったってことだよね、じゃ、次の三列を探そう」
「今度は元いた道まで戻って待つんだよね」
「そうそう」
(この同じ制服を着たお子たち、本当にお墓を怖がらないんですね)
(霊園がどういう所なのか知らないのでしょうか)
(まだ字も読めないでしょうし)
(読めても、表札だと勘違いしているかもしれぬしの)
(表札みたいなものですわね、確かに)
(そういえば、数字も書いてあるし。何丁目何番地)
(この、区や種や号や寄りとは、なんなのだろうの)
(わかりにくいですわね)
(外国の方にはわかりやすいものなのでしょうか。カテリーヌさん、いかがでしょう、カテリーヌさん)
(あらっ、先ほどまでユリのお側にいらしたのに)
(しぃっ、すみません、みなさま、お静かにしていただけますかしら)
(カテリーヌさま、どうなさった...あらっ)
(このキリストではない幼子がね、わたくしにもたれて来ましたの。可愛いでしょ。わたくし、男の子しか産んでませんし、幼子を育てた経験もほとんどございませんし、ですから女の子にどう接したらよいのかわからなくてとまどっておりましたの。疲れていたみたいで、うとうとし始めたこの幼子は、わたくしとお話できるみたいなんです。午前中までいた幼稚園のマリア様のことなどお話ししてくださるの)
(マリア様ってどなたですか。ユリ知りません。この女の子のお友達かしら)
(キリスト様のお母様ですわ。キリスト様もご存知ないかしら)
(耶蘇教の神様のことかしら)
(いえ、神様とは違うのですけれど、どうご説明いたしましょう...)
「ああっ〜琴音ちゃん」
「いたの」
「見つけたんだね、今そっち行く」
「琴音、なんでこんなに離れた所まで来て隠れるんだよぉ」
「あっ、お兄ちゃん、見つかっちゃった。離れた方がみつからないでしょ。それにほら、ここ、十字架がついてるから」
「ほんとだ」
「神様に守ってもらって、みつかりにくいって思ったんだ。ずるい」
「おやつのお煎餅が待ってるから帰ろうって呼んだのに」
「わたしね、お砂場でプリン作ってマリア様に差し上げたって、カテリーヌさんにお話してたの」
(プリンって何かしら)
(砂で作る食べ物らしいの)
(ビスケットとは別物かな。あれには珪藻土が入ってるけれど)
(さすが虎ちゃん、高等学校生。難しいこと知ってる)
(ユリちゃん、ビスケットの箱に書いてある、あっただけさ)
(ビスケットとは、栗鼠の毛布かのっ。栗鼠に毛布をかけるわけではないだろうから、栗鼠の毛を縫い合わせて毛布にするのかのっ)
(栗鼠じゃなくて、ビス、ケットは毛布じゃなくて)
(私の国でも良く召し上がるお菓子のことですわ。砂糖や牛乳やバターやメリケン粉を使って焼くんです)
「カテリーヌさんって誰、どこにいるの」
「ここのお家に住んでるの」
「だってここにお家なんてないよ」
「琴音ちゃん、ごめんね。僕たちがいつまでも見つけないから、眠っちゃって夢でも見てたんだよね」
「夢じゃないもん。カテリーヌさん、ほら、ここにいるもん、カテリーヌさんのお友達もよ」
「琴音、まだ寝ぼけてる。翔君ちに帰ろう。おやつだ」
「うん、カテリーヌさん、さようなら」
(さようなら...さようなら、じゃございませんわ。わたくし、琴音さんに乗ります)
(ユリも乗ります、彦衛門さま、マサさま、虎ちゃん、行って参りま〜す)
(おっと、乗りそびれた。プリンがなんだか見たかったの)
(お砂でございましょ。どちらにしても頂けませんわ)
*
「ママ、ただいま」
「お帰りなさい、遅かったわね。もう隼人君のママも大和君のママもいらしてるわ。すぐにおやつにしましょうね。みんな手を洗ってらっしゃい」
「翔君ママ、ごめんなさい。お母さん、琴音がね、かくれんぼでうんと遠くに行っちゃったから」
「だって、琴音はカテリーヌさんとお話してたんだもん」
「琴音ったらさ、かくれんぼの最中にうたたねしてたんだよ」
「琴音ちゃんはまだ小さいから、幼稚園で疲れたんだよね」
「はい、苺。お煎餅は大和君と琴音ちゃんちから、プリンは隼人君ちから頂いたのよ」
(プリン、お砂のお菓子なのでしょうか)
(カテリーヌさま、もうじき見られますわ。味わえなくとも)
*
(ユリさま、これでよかったのでしょうか。先ほどお玄関で琴音さんにさようならって言われた時、ちょっと寂しかったですわ。せっかくお話できるこちらの世界のお子に会えましたのに)
(またセミテリオで会えるかもしれませんわ。それに、カテリーヌさまとユリと二人で乗っていたら、私達を感じられる琴音ちゃんには重荷ですもの。この隼人君なら、気づいていないみたいですし。そうそう、プリンはお砂じゃないってこと、彦衛門さまや皆様にお伝えしましょう)
*
(隼人君、眠りましたね)
(ロビンも今頃眠っているかしら)
(赤ちゃんを置いてくると、ご心配でしょ)
(セミテリオの皆様が面倒見てくださると思いますし、それに、生きている時でもまだ天使みたいな子、それほど心配いたしておりませんわ)
(わたくし、日本のご家族のご生活を見させて頂くの、とても久しぶりなんですよ。楽しめました)
(ユリもね、四半世紀、いえ、この前、あのため息亀さま青年の所に参りましたが、お子様ばかりでしたものね)
(隼人君に乗せて頂いて、お風呂やお手洗いにもご一緒して、驚くことばかりでしたわ)
(螺子を回せばお湯が出てくるんですものね。石鹸は液体ですし、名前も漢字ではないですし)
(手ぬぐいは薄くないですし色々な色がついてますし、体を洗うのと頭を洗うのは別のものを使いますし。お花のようなすてきな香りでしたし、男の子でもいい香りのもので洗うなんて、ユリびっくりしっぱなしでした)
(ブーケッって書いてありました。わたくしの国では花束のことです。そういえば日本の男性は香を使いませんわね。西洋では殿方も香りを楽しみますの)
(寝間着も浴衣ではないですし)
(お母様がお子を洗うのは一緒ですわね)
(でも、びわちゃん、お姉様の方は一人で入浴なさってましたわね)
(びわちゃん、もしかして私たちのこと、見えるのかしら)
(そうそう、ちょっと気になっておりました。こちらをじっと見つめてましたでしょ。お食事中もびわちゃんが見つめるのを隼人君が気にしてました)
(お食事にも驚かされましたわ)
(そうそう、お父様をお待ちにならないで)
(無理もございませんわ。随分遅いご帰宅ですものね)
(お酒をお召し上がりになったご様子でもなく、お夕飯もあの時刻までお召し上がりになってらっしゃらなかったご様子。お仕事お忙しいのでしょうか)
(セラヴィ。でも、わたくしの夫は日暮れ時には帰宅いたしておりましたわ。夕食は女中が作ったものか、時には上野の精養軒に参りましたし、そのあと、少しだけ近辺をお散歩したり。懐かしゅうございます。服装が服装でございましょ。夜目にも異人と分かるらしくて、じぃっとは見られないのですが、ちらっちらっと。ですから少しだけのお散歩でしたわ。靴も土ぼこりや泥で汚れましたし、ですからロバートに腕を支えてもらって)
(ユリの父はお家で商売でしたから、いつもお家におりました。いつもお食事は一緒でした。お箸で。今日の驚きました。お箸はありましたが、お子があのなんていうのでしたっけ。小さな刃物と先が割れたのを上手にお使いになって)
(西洋の食器と東洋のお箸と、両方使える日本のお子はすばらしいですわ。わたくし、お箸には苦労いたしましたもの)
(隼人君もお休みになりましたし、カテリーヌさま、私たちももそろそろ)
(そうですわね。隼人君、明日はどちらに連れてってくださるかしら)
*
続く
お楽しみいただけましたなら、幸いです。
第四話、長くなります。ただいま、その五を執筆中。できるだけ毎週アップするようにいたします。